さくら


 例えば、いつもへらへらしている顔や、軽い態度、あのよくわからない髪型――そういったものが気に入らなかった。どんなにいい人であったとしても、二割の人には嫌われるというし、きっとあたしが御影にとってそういう人なのだ。
「あんたねぇ、あんなにいい先生なのに、なんでそんな毛嫌いするのよ」
「だってムカつくんだもん」
「何がよ?」
「べつに」
 そう、理由なんてないのだ。あの教師がみんなから人気があるのも、やさしくてノリのいい人柄であることも知っている。その上で気に入らないのだから仕方がない。
 そんな理由で、担任かつ生物教師の御影の授業になんて興味が持てず、毎授業のように堂々と内職をしていた。御影は多少嫌そうな顔はするものの、特に注意はしてこないので内職にうってつけなのだ。
 だから、受験生なのに模試の生物の成績が悪いことも仕方がないのだ。自分の行動が招いた結果なのだから。
 あたしは模試の結果を見ながらため息を吐いた。第一志望の大学は生物が足を引っ張りD判定。これではだめだ。
 仕方がないので、放課後に勉強することにした。
 どうせ大切なことは教科書や参考書に書いているわけだし、大丈夫。できるようになる。そう高を括っていたけれど、限界があったようで、すぐに頭を抱えることとなった。誰もいない教室でうーんうーんうなっていると、教室のドアが開いて、誰かが入ってきた。御影だ。
「なんだ、居残って勉強か?」
「べつに」
 御影はあたしの席まで歩いてやってきて、広げている教科書と参考書とノートに目をやった。
「生物か。どこが分からないんだ?」
「放っておいてよ」
「なになに――?」
 つっけんどんな態度を取っているのに、御影はかまわない様子であたしの前の席の椅子に座った。
「ここにつまずいたのか……これがな――」
 御影はあたしの分からないところをひとつずつ丁寧に教えてくれた。
 なかなか理解できずに癇癪を起しても、声を荒げたり馬鹿にしたりすることもなく、日が暮れても付き合ってくれた。
 あんなに嫌な態度を取っていたのに、あんなに毛嫌いしていたのに――どうしてこんな風にできるのだろう。
 幼い子どもみたいに駄々をこねてる自分が恥ずかしくなった。

 半年後、春――といっても、まだ肌寒さの残る季節。啓蟄を少し過ぎたころで、懐かしい通学路には桃の木が花を咲かせている。そしてその日は、さくらが咲くかどうかが分かる日でもあった。あたしは現場に行ってそれを確認し、その足ではばたき学園の門をくぐった。
 御影はきっとあの場所にいる。そこへ足を運び、相変わらず土いじりをしている後ろ姿を認めた。
 こう呼ぶのはむずかゆく感じたので、唇を一度尖らせ、それから声をかけた。
「先生」
 先生は、すぐに振り返り、立ち上がった。
「おう、久しぶりだな。元気か?」
「うん、まあ」
「で、どうしたんだ?」
「うん……。先生、ありがとう。先生のおかげだよ。あたし――」
 先生の顔をしっかり見て、笑顔を作る。
「第一志望、受かったよ」



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Written by @uppa_yuki
アトリエ写葉