顔が痒い。
散々泣いた後の為、涙が乾いてきたのだ。
「……。」
痒い。けれど、顔を掻くことすら億劫で、嗚咽だけが小さく部屋に木霊するのを、何もせず、ただ、黙って聞いていた。
あれから、なんども携帯に連絡が入ったけれど、全て無視してしまった。
あの人からだったら嬉しいけれど、違う人からだったら虚しいし、例え、あの人からの連絡だったとしても、何を言ったらいいか分からない。だから、携帯は引き出しの中に封印した。
……嗚呼、静かな部屋が、寂しい。
あの人が居れば、少しは賑やかだろうなと、ぼんやり考え、自嘲した。
あの人が、私の部屋に来る訳が無いのに、馬鹿気た妄想。
すると、バタンと扉が開け放たれた。
……こうやって、妙なタイミングにやって来るのは、決まって冬獅郎だ。
「……なに。」
「何はこっちの台詞だ。何時までも明かりつけねえで、何やってんだよ……。」
呆れた口調で、躊躇いなく私の部屋に踏み入る冬獅郎に、思わず溜め息が漏れた。
「またアイツ絡みか?」
「……人の彼氏を彼奴呼ばわりなんて、大層な御身分ね。冬獅郎。」
冬獅郎は、小さく息を吐き出した。
ヒーターも何もつけて居ないこの部屋はとても寒く、冬獅郎の息は白く染まった。
「なんかあったのか?」
「……。」
机に伏せる私の肩を掴み、冬獅郎は不機嫌そうに呟く。
「おい。」
そう言って、私の肩を揺らすと、ピタリと私の顔を眺め、停止した。
翡翠の瞳が、私の視線とぶつかった。
「……何も、無い。」
彼とは、本当に何も無かった。
「……何にも、無かったの。」
何も無かった。
喧嘩も無い。相手に腹を立てる事も、無い。
そもそも、お互いに関わる事が無いのだから。
あるモノと言えば、焦燥、寂寥、虚無。ただひたすらの、渇きの渦。
寂しい。さみしい。サミシイさみしいさみしい寂しい。
なんて、寂しい。
もう、疲れてしまった。
散々泣いて、涙も、声も、枯れてしまった。
誰か、助けて。
何度救いの手を求めた事か。
「……――んでよ。」
硬直していた冬獅郎が、私の言葉に息を吹き返した。
そんな冬獅郎を、意味も無く疎ましく思い、肩に置かれていた手を振り払う。
「どうして……っ、冬獅郎はいつも……!」
「円香――……。」
「っこんなになるまで、助けてくれない!!」
冬獅郎の表情が、苦しげに、悲しげに、歪む。
私に払われたきり、行き場の無い手を、宙に漂わせて。
本当に苦しい時、傍に居てくれるのは、いつも冬獅郎。
でも、本当に苦しい時以外には必ずと言って良いほど、何処か、遠くへ行ってしまう。
中途半端に手を貸したりするから、こんなになってしまったのだ。
いっそ突き放して、果てまで堕としてくれればいいのに。
中途半端に手を貸したりするから、こんなになってしまったのだ。
君に甘えて、甘えて、甘えて。底辺を這うだけの、羽虫の様に、なってしまったんだ。
未ださ迷う冬獅郎の手を捕らえ、枯れた筈の涙を流して、叫ぶ。
「ねえ……っ。」
わたしを、たすけてよ。
end
10.02.23