大切なあの人を、失いました。
それは、星一つ見えない淀んだ曇り空の夜。彼を構成していたモノは、散々になって天へと消えた。
大切な人だった。
彼は、私の半身であり、心臓であり、魂だった。
それなのに、最期に愛しいその顔にキスを落とす事も、手を握る事も叶わなかったのだ。
この掌に、心に残されたのは、彼を斬った時に浴びた、返り血の匂いと、その温もりのみ――……。
「お前は正しい事をしたんだ。」
もう、聞き飽きたわ。その台詞。
「そうだよ。塞ぎ込んでいないで、早く元気な顔を見せて?」
元気になんてなれないわ。
この掌に染み付いた、血の臭いでも取れない限り。
「円香、辛いのは解るわ。でも、何時までも下を向いてちゃ駄目よ。」
解るなら、放って置いてよ。
まだ、前には進みたくないのよ――……っ。
十番隊の七席であり、私の恋人であり、死神――日番谷 冬獅郎を恨み、嫌っていた彼。
あの夜、彼は虚討伐の為、私と日番谷と共に現世へ赴いていた。
そして、事故に見せかけ日番谷を殺そうとした彼の首を、私は自身の斬魄刀で貫いた。
するりと、音も無く彼の身体は地に落ちると、あっという間に消失してしまった。
愛しい彼の、恨みに染まった顔が恐ろしい。
あの表情は、日番谷に向けられたものか。或いは、私に向けられたものなのか。
殺したのは、誰だ。
何度手を洗おうと、掻きむしろうと、決して落ちない彼の血が、そう言った。
「……私よ、私。私が、貴方を――。」
ツゥと滴が頬を伝った。
いっそ、私を怨んだ彼が、私を殺しに来ればいい。
「……助けてよ、日番谷隊長。」
お前のせいで彼は、私は――……。
「お前さえいなければ……っ!」
本当の悪者は、ダレ。
end
09.12.11
夢っぽくない