それでも腹は減る

8.0 Ending


 珍しくアイボのデルタが起こしてくる前に目が覚めた。同室のカノンは盛大な寝相とともにまだ眠っているようで、起こさないように静かに起き上がって洗面所へ赴く。
 大変な騒動のあと、学園全体で復興活動が早急に進められる中、俺たちの部屋は奇跡的に安全に残っていた。デルタもレグルスも無事にこの部屋にいて、すこしだけ安堵のため息を漏らしたのを覚えている。
 混乱の中で休暇に入った俺たちの生活は、想像よりもあっさりといつも通りのものに戻りかけている。結局、人はどんな状況でもいつも通りのことしかできないのだろう。それが本人のできることに違いないのだから。
 ボサボサの髪をなんとか一括りにする。あとでカノンが起きたら綺麗にやってもらう心積りで、とりあえず片手で顔を洗った。タオルを無属性魔法で引き寄せて顔を吹く。はじめの頃に比べれば慣れたものである。ましてや入学時など、こんな風に魔法を使って生活することなんて考えていなかった。
 クローゼットの前に立って服をどうするか考える。元々制服以外を着るつもりなんてなくて、金もさほどないから服のバリエーションは少ない。今日の同行人はいつもの服を着るんだろうと思うし、俺も同じものでいいかと着慣れた制服に手を伸ばした。
「ん………おはよう………」
 背後でゴソゴソ音がして寝惚け眼のカノンが目を覚ました。振り返ってその間抜け面に吹き出した。モソモソと動いて洗面所に吸い込まれ、しばらくしてからいつも通りのカノンが現れた。
「おはよう!今日もいい朝だな!」
「おー。なぁあとで………っしょ、髪やってくんね?」
 片腕でなんとか服に首を通して整える。適当に結った髪はほどけてゴムが下の方に残る。
「任せろ!今日はお出かけなのか?」
「おう。パルヴィとな」
 そうか、と背伸びしたカノンはキッチンに向かって朝食を用意する。休日の朝がゆっくりと過ぎてゆく。



 カノンと朝食を取ってからゆっくり話し、ペットを可愛がってから部屋を出た。待ち合わせは昼過ぎだから少し余裕がある。時間を持て余すのもなんなので商業棟を冷やかしにでも行こうと思っていた。
 学園の中心、さまざまな連絡が張り出される掲示板は、ほとんどの場合普段皆が素通りする場所だ。今日も今日とてそれは変わらず、ましてや休みであるがゆえに人はまばらだった。
 何の気なしに掲示物を眺める。そこには騒動の残り香……いわゆる行方不明者の一覧もる。騒動が終わってから知り合い全員とあった訳では無い。それでも無事なのは、当然の事のように思っていた。
 並ぶ名前は聞いたことのあるようでよくは知らない奴の名前。全く知らなかったやつの名前。それから。
「……………アルミリア」
 知り合いの名をそこに見つけて思わず呟いた。いやまさかそんな、だって……最後に彼女を見たのは、いつだっただろうか。あの騒動で様々なことがありすぎて記憶が曖昧だ。
行方不明者とはいえ、それは言外に死亡者を意味する。あれだけの騒動、復興活動で遺体が見つからないなんてことはザラだ。わかってる。
 不思議と実感がわかない。学園を歩けばふとあいつがマスクで半分隠れた顔を覗かせて他愛もない話をするような気がする。アイゼンのときのように、目の前で消えた命とはまるでわけが違う。知らないうちにいなくなるなんて、そんなの、どう受け入れればいいのかわからない。
「クオリアちゃん?」
 よく聞き慣れた声もこんなときには驚かされて、パッと振り向いた。まだ時間は先のはずの待ち合わせ相手がそこに立っていていつもの優しい笑顔を携えている。
「おう……早くねえか?」
「クオリアちゃんこそ。なに?……ああ」
 掲示板を見た彼女は察したように頷いた。彼女の知る名前も何人か並んでいるのだろう、その笑顔が少し曇って空気が沈む。
「なぁ死ぬってなんだろうな」
 独り言のようにつぶやく。
「目の前で消える命は見た事ある。でもこんな風に……知らないところで消えてくものは知らないんだよな」
 パルヴィは何も言わずに掲示板を見ていた。
「わかんねえけど……俺は」
「あ!クオリアちゃん!」
 突然パルヴィが手を叩き大きな声を出す。彼女が左手で指さしたのは壁にかかる時計だった。
「な、なんだよ」
「お店開いたよ」
「あ?ああ……」
「ねえクオリアちゃん」
 はやくいこ、と俺の残った手をとってパルヴィは歩き出す。当初の目的を思い出し、何を食べようかと一瞬頭を巡らせる。
「わたしもね、よくわからない。でもわたしたちは生きてるよ。何かを失ってもちゃんと、生きているよ」
 何かを失っても腹は減るのだ、と、そう言われているような感じがして。言われてみれば当然のことである。少し早かった朝飯がすっかり消化されてしまっているのを感じて苦笑した。
「行くか」
「うん!」
 何も分かってはいないけど、生きていることだけはわかっている。徐々に賑わいを増し始めた商業棟へ、二人揃って一歩を踏み出した。

「そういや左手の傷、大丈夫か?」
「うん、あのね、リハビリしてるから大丈夫だよ」
「ほーん、なんかあるらしいな、そういうの」
「クオリアちゃんも……えっと」
「俺はいいよ。だいぶ慣れてきたし」
「うーんそっかー」
「今日何食う?俺の奢り」
「季節のパイ食べるよ!2個ね!」
「太るぞ」
「うるさーい」

カノンちゃん(@inuinu_1111)に手伝ってもらって、パルヴィ(@utatane_zZ)とご飯を食べに行く話
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