髪色と同じ亜麻色の犬耳をぴくぴく動かしながらクンクンと鼻を鳴らす。人間よりも優れた聴覚と嗅覚を研ぎ澄ますこと僅か数秒。辺りの喧騒に紛れて察知したのは穏やかとは思えない音と臭い。直ぐさま私は体勢を低くし、両手を地面につけて四肢動物の様に駆け出した。

「ごめんね〜!今急いでるからまた後でね。ちょっと通るから皆退いて〜!ねぇ今誰か尻尾触ったでしょ?!セクハラで訴えるぞ〜?急いでるからほんと退いてよ〜!」

 本来なら賑わう繁華街、私を見てわんこヒーロー≠ニ歓声を上げ避難している人々をなんとか掻い潜れば、先程よりも鮮明になって犬耳に入る怒号と銃声音。それと同時に硝煙の臭いに混じって嗅ぎ慣れた大好きな香りがして。

 瀬呂だ。瀬呂がいる。遅れながらも現場に到着した私はヴィランの攻撃を交わし、己の個性を巧みに使いながらビルの側面を走る彼に思わず見惚れた。だって格好良過ぎて辛い。尊い。

「グエッ?!」

 突然お腹が圧迫されたかと思いきや宙に浮く身体。蛙の潰れたような声……なんて表現は梅雨ちゃんに怒られそうだけれど、可愛らしい悲鳴なんて私が上げれる筈もなく瀬呂のテープで引っ張られた。元いた場所が瓦礫の山に早変わりしたのを空中で見てしまい、ゴクリと唾を飲み込む。彼が一歩遅ければ今頃埋まっていた。シュルッと自分の所までテープを巻き取って私を下ろし、仮面のシールド部分を上げた彼のその恐ろしく冷めた目付きにこれから怒られる事が予想出来た。
 
「なぁ、おいイヌ。お前何してんの。死にてーの?」

 静かに怒りを露わにする瀬呂に私は尻尾を巻いて縮こまる。今のは完全に私の過失だ。ぺたんと犬耳を畳んで謝れば、そんな私に構っている時間はないと言わんばかりに仮面のシールドを戻し、再び射出したテープを電柱に巻きつけて私の上空を飛ぶ。……今度こそ本気で嫌われたかもしれない。いつものように軽く遇らわれるくらいであればへこたれないが、今のは効いた。出来る事なら穴を掘ってその中で猛反省したいが、それこそ何をしに来たのかと怒られるだろう。ならば目先のヴィランを倒して名誉挽回するしかない。パチンと両頬を叩いて喝を入れた私は助走をつけて飛躍した。

「死ねヴィラン〜!」

「おっと、随分と躾のなってねぇ犬っころだなぁ……。お前のペットかぁ?テープ野郎!」

「はぁ?誰がこんな注意力散漫ストーカーの飼い主になるかよっ」

 ヴィランと絶賛不機嫌な瀬呂の会話に浮き歪みしつつ、けれどもまた怒られたくはないので攻撃の手は緩めない。避けきれずに何発か銃弾が頬を掠めたが、鋭く研いだ爪で怒涛の連撃を繰り出す。私の爪を躱すその隙を狙った瀬呂がヴィランの持っていた銃を器用にテープで奪い取った。近距離戦の私と遠距離戦も出来る瀬呂。どちらが厄介なヒーローかを瞬時に見極めたのか、ヴィランは標的を瀬呂に定めて掌から衝撃波を放った。

「瀬呂っ!!」

 勢い良くコンクリートの壁まで吹き飛ばされた瀬呂。その拍子に仮面が外れて頭から血を流す痛ましい姿を目の当たりにしてしまい、私の身体は大きなヤマイヌと化した。上半身を低く構え、尻尾を逆立てながらグルルとヴィランを威嚇する。

「……引き裂いて、喰いちぎってやる」

「痛ってぇ。……つーかヒーロー名で呼べよな……。あーあ。面倒な狂犬モードにしてくれちゃって。…… ヴィランさんよ、そのイヌは不本意だが俺の事になると見境いなくなるんだわ。……って言ってももう聞こえちゃいねーな?」

 怒りが頂点に達した私が大暴れしたのでいつのまにかヴィランは気絶していた。それでも収まらない苛立ちに大きな口を開けて犬歯をギラつかせたその時、待てと瀬呂が言うものだからピタリと止まるしかない。

「おすわり」

「でも瀬呂!こいつ瀬呂のこと血だらけにした!」

「何?俺の言う事聞けねーの?おすわりは?」

「……わん」

 しゅんっと大人しく瀬呂の前でおすわりする。私の気をヴィランから逸らすことに成功した彼は少し離れた所で待機していたらしい警察に声を掛けた。それを合図にヴィランの拘束と輸送準備が始まる。目の前で繰り広げられている遣り取りよりも私は一言も喋らない隣の彼が気になって仕方がない。チラチラと様子を伺っている私に気付いている筈なのに……。赤い雫が彼の頬を伝う。無意識に猫程ザラついてはいない舌でぺろっと舐め取ってしまった。口内に広がる鉄っぽい味。あ、と思った時にはもう遅い。何が起きたのか理解した彼は近くに転がっていた仮面を被って顔を隠した。


「ごめん瀬呂!ほんと今日は重ね重ねごめんっ。お願いだから嫌いにならないで〜」

「あー、はいはい。分かったから。キャンキャン吠えんな」

獣化を解いた私は頭を何度も地面に擦り付けて許しを請う。仮面越しに少しくぐもった声でいつものように軽く受け流された事にホッとする。
 
「早く病院行こうよ。酷い怪我」

「お前もだろ。擦り傷すげーし、頬切れてる」

「……瀬呂が優しい。好き。付き合って」

「だからさぁ、何度も言ってるけど、どうして俺?高校時代なんてもっとほかに目立った奴いたろ。口を開かなきゃ爆豪とか顔は悪くねーし、それこそ轟とかイケメンじゃん」

「私は瀬呂がいいの!」

「意味わかんねー」
 
 顔全体を覆う完全防備の仮面で表情ははっきりと伺えないが、声色的にまたいつものパターンだ。高校生の時から何度も想いを告げているのに……。もうそろそろちゃんと向き合ってくれても良いだろう。何年もこの遣り取りをしているのだから私の想いが一過性のものではないと瀬呂だってとうに気付いてるに違いない。

「まぁ私、諦めが悪い犬なので!」

「ほんとにな。いい加減諦めてくんねー?」

「それはこっちの台詞!」

 まじで変なのに好かれたと酷い言い草をされたが、めげない。意地っ張りな瀬呂を振り向かせるのは中々に大変だろうけれどいつか絶対にと私は決意を改めるのだった。




こっち振り向いて


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