差し出されたのは砂の林檎なの?
「斎宮、宗さん…」
突然すぎる再会に私は呆然とする。まさか、プロデュース科になって一番最初に出会うアイドルが、一番会いたくないと思っていた彼だなんて。あの放送事故の時、次の番だった彼らValkyrieには謝り切れないくらいの大迷惑をかけた。それなのに、私は芸能界からフェードアウト。あまりに情けなさすぎる自分を呪いながらも、今の今までずっと逃げ続けてきた。気不味い気持ちを抱えながらここに来たけど、心の準備も無しに鉢合わせだなんて自分の運の無さに消沈する。
数秒間の沈黙にハッとして、私はすぐさまお辞儀をした。あまりじっと見つめるのも失礼に当たったかもしれない。
「ご、ごめんなさい。廊下で立ち止まってお邪魔でしたよね…私はこれで失礼します」
そうしてそそくさと彼を通り過ぎようとする。あの時と同じだ。私はまた逃げようとする。彼に満足な謝罪もしないまま、あれから変わり果てた私の姿をこれ以上見てほしくなくて。願わくばこの私がアイドルの「なまえ」だと気が付かれないように。そんな風に考えてしまった自分の身勝手さに心の中で失笑した。
「待ちたまえ」
凛とした、それでいてはっきりとした声音で、彼は私を呼び止める。恐る恐る、振り返る。あの時となにも変わらない、切れ長で、タンザナイトの宝石が埋め込まれたみたいな、綺麗な瞳に射抜かれる。腕には夢ノ咲学院の制服のような衣装を纏ったアンティーク人形を抱えながら、宗さんが私に歩み寄る。あまりに耽美な顔立ちを見ていれなくなってふい、と目を逸らす。この空気に耐えられず、あの、なにか…?と戸惑いがちに尋ねてみると、彼は眉間に深い皺を寄せて形の良い指を顎に添えてみせた。そんな仕草すら、なんて絵になるんだろう。
「…僕の記憶が間違っていなければだけれど、きみは確か声楽科だったはずだろう。その制服は一体なんなのかね」
「え…?どうして、私が……」
「愚問だね。知っていて当然なのだよ。…夢ノ咲学院声楽科。今は亡き、ソロアイドルなまえ」
心臓が、雑に掴まれたような、感覚がした。開いた口が塞がらないとはこのことかも知れない。宗さんは、わかってる。この私が、あのアイドルなまえであることを。宗さんの口振りからすると、私の存在は単に生放送で一緒に出演したから知っていた、という訳では無さそうだ。同じ夢ノ咲学院に在学しているアイドルだと、元から存在を知っていてくれてたのかもしれない。私も、輝かしいValkyrieの存在に憧れていた一人だったのだから、それが事実ならばこんなに嬉しいことはない。でも、変わり果てた今の私と、アイドルだった私は違う。それを見て彼にどう思われているのか、考えるだけで怖くなる。宗さんはやれやれと言ったように肩を竦める仕草をして、けれど、と口を挟んだ。
「今の君はあの頃のような麗しい姿とは程遠いね」
「……!!」
ずきりと胸が痛む。わかってる、私は醜い。こうなったのは自業自得だし、宗さんの言葉は間違ってない。なのに、弱い私は涙がとめどなく溢れてきてしまった。宗さんは急に泣き出した私にぎょっ?と驚きの声を漏らす。
こう言われてしまうのは、仕方ない。宗さんは自他共に認める芸術家で、美意識が高いという話も知ってた。こんな醜く太った私なんか、見るに耐えられないはずだ。怠惰で、自分に甘くて、こうなったんだって、きっと呆れてるに違いない。そう思うと、涙が全然止まらなかった。
「ご…ごめ、なさ……わた、私……」
「こっこらッ泣くのはやめたまえ…!全く…」
泣きじゃくる私に、宗さんはおろおろしながら控えめな舌打ちをこぼしながら、制服のズボンのポケットに手を入れると、真っ白でアイロンがきちんとかかった真っ白なレースハンカチを私に差し出した。
「僕のせいで泣かれたとなると夢見が悪くなるからね」
「あ、ありがとう、ございます…」
おずおずとハンカチを受け取ると、宗さんはふん、と嫌そうに鼻を鳴らした。こんなにきれいなハンカチ、私のせいでもしも汚してしまったらと思うと申し訳なくて、手に持ったままでいると宗さんはチッチッと大袈裟な舌打ちをして、ハンカチを奪い半ば無理やりに涙で濡れた私の顔を拭ってくれた。強引だったけど、拭うときの力は優しくて、たったそれだけのことなのに嬉しくなって、胸が温かくなる。ああ本当に、この人には頭が上がらない。
「ハンカチを受け取ったのならちゃんと使いたまえ。貸した意味がないだろう」
「…ごめんなさい…。とても綺麗なハンカチだったから、私なんかに使うと…汚れてしまうと思って」
「……チッ、チッ!あああ、もうなんなのだね!君の態度、さっきから癪に触る…!」
「……!?」
また大きな声で怒鳴られて私はさらに萎縮する。厳しいことを言ったかと思えば親切にしてもらえたり、