新しい扉。

私こと安藤悠にとってゲームは癒しだった。
頑張れば応えるスコア、鍛えれば上がるプレイヤースキル、虚無をかき消すワクワクや非日常を楽しめるファンタジーに現実にはない荒唐無稽な世界観。
学生の頃は話のネタ程度にしか手をつけなかったが就職してストレスを抱えるようになってからと言うもの、鬱憤を晴らすために私は「ゲーム」にのめり込んでいった。

「ねー!お願い!ちょっとでいいから!」
「私そのジャンルあんまり好きじゃないんだよね……」

今日は仕事終わりに寄った喫茶店のテラス席で同じくゲーム好きの友人とお茶をしていた。
その友人が「どうしても」と薦めてきたゲームに私は正直難色を示した。
ゲームは好きだが何でもと言うわけではなく好みはある。
私は「好きな物」なら積極的に手を出すのだが、「苦手な物」に関してはよっぽどの事がない限り手を出そうと思わない。

「乙女ゲームって……恋愛だとかそう言うのでしょ?めんどくさいのはちょっとなぁ」
「これは恋愛とかしなくても大丈夫なやつだから!なんなら攻略対象を攻略しなくてもオッケーだしヤツら同士で恋愛させられるし!愛だの恋だのしゃらくせえ俺は魔王を倒してヒーローになるもできる」
「乙女ゲームとは……?」

乙女ゲームの概念を粉砕しかねないその世界観は一体なんなんだ。
友人はこう言った女性向けのゲームが好きで、ことあるごとに薦めてくる。ホストなんかに通うよりよっぽど楽しいと人の闇を垣間見ることを言われてしまった。何があったんだ。
ともかく、このゲームは「普通に乙女ゲームもできるけど育成要素や謎解き、なんならよくあるRPGにキャラとイチャイチャできる要素がくっついただけ」との事。

「と言うか恋愛パート以外に力入れすぎてこれのせいでメイン層の乙女にあまりウケがよろしくない」
「あれぇ?!」

本末転倒も良いところと言うか万人ウケを狙って逆に寄り付かなくなるやつだこれ。
二兎追うものは一兎も得ず。昔の人もそう言ってるじゃないか。

「何卒この子をお願いします!良い子なんです!そしてマルチエンドの津波を食らえ」
「怖い怖い!」

エンディングの津波って何。
食い気味にパッケージを押し付けてくる友人に落ち着つかせるために頼んでいたケーキを一口押し込んだ。

「キャラデザ見るだけでも!ちょっとだけ!先っちょだけだから!」
「一番信用できない台詞だ……」

そう言って押し付けられたパッケージを見る。
乙女ゲームらしいキラキラしたタイトルと熱血だったりクールだったり様々な属性を備えていそうな見目麗しいイケメンに囲まれて一人の美少女が微笑んでいる。この美少女がおそらくヒロインなのだろう。
なんたって色素が薄い。風になびく淡いミルクティー色の長い髪とエメラルドグリーンの瞳に、出るとこ出て引っ込むところは引っ込んでいるプロポーションも完璧なザ・ヒロイン!って見た目。
これでヒロインじゃないなら詐欺である。

「ヒロインの子は可愛いデザインだな……この子は攻略できるの?」
「どの世界に自分を口説き落とす乙女ゲームがあるんだ」
「ですよねー」
「まあできるけど」
「できちゃうの?!」

思わず大声を出してしまった。とんでもなさ過ぎる。
なんだよ自分と恋愛できる乙女ゲームって……開発者どんな思考回路してるんだ……。

「どうやらご興味を持っていただけたようですね」
「いや別に」
「これは布教です。布教なのです。来航!開国!!」
「黒船に謝れ!あっ こら押し付けるな!持って帰れ!」
「感想お待ちしてまぁす♡」

こう言う時だけ足が早い……食い逃げする猫のようにそそくさと立ち去る友人に鞄へ押し込まれた件の乙女ゲームを一瞥すると既に冷めてしまった紅茶を飲み干す。
伝票は無く、お詫びのつもりなのか友人が払ってくれるらしい。
奢ってもらったからには対価を払わなければならない。私は細く伸びた長い影を踏みながらゲームと共に帰路についたのだった。



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2021/04/28 本編 
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