もういくつ寝ると、と数えるような歳ではないけれど、今日も今日とて日は昇るわけで。テレビから流れるのは毎年恒例のあのメロディー。今年もまた一月一日が訪れた。
 ひとり暮らしを始めてからというもの、大晦日だろうがなんだろうが通常運転を心がけながら、まあ年末くらいはいいかといつもよりちょっとお高め(というかスーパー自体年末価格である)の食材を買い、ちまちま好きなものを作って栄養バランスもクソもあるかと一人のんびり食べる三が日が恒例だった。
 そう、過去形である。

「じゃあ、わたし初詣に行ってきますね。いい子でお留守番おねがいします」

 ぽかぽかに温められたリビング。カーペットの上で抱き枕をお供にしてごろりと転がっている大男に、私はお気に入りの毛布を掛けながら伝えた。「え?」こちらに視線を向けた男は、私を上から下までジッと見つめ、もう一度「え?」と声を上げた。

「もう一回言ってくれる?」
「わたしは出かけてくるので」
「はいストップ」男が上半身を起こした。ボサボサの黒髪の隙間からぱっちりとした目がこちらを咎めるように見ている。「初詣いくんだよね?」
「ええ。近所の神社にちょっとお参りに……」
「あんまり自分で言うのもあれだけどさ〜、僕きみの彼氏だよね?」
「そうですね」私はうなずく。
「じゃなんで一人で初詣行こうとしてるのさ」
「なんでと言われても……」

 生まれてはじめてできた恋人はカタギじゃなかった。まあ、これはいい。よくないけど別にいい。芸能人やアイドルに負けないようなかわいくてカッコいい、なんか体中に刺青がバチバチに入れられた、別の世界の住人みたいな恋人。一般人でないだけあって世間ずれしているけど、いつも飄々として、ある種の完璧人間のような恋人は、オンとオフが激しい人だった。
 放っておくと一日中寝たままの状態だし、服装だって寝間着のまま。ボサボサの黒髪をブラシで整えることもなく、休みは何をしてるのかと気になって訊ねると、数独をしているとかなんとか。まあ、とにかく外に出ないタイプらしい。そんな彼の新しい側面を知って、私はすこしだけホッとしたものである。
 まあ、そういう前提もあり、単独行動に慣れている私は、元旦の初詣をもともと一人で行くつもりで彼と年越しをしたのだった。

「南雲さん、休みの日は外出たくないでしょう? 行きたくない人を無理矢理行かせるつもりはないので……まあ参ってくるだけだし、ならお留守番お願いしようかと」
「……ね〜、なまえちゃん本当に欲なさすぎない? 一緒に正月過ごしてるのにさあ」
「でも好きなように過ごしてたいでしょう? 買っておきましたよ、南雲さん用のトゥルースリーパー。寝室に敷いておいたんで寝たくなったらどうぞ」
「それはありがとうだけど、僕に言うことあるよね?」
「……?」
「あるよね? あるでしょ」

 いつの間にか私の手を掴み、逃さんとばかりに強制的に着席させた私に覆いかぶさってくる大男。彼用に買っておいた上下セットのスウェットも使い込まれてすっかりくたってきて、自分が他人とそこまで関係を築いていることに胸が熱くなる。
 勢いに流されて関係が生まれてしまったが、社会不適合者一歩手前の自分でも恋人というものが存在する世界線が在るのだ……。

「南雲さんべつにいらないって言ったからおせちとかお餅はないけど、お腹すいたらお鍋にミネストローネあるんで、温めて食べてくださいね。ごはんはジャーに炊いてあるし、おかずの角煮は冷蔵庫に器に入れてあるからチンして食べてもらって……」
「ちーがーうー」

 ずしっ、と伸し掛かられて「んええ」うめき声が口から出る。身長一九〇センチ、体を使う仕事をしている筋肉がついてる大男の重みを、ただの一般人成人女性が受け止められるわけもなく。「お、おもい……」ゼエ、と息を吐き出しながらなんとか退かせようとチャレンジするもののあえなく失敗。脚の間に彼の長い足が割り込んできて、これでは身動きも取れない。

「なまえちゃんってさ〜、ときどきすんごい馬鹿だよね」
「……いやまあ、殺し屋と付き合う時点で人として愚かな部類の自覚はありますけど……それがいいって言ったのあなたじゃないですか……えっ、ちょっと待ってください新年早々別れ話ですか?」
「ほんっと……なんでそうなるかな〜」

 ボサボサの髪を更にかき混ぜるように掻いた南雲さんは、眉を下げてこちらを見下ろす。「ああもう」と呟く声が聞こえて、視界が真っ暗になる。
 ……否、真っ暗になったのは、彼との距離がゼロになってしまったからだ。
 少しだけカサついた唇が離れ、ふたたび私の視界に南雲さんが現れる。「なまえちゃんは自覚ないんだろうけどさ」真っ黒なビー玉のような瞳に、私が映し出される。

「僕、こう見えて結構彼女には甘いタイプなんだよね。それこそ彼女の頼みなら、面倒くさくても初詣に一緒に行くくらいには」
「……え」
「ほら、もう一回訊くよ」

 僕に言わなきゃいけないこと、あるんじゃない?
 ここまでヒントを出したのだから、間違いは許さないといわんばかりの無言の圧力。しかし、それは私にあまりにも都合がいいようなもので、でも、ここまで来たらもう彼の伝えようとしている『正解』はきっとこれしかないはずだ。

「……い、いっしょに、初詣……行く? ますか?」
 果たして私の恋人は、この回答に今度こそにこりと笑顔を浮かべ。
「も〜しょうがないなあ、かわいい恋人のお願いだからいってあげる」

 言いながら再度キスをしてきた彼に、私はまたこの人の人間らしい部分を知れたなあと思いながら、ボサボサの髪をそっと手櫛で梳いた。

20240102