「雪ですねー。」
ぽつりと漏らした丸井は、いつの間にか外に出ていた。
「馬鹿野郎。風邪ひいても知らねえぞ。」
丸井の呟きは独り言だったのか。敬語だったから、もしかしたら俺に対して発した言葉なのかもしれない。
「白くて、ふわふわで。でも、ギュッて押すと、固くなる。」
雪玉を作っては投げている丸井を見、餓鬼かと思わず口をついた。
白い世界で、ふわふわと漂う雪の様に、丸井は掴めない奴だった。
「こうやって、雪が降ってる時に空を見ると、雪の魅力って半減しません?」
確かあれは、二十年程前の事。
丸井はそう言って空を指した。
「雲が灰色だから、雪も灰色に見えるんです。なんだか、綿埃が降ってるみたいでしょう。」
言われて見れば、そんな気もする。
だが、女というのは雪を見ればはしゃぐモノだと思っていた。
「隊長が降らせる雪も、灰色ですか?」
「……さあ。」
降らせてみるかと冗談で言えば、丸井はけたけた笑ってみせた。
「これ以上雪、降らせてどうするんですか。」
「それもそうだな。」
「あ。私、瀞霊廷通信の隊長がやってるやつ、毎回見てますよ。」
あまりに脈絡の無い発言に驚きつつ、そうかと返事を返す。
「隊長が氷の椅子に座っているのを見て、ずっと不思議に思ってました。」
「……何をだ。」
どうせロクでもない事なのだろうと思いつつ、尋ねた。
「お尻、冷やすと痔になりますよ。大丈夫ですか?」
あぁ、ほら。ロクでもないにも程がある。
さすさすと自身の尻を撫でる丸井に、女としての魅力は皆無。
「あ、なんか霙っぽくなってきた。」
それでも、何故だか目が話せない存在だった。
それを恋だと誤認したのはいつ頃か。
この日から数年経った程だったか。或いは、もっと前だったかも知れない。
「好きだ。」
俺がそう言った時も、丸井はあの調子だった。
「嬉しいですね。まさか、好かれてただなんて。」
それから、勘違いだらけの交際が始まり、俺達はすれ違いばかりを繰り返した。
そして、俺は丸井を散々傷付け、昨日、別れを切り出した。
「隊長は、始めから私を好いてなんかいなかった。私の性格が、珍しかった。それだけですよ。」
そう微笑んだ丸井は今朝、瞼を赤く腫らして通勤して来た――腫れは、もう大分ひいたらしい――。
「隊長、空。」
ぴっと人差し指を天へ向け、丸井はへらりと笑った。
数年前、丸井と共に見た雪は、白く輝いていた。
それが今は――……。
「綿埃、か。」
あの日見た、灰色の雪によく似ていた。
end
09.12.16