筆を折った。
ものすごい絵を見てしまった。彼は天才で、まじめで、向上心が尽きない人だった。そんな彼の描いた絵を見て、私は絶望した。

私には描けない。
こんなにすごいものは、一生描けない。

だから筆を折った。
それまで使っていた画材を全て捨て、今まで描いた絵は焼き払った。
そうして何年も何年も展覧会に行かず、雑誌も読まず、絵という絵からなるべく避ける生活を送った。


今、私は本当の意味で絵が描けなくなった。
事故で利き手を失った。
描けない。もう二度と描けないのだ。


後悔


激しく後悔した。
認識できなくなった手が、絵を描きたがっている。ない筆を動かしたがっている。
強く憎むほどに、私は絵を愛していた。


300字SS企画
お題『絵』
(20161106)


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