Shrot story
愛のカタチ
 担任の教師の顔が嫌いだった。
 無精髭が汚いし、寝癖もだらしない。
 口元にはいつもヘラヘラとした笑みが浮かんでいた。
 そもそも担任そのものが嫌いだった。
 嫌いな人間の顔を好きなるほうが難しいと言うものか。
「なんだあ、丸井はまた遅刻か?」
 自分で自分がユーモラスな人間だとでも思っているのだろう態度が、やけに鼻につく。
 すぐに生徒を茶化したりして笑いを取ろうとする姿勢が嫌いだった。
 日番谷は一つため息をつくと、前の席に目をやった。
 机の中には恐らく全教科の教科書が乱暴に押し込まれている。
 その席の主はまだ来ていない。
「おはようございまーす。」
 担任の話も聞かず、ぼんやりと壁に掲示されたプリントを眺めていると、不意に眠そうな声が教室の後ろから飛び込んできた。
「おいおい丸井、もうHR終わっちゃうぞ。お前今年入って何回目の遅刻だと思ってんだ?」
「覚えてないでーす。」
「留年する気かバカヤロー。」
「だってセンセー、朝は眠いよ。」
 勘弁して、と間延びした声で続けた丸井は、ぺしゃんこの鞄を肩から提げ、ボサボサの髪を無造作に二つに束ねている。
「大体なんだその髪は。女らしくもない」
「センセーが結べって言ったんじゃないですかー。律儀に結んで来たのに。」
 言いながら、丸井は例の机にスカスカな鞄を放り投げた。
 教室には笑いが響いている。
「……ったく。遅刻の理由は。」
「ご察しの通り寝坊ですー。」
「お前なあ。」
 丸井はガタガタと荒っぽく椅子を引き、ドカッと音が聞こえて来そうな勢いで腰を降ろした。
 そんな丸井を呆れた様子で見ていた日番谷は、隠しもせずにもう一度溜め息をついた。
「……あ、冬獅郎。おはよ。」
 そこでやっと日番谷の存在に気付いたのか、丸井は振り返ってニコリと笑って見せた。
「お前、本当に大学行く気あんのかよ。つーか、卒業する気あんのか?」
 小声で問えば、丸井はくっと小さく笑った。
「あるに決まってんじゃん。お母さんみたいなこと言うなあ。心配しなくても大丈夫だって。」
「……そういう事は遅刻癖を直してから言ってくれ。お前やばい単位あるだろ。」
「大丈夫。竹ちゃん優しいから。」
 竹ちゃん、というのは担任竹内のことだ。
 クラスの一部の女子がそう呼んでいるのをよく聞く。
 仮に竹内が優しかったとして、一体単位がどう保証されるのだと呆れながら、日番谷は丸井が竹内を優しいと評した事実に内心腹を立てていた。
「あっそ。」
 そう吐き捨てて話を遮るように机に突っ伏すと、丸井はそれ以上何も言わなかった。
「ということでHRは終わりな。授業の準備しとけよ。」
 竹内が教室を出ていくと、教室はにわかに騒がしくなる。
 あちこちから聞こえる椅子を引く音に耳を澄ませていると、前の席も椅子を引いたらしい。ギギっという音と、椅子が机にぶつかるような衝撃が伝わってきた。
「冬獅郎ー。」
「……。」
「そんな怒んないでよー。」
「怒ってねえ。」
 怒ってんじゃん、と苦笑を漏らした丸井を日番谷は素早く睨んで、すぐに視線を外した。
「冬獅郎は嫌いかもしんないけど、私、竹ちゃん嫌いじゃないんだよ。」
「だからなんだよ。」
「冬獅郎は大好き。」
 びくり、と日番谷の肩が揺れる。
「大好きだよ。竹ちゃんは嫌いじゃないだけだけど、冬獅郎は大好き。」
「……お前には恥じらいってもんがねえのか。」
「残念ながら。」
 顔は逸らしているものの、真っ赤に染まった耳までは隠せない。
 そんな日番谷の様子を眺めながら、丸井は満足そうに続ける。
「あったらこんなボサボサ頭で学校来ないでしょ。」
 その言葉に今まで高揚していた日番谷も、深く納得し少し冷静さを取り戻した。
 丸井に向き直ると、笑顔で紙袋を掲げる丸井と目が合った。
「つー事で、ハイ。私の今年の愛の結晶ね。」
 丸井が差し出したのは、可愛らしくラッピングされたチョコレート。
「それ、私の寝坊の原因だから。昨日徹夜して作ったんだよ。」
「……。」
 食べて、と微笑む丸井を見て、日番谷一つチョコレートを口に運んだ。
「美味しい?」
「……あぁ。」
「やっぱり私、冬獅郎大好き。」
「……知ってる」
 言いながら、日番谷は再び真っ赤に染めた顔を机に突っ伏した。



end
09.01.31
15.12.04 加筆修正

昔のサイトで掲載したバレンタインデー話でした。タイトルは変更してます。
こいつら朝から教室でいちゃつき過ぎですね。
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