Shrot story
最期の形
「冬獅郎は、私の為に命を投げ出すことができる?」
「はあ。」
 今日は久々のデートだ。五番隊六席の私と、十番隊隊長の冬獅郎とでは、中々都合の合う日が無かった。そんな中、冬獅郎が半ば強引に都合を合わせてくれたため、念願かなって今日、二人で新規オープンしたこの甘味処に足を運ぶことができたのである。
 さて、甘味も注文せずに抹茶を飲んでいた冬獅郎は私の発言に清々しいほど顔を顰めて見せた。普段面白いほど笑わない彼は、こういった時に表情筋をよく働かせるのだ。
「だから、冬獅郎は私の為に死ねるかって。」
「なんだその問いは。」
 心底呆れた風な冬獅郎は、抹茶を飲むのをやめた。
「昨日、寝るときに思ったの。私や冬獅郎の命が尽きるときって、どんな時かなって。」
 冬獅郎は呆れ顔をしながらも、私の顔を見ていた。いつでも抹茶を飲めるように、常に手はお椀に添えていた。
「でね。」
 言いながら、私の注文したぜんざいを頬張る。一気に白玉を三個も口に詰めたせいで、私は続きをしゃべれなくなってしまった。
 そんな私に、冬獅郎はため息を漏らして、小さく笑った。苦笑とも失笑とも取れたが、嫌なものではなかった。
「がっつくからそうなるんだろ。ちょっとは落ち着けねーのか。」
 悪態を吐きながらも、私の話の続きを待っていてくれているようだった。冬獅郎のそういう優しいところが私は好きだ。
「――でね。」
 漸く口の中身を全部飲みこんでから、慌てて口開く。冬獅郎はほんの僅かにだけ笑って、何も言わずに続きを促してくれた。
「考えたの。冬獅郎が死ぬとき、私はどうするんだろうって。」
「……で、答えは出たのか。」
「うん。」
 残り僅かになったぜんざいを、ちまちまと口に運ぶ。
「私ね……冬獅郎は、戦場で死ぬ。そう思うの。」
「……。」
 何も言わずに此方を頬杖をついて見つめる冬獅郎。そんな彼の腕には、うっすらと、でも多くの傷跡がついていた。
 一隊の長を務める冬獅郎は、あまりに若い。だから、私には老いて朽ちる彼の姿が想像できなかった。そして、戦に傷付き静かに果てて逝く姿が、痛いほど鮮明に浮かぶのだった。
「だから、私が冬獅郎の死ぬ瞬間に立ち会うことになったら、私は、冬獅郎に最善のサポートをすると思う。」
「最善の、サポート?」
「うん。」
 最後の一つとなった白玉にたっぷりと餡子を乗せて、大口でそれを頬張る。
 もっもっとそれを咀嚼する私を、冬獅郎は終始意味ありげに眺めていた。
 そして私がすべて食べ終えた頃に、静かに口を開いた。
「なんだよ、最善のサポートって。」
「そりゃ――冬獅郎の身代わりになる、とか。」
 言ってみせると、冬獅郎はムッとして見せた。こうなるだろうとは想像がついていたものだが。
「だって、私は六席。冬獅郎は隊長。死んで支障がないのは私。戦場に残るべきなのは私じゃない。冬獅郎。……でしょ?」
 異論こそ唱えないものの、納得いかないというような顔をする冬獅郎も、いつの間にか抹茶を飲み干していた。ここにいる理由がもう見つからない。どのタイミングで店を出ようかと話とは別に頭を動かしていると、冬獅郎はそれを察したらしく、羽織を持って立ち上がった。
「食い終わったなら出ようぜ。」
「うん。」
 私も冬獅郎に倣って立ち上がる。
 そのまま店を出ると、予想外に外は寒かった。
「うわ、風強い。」
「冷えるな……。おい。」
 ポツリと漏らした独り言の後に、冬獅郎は先ほど羽織った羽織を私に寄越した。
「着てろ。」
「え、いいの。」
 ずいと出されたそれをなんとなく受け取り訊き返すと、以外にも用意のいい冬獅郎は何処に隠し持っていたのかマフラーを取り出して巻き始めた。
「お前用意悪ぃから、どうせなんにも持ってねーんだろ。」
「……、うん。ありがと。」
 照れ隠しに悪態を吐く冬獅郎が、何よりも愛おしく映る。
 有難く羽織を着て、さっさと歩きだした冬獅郎の後を追う。冷たい風は、少し気にならなくなった。
「……さっきの問いだが。」
「ん。」
