恋をしている。
 はじめて出会ったときから今に至るまで、その期間、およそ十数年。もはや遺伝子にこびりついてしまったかのように、私はおなじ相手を想い続けてきた。
 私はいま、そんな片想いの相手に押し倒されている――
 のではなく。

「な、あ、なまえちゃん」

 上擦った声で私の名を呼ぶ大好きな人。馬乗りになって、彼のお腹の上に陣取って、覆いかぶさるようにして顔を近づける私。
 たしかそう、この前彼が見ていたお気に入り≠ノもそんなシーンがあったはずだ。連想したのか、彼の顔が赤く染まっていく。かわいい人、ほんとうに――だけどもう、それだけじゃ満足できない。

「いい加減、観念して」
「お、およしになって……」
「町娘みたいなこといわないの!」

 首まで真っ赤になり、冷や汗のようなものがにじみ出る顔を睨めつける。
 いつもそうだった。彼は私が告白をしようと試みると、途端にのらりくらりと話を逸らそうとする悪癖があるのだ。
 優しい人ではある。幼い頃からずっと仲良くしてもらっているし、社会人になった今も定期的にうちに遊びに来ることもある。
 恋心を自覚したのは幼少期、家族しか知らない私の前に、一等星のように現れたのが彼だった。想い続けることに耐えきれず、何度も告げようとした。半分自棄で、いっそ振ってほしいと願って。
 たがしかし、彼は私に想いを告げることを許してはくれず、そのくせ、私が誘われて飲み会に出かけようとするものなら、どこから情報を得たのか行かせまいと立ちはだかってくるし、ときには迎えにまで来た。帽子とマスクとサングラスの不審者ルックで。
 弟である葉流火くんへの扱いを見るかぎり、人見知りというよりも内弁慶なのかもしれない。現に彼は社会人であるし、ほぼ家族と同じくらいの時間をともに過している私たちには人見知りしない――今のような状況を除くと、ではあるが。

「はるまくん」
「はい……」
「常々思ってるんだけど、今日こそ言わせてね。好意を寄せられるのが嫌なら、イヤって言ってほしい。私だって嫌がる人を想い続けるほどしつこくないし、もう分別つけられる年齢なんだよ」
「はい……」
「だってのに、どうして葉流馬くんはいつもいつもまるでキープするようなことばかりするの? 告白もさせてくれないのに。あなた、私をなんだと思ってるの」
「なまえちゃんは……大事な幼馴染で……その」
「大事だと思うなら、もうけじめつけて。兄さんとも話はつけてあるから」
「な、なんの?」

 こちらを見る彼の口元が引き攣った。
 もともと、うちが清峰家と登校班が同じになる程度に近く、兄と葉流馬くんが同年代で仲が良かったから始まった交流だ。
 歳の離れた兄は私のことを可愛がってくれて、ずっと想いを寄せていることもちゃんと知っている。なんなら、適宜彼の好みの(セクシー女優さんの)タイプを聞き出しては私に情報を流してくれていた。

「別に私は葉流馬くんがどれだけアダルトビデオが好きでも構わないし」
「ヴッッ」
「ご覧のとおり、おかげさまで私もずいぶんとセクシー女優さんに詳しくなったけども」

 将を射んと欲すれば先ず馬を射よ、という言葉に則り、私は彼の好きなAVを視聴することから自分磨きをはじめた。
 男受けなんて陳腐な言葉は吐き捨ててやりたいほど嫌いだけど、誰よりも好きなひとに振り向いてもらうためなら、なりふり構っていられなかった。(兄にはさすがに泣かれたけど)時にパッケージ版を購入し、女優さんの握手会にも行った。男性ばかりの中で女一人は目立ったけれど、こうして映像化に耐えうるほどの自分磨きをしている女性と会うことで奮い立つためだった。
 得意じゃないSNSも情報収集に使い、あの手この手でさまざまな美容法を試した。きょうだいをも巻き込んで、筋トレにストレッチ、髪のケアや肌質改善に至るまで。まあ、これは突き詰めれば私の自己満足。それを彼にぶつけるつもりはない。だって振られたとして、私のこれまでの積み重ねは消えないし、資産になることに変わりないのだ。
 ――でも、だけど、だからこそ。

「わたし、もうとっくに二十歳超えてるよ。お酒も平気だし、タバコは吸わないけど、飲み会にだって普通に誘われる歳になったんだよ、はるくん」
「……」
「好きだよ。ずっと葉流馬くんが好き。いやならいやって、ちゃんといって」

 そうしたらちゃんと、諦められるから。
 彼の瞳に映る私は、どれだけ情けない顔をしているのだろう。こんな顔を見せたかったわけじゃないのに。鼻の奥がツンとするのを感じながら、私は下手くそな笑みを浮かべる。
 ――刹那、視界が反転する。

「……え」
「なまえちゃん」

 彼の胴に馬乗りになっていたはずの私は、いつの間にか床に組み敷かれていた。
 いったいどんな手品だろう。弟のはるちゃんを鷲掴みにして持てるほどパワーがあるのは知っているけれど、彼はしがないサラリーマンを自称しているはずなのに。

「え、え、はるまく」
「なまえちゃん、好きだよ」

 は、と息が止まる。
 戸惑う私へ向けられた言の葉は短くも鋭利で、それだけで身のうちに巣食っている肥大した疚しいものがブスブスと切除されてるような感覚がする。

「本当は……たぶん、手放せるのが正しい¢蜷lなんだろうけどさ。こんなに長い間、ずっと俺のことだけ好きって言ってくれる女の子、後にも先にもなまえちゃんしかいないだろうって、ずっと考えて、怖気付いて先送りにしてた。ずっとつらい思いさせてごめん」
「……は、はる、」
「諦めないでくれてありがとう。責任はちゃんと取らせてもらうよ」

 姿勢が逆転したことで、床に寝転がった私の脚は開脚状態となり、その間に彼の体が割り込んだ形になっている。そういうこと≠連想されてもおかしくないような姿勢。
 グッと近づいた彼からは、柔軟剤なのか甘くていい香りがして、体の奥があつくなっていく。

「はるまくん」
「好きだ、なまえちゃん。ごめん、もう絶対離せないから……大切にするから」

 顔が近づいて、くちびるが重なる。
 考えていたより、彼の唇は柔らかかった。

20240718