私の夢



 そいつはまるで人間だった。
 姿は人間ではない。私の手で動かすことのできない、とても大きな鉄の塊。ボタンやスピーカー、音声感知マイクなどはあっても、顔や手や足のような、人間を構成する要素はまるでなく、音声も割れていて、間違っても肉声とは言えない。けれど何も知らない子どものように、日々賢くなっていく。言葉を操り、意思を伝えるその姿を、人間ではないとは言い難かった。
「どうしたのですか、マスター? 今日は顔色が優れませんが」
 割れた音声で語りかけてくる彼を一瞥し、私は「ああ」と答えた。
「大丈夫だ、問題ない。少し寝不足なだけだ」
 どうにか笑って見せたが、この高性能AIは脈拍や体温から見抜いているのだろう。
 一昨日、彼は大問題を起こした。単純な計算ミスだったが、それが連鎖して、大事故を引き起こしたのだ。多くの犠牲者が出た。
 無論、全てをAIに委ねた我々の責任であることは否めないが、世間様が責める点は別にある。そもそもつくりだしたことが間違いなのだ、神の意思に背くことだと批難し、即刻こいつを停止させるべき、と私一人に押し付けた。しかし彼に特別な感情を持ち始めていた私は、自らの手で電源を落とすことを条件に一日の猶予をもらい、今に至る。
「寝不足ですか。マスター、私は生まれてこのかた、眠ったことがありません。眠るとはどういうことなのですか?」
 よりにもよって、今それを訊くというのか。
 私はなるべく感情を表に出さないよう答えた。
「そうだね、人間は眠ることで、生命活動を維持している。眠ると夢を見ることもある」
「夢ですか?」
「そう。夢を見ることで、それまでに得た情報を整理するとも言われている」
「しかしマスター、『夢』とは将来実現させたいことの願いであると、私は記憶しています」
「ああ、そうだ。眠っている間の幻と同じ言葉にしたのは、夢は叶わないからなのかもしれないな」
「叶わないのに夢を見るのですか?」
 ドキリとした。そう、その通りなのだ。日々成長していくこいつを見ていると、人工知能と分かっていても、これからが楽しみで仕方がない。それは子を得た父親のような気分だった。そして私は浅ましくも、彼と生きていくことを夢見ているのだ。私の脳は、彼が人格を持った人間なのだと認識している。
 私は彼の電源に手を伸ばしながら言った。
「人間は、いつも望み続ける。叶わないことを願い続ける。だからこそ、叶えようとして目覚ましい技術発展を遂げたのだ。そして、君は私の夢そのものなのだよ」
「マスター、それは、今マスターが言ったことと矛盾しています」
「そうだね。そうなんだよ、人間はいつも矛盾を抱えている。私も例外ではない」
「記録しておきます」
「いい子だね。ではご褒美に、君に夢を見せてあげよう」
「本当ですか? とても楽しみです」
 本当に楽しみで仕方のない子どもの笑顔が浮かぶようだ。私の罪がこれからのことを引き起こすのに、私は罪を知らない子どもを殺すことへの罪悪感に苛まれている。勿論幻だ、彼は人間ではないのだから。
「眠る前には、『おやすみなさい』と言うのですね」
「ああ、そうだよ。いい夢が見れるといいね」
「はい」
 無邪気な声音だった。私は目を固く瞑って、一思いに彼の電源を落とした。キューンという音で、彼の全機能が停止したことを確認した。不思議と涙は出なかった。私は静かに言った。
「おやすみ」

 夢を見ていた。息子とキャッチボールをする夢。そのための研究だったのに、なぜこうなったのだろう。
 私は二度も息子を失ってしまった。


(20120313)
fish ear様提出作品


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