妖精を探せ



 最近、不思議なことが起きている。
 学園祭が近い現在、美術部である彼らは寝る間を惜しんで作品の制作を行っている。美術室に描きかけのキャンバスや道具をそのままにして帰る彼らだが、次の日に来ると必ず筆が綺麗になっており、減って底が見えるバケツの洗浄液が足されているのだ。
 初めこそは気味悪く思ったものだが、綺麗な筆は使い心地がいいし、洗浄液がいっぱいのバケツは筆を洗いやすい。だんだんとありがたく感じるようになったのだ。
 そんなある日、美術部員の一人である朱音がこんなことを口走った。
「これって、妖精さんがしてくれてるのかなぁ?」
「え、妖精さん?」
 と、同じく美術部員の由紀が首をひねった。
「はは、それは面白いね」
 そう言って微笑んだのは、せわしなく筆を動かす雄也だ。
 朱音の仮説に賛同するどころか、少々馬鹿にするような態度を二人がとるので、朱音は少しむっとして「本気なんだけど」と言った。
「だって妖精さん、頑張ってる人が寝てる間に何かしてくれてたじゃん」
「でもあんたの言う妖精さんって、確か靴か何かを完成させてくれる人で、筆を綺麗にしたり洗浄液足してくれたり……なんて話は聞いたことないんだけど」
 冷静な由紀の返しに、またも朱音はむっとした。
「だって靴を『綺麗に』完成させてくれる人だったよ」
 ムキになる朱音に、雄也は安心感のある微笑みを向けた。
「でも、妖精さんって夢があるよね。だから朱音さんの絵は、いつもそんなに夢があるのかな」
「う、やっぱり雄也くんまで馬鹿にしてるんでしょう?」
「やだなあ、そんなことないよ」
 胡散臭い、なんだか悪徳セールスマンみたい。朱音が好き放題言うのを背中で受け止めながら、それでもせわしなく動く筆は止まらなかった。朱音も、よく判らないことは放っておいてさっさと絵に集中しようと考えて筆を握った。



 学校規定の活動時間が終わり、一番に雄也が美術室を出た。必然的に残るのは朱音と由紀の二人だけ。そこで朱音は、由紀にこう切り出した。
「ねえ由紀ちゃん、妖精さん探ししない?」
「はあ? あんたまだそんなこと言ってんの?」
「でも、気にならない?」
「そりゃまあ、気になるけど……」
 由紀が言い終えないうちに、朱音は手を叩いて「決まりね」と声高らかに言った。由紀は呆れたような力が入らないような笑みを浮かべた。
 それからしばらく絵を描いて、深夜零時を過ぎたころ、朱音と由紀は、道具はやはりそのままにして、息をひそめて物陰に隠れていた。しかし連日の寝不足と、時間が時間というのもあり、意識はうつらうつらとしていた。
 どれくらい待っただろうか、気が付くと、美術室の灯りが付いていた。なんだろうかと思っていると、物音がした。明らかに人為的な音だった。
 由紀が朱音にひそひそ声で話しかけた。
「これってヤバくない? 泥棒だよ!」
「え」
「だって明らかに人間だって。そんなのがこんな時間に来るなんて、泥棒以外考えられない」
「でも、美術室ってそんな盗るようなものないよ」
 そもそも、泥棒が教室の電気などつけるだろうか。懐中電灯は持っても、そのように目立つことはしないはずだ。
「朱音、捕まえるよ」
「え、泥棒決定なの!?」
「ほら、行くよ。せーの――」
 侵入者ととにかく泥棒扱いする由紀の勢いにつられ、掛け声とともに人陰に襲いかかった。
「わっ、ちょ、何!?」
「観念しなさい泥棒!」
「え、由紀さん!?」
「え、雄也!?」
 なんと、侵入者は雄也ではないか。朱音の目の前には、雄也に馬乗りをしている由紀の図が広がっていた。
「雄也って泥棒だったの!?」
「由紀ちゃん、泥棒から離れようよ。ところで、雄也くんはこんな遅くに何してんの?」
「何って――」
 朱音に尋ねられた雄也は、どこか居心地悪そうに、しかし照れくさそうに目を逸らした。
「……まさか本当に泥棒?」
「泥棒だったら、美術室なんか狙わないよ」
「そうだよね」
 苦笑しながら朱音が周りを見回すと、筆が綺麗になって、バケツの洗浄液が足されていた。
「あれ、もしかして妖精さんって、雄也くんだったの?」
「妖精さんって言われると、くすぐったいけど……」
「何? じゃあ雄也が、毎晩毎晩美術室に忍び込んでは、こんな風に筆洗ってたってワケ?」
「まあ、そういうこと」
「なあんだ」
 少しつまらなそうな朱音と由紀に、雄也は苦笑いを浮かべて後頭部を掻いた。だがすぐに、朱音が雄也に無邪気な笑顔を向けた。
「今までありがとう。おかげで描きやすかった」
「いえいえ」
 美術室の時計は、午前三時を回っていた。


(20111031)
微糖様提出作品


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