「俺は、……お前の為だけに死ねるか判らん。俺の命は俺だけのものじゃねえ。少なくとも、十番隊の隊士たちは、俺の存在を必要としている。……俺が死ぬことでお前に幸福が訪れるなら喜んでこの身を捧げてぇところだが、生憎そんな簡単に死ねる立場じゃねえからな。」
「……大丈夫、わかってるよ。ちょっと訊いただけ。真に受けるなんてらしくないなぁ。」
「なんだとコラ。」
 笑う私に、冬獅郎は少しだけ怒ってみせた。それを受けてさらに笑うと、少し呆れたように冬獅郎も笑ってくれた。
「これでも、私だって六席だもん。多少責任ある立場のことは理解してるつもりだよ。」
「そうか。……――悪いな。」
「何が。」
「……いや、なんでもねぇ。」
 前方を歩いていた冬獅郎は、ぴたりと止まった。それに倣い、私も冬獅郎の許へ到着してその場に立ち止った。
 すると、冬獅郎は珍しく私の手を取った。そして、その手を優しく、力強く引いて、私を冬獅郎の胸へと収めた。
「あったかい。……どうしたの。」
 顔を上げようとすると、冬獅郎は素早く両手で私の体を抱きしめた。それがあまりに力強かったせいで、私は冬獅郎の顔を見ることができなかった。
「俺は、お前の為には――今は死ねない。……だがな、俺は今まで、お前の為に生きてきた。これからも、それは変わらねえ。」
 私は、顔を黙っておろした。黙っておろして、冬獅郎の胸に寄せた。冬獅郎の心地よい薫りが、器官を通ってあっという間に私の体内に溶けた。
「嬉しい。」
 少し涙ぐみそうになったのを、声が震えそうになったのを、必死に誤魔化す。
「……嬉しい。すごく、嬉しい。」
 咽返る程の幸せに酔いしれながら、ありがとうという言葉を、冬獅郎の胸に擦り寄せた。
「冬獅郎、そんなキザな事言えたんだね。」
 少し茶化しをいれて顔を上げると、今度は簡単に上を向かせてくれた。
「煩い。」
 冬獅郎も少し照れ臭かったようで、ぷいと顔を背けてしまった。
「……可愛い。」
「茶化すな。」
 笑いを交えながら言うと、冬獅郎は少し赤くした顔を隠すように不機嫌そうな顔にして、片手でその顔を隠した。そして、私を抱く力を緩めた。私は冬獅郎の胸をそっと押して、その腕から抜けた。
「――ねぇ。」
「あ。」
 いまだ照れ臭そうにしていた冬獅郎は、ぶっきら棒ながらも返事を寄越す。
「さっき身代わりになるって話。あれってさ、死神としての地位とか責任とか、そういうことを考えた結果だよね。身代わりになろうとするのは、死神としての私であって恋人としての私じゃないの。」
「ああ。まぁ、そうなるかもな。」
 私は冬獅郎の左手を取った。冬獅郎の手は小さくて細い。それでも骨は太いし、私なんかよりもずっと強い手だ。
 そうして、どちらともなく歩き出した。宛てなどは無い。それでも、二人一緒にいられればそれでよかった。
「だからね、もっと考えてみたんだ。じゃあ、恋人としての私ならどうするだろう……って。」
「で。」
「……わかんなかった。」
 私の返答に、冬獅郎は意外そうに眼を大きくして見せた。
「わからないんだ。任務中に、恋人としての私が出た事がないから。」
 私の言葉に、冬獅郎は酷く納得したようだった。そりゃそうだなと呟いて、私の手を握りなおして、俺もそうだと共感してくれた。
「でもね、私、今回いろいろ考えてみて、やっぱり冬獅郎には絶対死んで欲しくないと思ったの。だから――。」
 冬獅郎は何も答えなかった。ただ、繋いだ手はしっかりと繋いでいてくれているし、歩調も私のペースに合わせてくれていた。それが無性に嬉しくて、私は繋ぐ手の力を少し強めた。
「だから、私は冬獅郎が戦場で死にそうになっていたら、やっぱり冬獅郎が死なないように、その時最善と思えるサポートをするんだと思う。」
 冬獅郎は大きな目を見開いた。それから、少し寂しそうに目を伏せると、私の手をぎゅっと握った。
「強くなるよ、私。……冬獅郎の死を、防げるように。」
「――そうか。」
 冷たい風は冬獅郎の寂しそうなその一言を冷たく攫い、背の低い梅の枝を揺らして遠くへと消えた。
 


end
11.03.20

日番谷君死なないでくれ…。って話。多分
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