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▼2022/06/21:妖精と出会う

カレカノ夢
最終的に芝姫(父)と結婚する話の序章



 気まぐれに散歩をしているときだった。女の子の泣き声のようなものが耳に届いたのは。
 無駄に耳がよかった私は、悲しげな泣き声を出し続ける女の子を探した。放っておけなかった。悲しいときに一人なのは、とても辛い。そのことを身をもって知っていたから。

「――みつけた」
 木陰に蹲りながら泣く小さな生き物。まだ幼稚園ほどだろう、ふわふわとウェーブがかった髪が特徴的な女の子だった。
 私は地面に膝をつき、そっと小さな生き物に視線を合わせた。「どうしたの? どこか、怪我したのかな?」できるだけ穏やかな声で問いかける。びくりと肩を揺らし、恐る恐るといった様子で顔を上げた小さな生き物は、まるで妖精のように可愛らしい顔立ちをしていた。けれど目元は痛々しいほどに赤くなっていて、心が痛む。一体、いつから泣いていたのだろう。
「私は#名前#といいます。あなたの泣き声が聞こえて、つい来てしまったの。あなたのお名前は、なんですか?」
「……つばさ」
「つばさちゃんかぁ。かわいいお名前だね。よく似合ってる!」
「……ん」
 できるだけ穏やかな声で問いかけると、小さな生き物――つばさちゃんは、視線を右往左往しつつも質問に答えてくれた。生まれたときからお母さんがいないこと、お父さんがとても忙しいということ。今日はお父さんと遊びに来てたけれど、急に仕事の電話が来たこと。すぐ終わるからと仕事の連絡をしに行ったお父さんを待っているということ。……きっと、忙しいお父さんを待っていながら心細くて泣いてしまったのだろう。それは悪いことじゃない。私にも覚えがあった。

「――お姉ちゃんはお父さんが居なくてね。小さい頃、つばさちゃんみたいに親の帰りを待ちながら、泣いてたことがあるんだ。……いいこで待っているつばさちゃんは、お父さん思いの優しい子だね」
 私の家は母子家庭だった。小学校に上がって間もなく事故で父が亡くなり、そこから母とはすれ違いの生活が今も続いている。女親ですらこうなのだ、男親であればもっと忙しいだろうし、つばさちゃんの寂しさはきっとあの頃の私よりも大きい。
 ふわふわの髪を撫でながら、私は「もしよかったら、おねえちゃんともう少しお父さんを待っていようか」と言った。つばさちゃんは大きく目を見開いて、「いいの?」と震える声で私に問いかける。
「もちろん」
 そう答えた私は、どんな顔をしていたのだろう。




「――つばさ!」
「パパ!」
 パッと顔を明るくさせたつばさちゃんが駆け出した。彼女が飛び付いた男の人こそ、つばさちゃんが待ちわびていたお父さんなのだろう。地面にぽとんと落ちてしまったつばさちゃんの帽子を拾って、じゃれあう父娘にそっと近寄る。

「つばさちゃん、帽子落としたよ」
「ありがと!」
「あ、すみません、あなたは……?」
 つばさちゃんが抱っこされていることで、自然とお父さんとも顔が近くなる。つばさちゃんはお父さん似だとよくわかる、綺麗な男の人だ。
「通りすがりの者です。小さな女の子が一人で居たから、心配でついお節介を焼いてしまって」
「おねえちゃん、わたしとずっとパパを待っててくれたの」抱っこされてたつばさちゃんはお父さんの腕の中から出て、私の足元にしがみついた。「わたしのこと見つけてくれたの」
「そ、そうだったんですか、ありがとうございます――娘は人見知りで、初対面の人に懐くのは珍しいんです」
「そうなんですか。つばさちゃんは、とってもいいこでしたよ。警戒心があることはいいことです、こんなにかわいいと、不埒な目で見る不審者だっていてもおかしくないですから……よかったね、つばさちゃん、パパ来たねぇ」
「うん!」
 けれどつばさちゃんは私に両手を伸ばす。
「だっこして」
「こら、つばさ。お姉さんにあまり迷惑をかけちゃいけないよ」
「や、だっこ!」
「ふふ、いいよー。よいしょっと」
 両脇に手を入れて、ぐっと持ち上げる。抱っこしてあげると、つばさちゃんは満足げに私に抱きついてくれた。随分となついてくれて、個人的には嬉しい。
 あわあわとした様子のお父さんに、私は笑みを浮かべ、
「私は#名字##名前#といいます。もしよければ、お名前お訊きしてもよろしいですか?」
「あ……申し遅れてすみません、芝姫俊春といいます」
 やっと微笑んでくれたつばさちゃんのお父さん――芝姫さんは、とても優しい微笑みを浮かべていた。


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