大人の味覚



 目の前でスラスラと作文を書きながら、時折熱いコーヒーに口をつける和也くんを見て、私は何度目かの溜め息を吐いた。
「なんだよ、今日は溜め息が多いな」
 と、苦笑いを浮かべながら和也くんは言った。私は唇を尖らせて、すぐさま反論した。
「だって、久々に遊びに来たら相手してくれないし、テレビとかも置いてないから暇潰せないし、飲み物もコーヒーしか置いてないのにミルクないし」
「ははは、悪い悪い。でもコーヒーは、何も入れないでそのまま飲むのが好きだからな、俺は」
「おかしい! どうしてこんな苦くておいしくもないものが飲めるの?」
「それは、理沙の味覚がまだお子ちゃまだからだよ」
「そうそれ! 昔お母さんにも言われたの! 大人になれば分かるってさ。でも全然分からない」
 私は困ったように笑う母の顔を思い浮かべ、自分も眉間に皺を刻んだ。
「大人になれば、勝手にコーヒー飲めるんだと思ってた」
「まだ大人じゃないんだろ」
「失礼ね、私もう二十歳よ! いつから大人だっていうの? 大人になるって、どういうことなのかな?」
「さてね」
「歳を取れば、勝手に大人になるんだと思ってた」
 でも、実際私よりも年下の彼の方が、大人っぽい雰囲気を醸し出してるし、私は逆に、年を経るごとに退化してるんじゃないか、と思うことさえある。十年前は二十歳は大人だと思ってたけど、いざなると大人って感じもしないしさ。
 そんな風に色々頭の中で巡らせていると、カップをテーブルに置いて和也くんが言った。
「コーヒー飲めるか飲めないかはさ、好みの問題もあるだろ? そもそもコーヒーを大人の飲み物って思う方がおかしいじゃん。確かに味覚って変わるけど、コーヒー飲めないから子どもなわけじゃないし、コーヒー飲めてもガキなのはいるしさ。そこに拘るヤツが子どもなんじゃないか――」
 私は和也くんの目をじっと見た。和也くんは照れ臭そうに咳払いをひとつすると、さっきの言葉を無理やり継いだ。
「――って、俺は思うよ」
 うん、なんとなく言ってることは理解できるような、できないような。
「なるほどねぇ」
 とりあえずうなずいて、私は和也くんのコーヒーカップを手に取り、口許に運んだ。ちょっとだけ飲んでみたけど、やっぱり苦かった。


(20120213)
微糖様提出作品


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