蘭奢待
「えい」
──プシュ。軽やかに誘うベリー、深く気品漂うブルガリアンローズ、重厚感と奥行きを感じさせるゴールデンウッド。上品に、しかし確かな存在感を誇示している。
行きたくない、めんどくさい、無意味、時間の無駄。終いには鈴も来いだなんて駄々をこねるカイザー。いや、行く訳。今夜はバスタード・ミュンヘン主催のバンケット。選手がインタビューに答えたり、アンバサダーのオファーがあったりと、宴会というには仕事の面が大きいイベントだ。これがあれば入れるぞと招待状をわざわざ用意してきたが一般人が行くイベントではないので暖炉へ直葬となった。
比類なきミヒャエル・カイザーともなると、オファーの数は星の数ほどある。ぜひカイザー選手に身につけていただきたい、今度パーティーを開くので招待状をお送りしても?断っても断っても湧いて出てくるオファーに疲弊必至。飲み食いも満足にできない。私だったら……と考えるには次元が違いすぎるが、まあ行きたくないよなと同情はする。でも行きたくなくても仕事なのだから仕方ない、という考えに至るのは国民性の違いかも知れない。嫌な仕事へ向かうときのマイルーティン。憐れなミヒャエル・カイザーに施して進ぜよう。
「──いつもの鈴の香りじゃない」
「私が嫌な仕事前にテンションぶち上げるために振ってる香水です」GUCCIのギルティアブソリュート。普段使いするには官能的で、いい女すぎる。仮想・峰不二子。嫌な取引相手に、私は峰不二子なんだけど、その態度で大丈夫そ?とマウントを取れた気分になれるため愛用している。
「副次的にワンチャン女の虫除けスプレーとしても使えるかも。女物だし」
ム……と少し考える風なカイザー。
「鈴の普段使いの香水持ってこい」
「ええ……わがまま……」またいそいそとドレッサーに戻り、普段使いでそこまで喧嘩しなさそうなボトルを選んでカイザーのもとに戻る。香りに“絶対”のつけ方はない。愛し方にも、つながり方にも、“絶対”は存在しない。と公式で言われているものの、カイザーに振るのでそれなりに気を遣う。イメージ戦略とかあるのか知らないけれど。そして選ばれたのは、GUERLAINのアクアアレゴリアローズロッサでした。
手首に振る。ちょっとフルーティーすぎるか……?カイザーから香るにしては瑞々しすぎるか……?ちょっと喜多川さんなんだよね、コスプレしそう。かわいい。私の不安をよそに、カイザーは満足げ。それなら、まあいいか。
「これ、あんまり香り持たないからね」大体2〜4時間。帰ってくる頃には飛んでしまってるだろう。
「あいあい、それまでに帰るよ」
それに、と抱きしめうなじに鼻を寄せる。大きく深呼吸。ゆっくり、ねっとりとした動作で唇を耳に寄せる。くすぐったい。
「俺はこの匂いの方が欲しいからな」
やっぱり鈴も一緒に来ないか?峰不二子のコスプレした喜多川さんを纏うミヒャエル・カイザー、強すぎる。行かないけどね。
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