校舎裏に小さな花壇がある。私がそれを見つけたのは偶然だった。いつから手入れがされていないのかは分からない。少なくとも私が入学した時には既にこの有様だった。興味のない人からしてみればそこに花が植えられていなくてもなんら問題はないのだろう。けれどもガーデニングが趣味の私には本来の役割を担えていないその場所が酷く可哀想で居ても立っても居られなくなってしまったのだ。そうして学校側に許可を取った私がここを管理するようになってかれこれ3年が経つ。
如雨露によって供給された水が花弁に雫を作る。花の声が聞こえる個性なんて残念ながら持ち合わせていないけれど、ありがとうとそよ風に乗せられて聞こえた気がした。ふふっと思わず笑みが漏れてしまう。
「何一人で笑っとんだ。気色悪ィ」
「……相変わらず失礼だね、ばくごー君。一応私は君の先輩なのだけれど」
ケッと苛立った様子の彼は爆豪勝己君と言う。なんとも名前からして強そうである。以前漢字を教えて貰ったのだが、画数が多いから習字が大変そうという感想と、テストの時は人より時間をロスするだろうなという感想ぐらいしか出てこなかった。
ヒーロー科に在籍する一年生の彼と、普通科三年生である私。学科も違ければ学年も違う私達。一見すれば接点が何もないそんな私達が知り合いになったきっかけも私が花壇を見つけた時と同じで単なる偶然によるものだった。
下校途中に目を赤く腫らして泣いた形跡のある彼が目に入り、世話焼き体質の私は彼にとっていらぬお節介を焼いてしまった。私の個性であるアロマで心をリラックスさせる効果のある香りを放ったのだ。彼の眉間に深く刻まれていた皺が心なしか緩和された気がして。
それからだ。彼がこうして度々私の元に訪れるようになったのは。どのような経緯でこの花壇の場所に私がいると知ったのかは知らない。もしかしたら向こうも偶々此処を知ったのかもだし、誰かに聞いたのかもしれない。どんな経緯であれ、お喋り相手が出来たのは嬉しかった。
「ばくごー君、また来たんだ?」
「……来ちゃ悪ぃンかよ」
「別に悪いとは言ってないよ」
今日もまた授業か何かで嫌な事があったのだろう。情緒不安定な時は必ずと言っていい程彼はやって来る。体育祭で優勝した時も怒りながら来たし、敵に誘拐された後や仮免試験に落ちた時もだ。
彼の目当ては私の個性だろうからいつも通り心安らぐ香りを放つ。ピクリと眉を動かしたので個性を使ったと直ぐにバレた。臭ェわなんて言いつつもその場から動こうとしない彼に嘘つきと心の中で呟く。
「……来年は私も卒業だしさ、この花壇はばくごー君に任せたよ」
「勝手に任せンな」
私が卒業した後の花のお世話が心配なのは本当の事だが、それと同時に彼との繋がりも壊したくなくて。私という存在が彼の中から消えてしまうのが嫌だった。
強制的に此処を任せてしまえば少なくとも残りの2年間は私を忘れないでしょう?
そんな私の狡い考えが伝わったのか、呆れ顔の彼は溜め息を吐いた。嫌われたかもしれない。そもそもヒーロー科は忙しいし、私利私欲過ぎた。
「ごめんね、ばくごー君。さっきのは忘れて。他に任せられそうな人、先生に探して貰うからさ。……私の我儘だったの。私が卒業したらばくごー君は私の事なんて直ぐ忘れちゃいそうだったから何か繋がりを残したくて」
「……ンな簡単にてめェの事忘れる訳ねーわ」
「本当に?それだったら嬉しい」
「つか繋がりが欲しけりゃくれてやるよ。……俺と付き合えや」
自分の都合の良いように聞こえた幻聴かと思った。如雨露を置いて思わず頬を抓るも、しっかり痛みがあるから夢ではない。
「……それってつまり、私が好きって事なのかな?」
「だからそう言ってンだろうが!!」
「いやいや、好きとは言われてないよ」
我ながら面倒臭い奴だなと思いつつ、そこは私も一応女子な訳で。2文字の言葉がちゃんと欲しかった。先程折角落ち着きを取り戻したのに再び苛つき始めている彼には申し訳ないけれど譲れない。
「一度しか言わねェ……。お前が好きだ。だから俺と付き合えや。返事はハイしか受付けねェ」
なんとも彼らしい告白に私は数秒遅れて笑ってしまった。勿論私の答えは既に決まっている。どうやら自分が思っていた以上に私は彼の事が好きだったようで。
こうしてこの日、先輩と後輩だった彼との関係に終止符を打ち、晴れて私達は恋人になったのだった。
たった2文字の言葉が聞きたくて
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