Shrot story
労わり
「なに?」
 先程から、ベッドに横たわる私を、ベッドの隣に置かれた粗末な椅子に腰掛け、じぃと見つめていた金の双眼に、少し戸惑いながら、訊ねてみる。
「あっ、……いや。何でも、ない。」
 双眼の持ち主――もとい、エドワードは、此方を見ていた事を指摘されてか、気まずそうに目を逸らした。
「……あ。」
 もしかして、と声を挙げると、彼はびくりと肩を震わせた。俯きがちな顔には、反省の色を滲ませている。
 どうやら、これで間違いないようだ。
「なんでエドがおどおどするの? こうなったのは、エドのせいって訳でもないのに。」
「……違う。オレのせいだ。」
 そう言って、エドワードは躊躇いがちに右手を伸ばした。
 そして、私の額にできた青痣に人差し指だけ触れると、すぐに手を引っ込め、再び俯いた。
 一連の動作の内で、私と目が合うことは、一度も無かった。
「……そういうの、やだ。」
 私の言葉に、エドワードの顔が不安で揺れた。
「エドは、私の心配なんかしてないんだね。」
 すると、僅かに開くエドワードの口。そんなことはないと言いたいのだろう。
 だが、彼の口は力無く閉じられてしまった。
 私はそんなエドワードを見ているのが嫌で、嫌で。毛布を額まで掛けて、顔を隠した。
「……自分が悪いって事で頭一杯にして、私の事なんか、これっぽっちも考えてない。」
 返事は何も無い。
 物音は殆どせず、視界は薄く桃色に染まった毛布で覆われている。なんだか、突然独りになった気がした。
 顔を出して、彼が居なくなっていたら、どうしようか。
「……エド。」
 小さく小さな吐息の様な、返事ともとれぬ声が聞こえた。
「エド……いる?」
「うん。ここにいる。」
 布越しに頭を撫でられた。
 怪我を気遣ってか、それはとても優しく、ぎこちない動きだった。
「痛かったろ。」
「……少し、ね。」
「ごめんな。」
 再び、静寂が訪れた。
 それでも、毛布越しに、エドワードの熱を感じられる。
 先程と比べれば、ずっと安心出来た。
「アルもウィンリィも、心配してたね。」
「……ん。」
「大した怪我じゃないのにね。エドの右手が、思い切り当たったってだけで。」
 賊に襲われたのだ。
 私の肩に、賊が振り回したナイフが当たり、反撃しようとエドワードの振り上げた拳が、私の額に直撃した。
 事故だ。エドワードは、誰の目から見ても悪者ではない。
 悪者を挙げるのなら、それは当然の如く、人を襲った賊。ぼんやりとしていた私にも、過失はあるのかも知れないが。
「怪我はここ(額)だけじゃないだろ。大した怪我だ。」
「……過保護なのが、此処にも一人、か。」
 言いながら顔を出すと、エドワードの目が此方を捉えた。
 額の痣を見て、再び複雑そうに顔を顰めたが、私が苦笑を浮かべると、直ぐに笑ってくれた。
「……最初から、笑っていればいいのに。」
「俺はな、人に怪我負わせてもヘラヘラしてられる程の神経なんざ、持ち合わせてねーぞ。」
 ムスッと言い捨てたエドワードに、笑いが零れた。
「確かに。私にも、無理かも。」
「ほらみろ。」
 エドワードはニヤリと笑って、席を立った。
 何処へ行くのだろうとぼんやり眺めていると、扉の前で立ち止まった後、エドワードはおもむろに振り返る。
「さっき、下でウィンリィがシチュー作ってくれたんだ。ベティーナの分、とって来る。」
 待ってろ、と、言い残して、エドワードは部屋を出た。
 手を振ろうと腕を上げると、肩の傷がじくりと痛んだが、私は扉が完全に閉まるまで、小さく小さく手を振った。


end
10.04.03
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