「……っぁ、あぁああぁああっ!!」
谺した。
奴の声が。
「――〇〇っ!」
遥か向こうで、地へ落ちんとしている奴の姿が、視界の端に移った。
俺よりも早く奴の異変に気が付いた松本は、奴の名を叫んでいる。
駆け付けてやりたい衝動を必死に抑え、目の前の敵と刀を交えている松本には、名を呼ぶ事で精一杯だった。
するすると、綺麗な直線を描いて地上へ向かっていく奴を、寸でのところで抱き留める。
奴の肩を抱いただけなのに、腕にべったりと血が付着した。
「おい、大丈夫――……。」
言葉が、出ない。
身体中の血液の流れが停滞し、呼吸さえもまともに出来なくなる。
俺は一瞬、このまま身体の機能が全停止して、死んでしまうかとすら思った。
奴の首には、綺麗に刀が横に滑った傷があった。
致命的。もう、奴は助からない。助けられない。
首に通った動脈が、バッサリと切断された。これでは脳に血も酸素も送られない。
白い目を此方に向けて、全身を痙攣させる奴。
身体が、動かない。
背後から、敵が迫る気配がする。
遥か向こうで、松本が叫ぶ声がする。
隊士達の、不安そうな視線が集中する。
それでも、身体が動かない。
敵が放った一撃が、肩を掠めた。
「隊長! 後ろです。……っ隊長!!」
何処からか、俺を呼ぶ声が聞えた。
腕に収まっている奴は、もう、ピクリともしない。
もう、不可能だ。助けられない。
頭では解っているのに、腕が、身体が、奴を離そうとしない。
俺は片手に奴を抱えたまま、斬魄刀を引き抜いた。
「随分と動揺しやすいんだな。死神。」
敵の声が、フィルターを通したように、ぼんやりと耳に届く。
次々繰り出される攻撃を全ていなし、戦闘に集中しようと柄を握る手に力をこめる。が、どうしても奴に視線が流れていく。
「――うあぁぁっ!」
ふと、遠くで響いた隊士の声に、身体が不自然な程揺れた。
声がした方を見れば、皆敵に圧され、苦戦を強いられている。
奴は片手に収まったまま、小麦色に染まっていた顔を蒼くさせ、血で濡らし。薄く開いた瞼の隙間から、白い目を覗かせている。
「……っ。」
ぐっと柄に力を込めた時だった。
「隊長! 部隊が混乱しています。指示を!!」
嫌にキッパリとした松本の声が響いた。
冷静に対応しようとする松本の姿に、身体中の血が、再び巡り始めた。
「……――数では此方が有利だ! 動揺するな、囲め! 松本、援護しろ!」
「はい!」
奴を地面に寝かせ、瞼を閉じさせる。
決して安らかとは言えない奴の顔に、一言詫びの言葉を残し、敵の群れへと向かった。
せめて、早くこの戦を終わらせよう。
奴の魂魄が消失してしまう前に、もう一度、奴の顔を見て、詫びよう。
これは戦争。
犠牲無しには成り立たない。
それでも、仲間の死は、簡単には受け入れられない。
すまない。
助けられなくて。
置いていって。
それでも、お前を捨てた訳ではないのだと、言い訳じみた考えに、嘲笑う事も出来なかった。
end
10.02.07