雨上がりの大地


 フォルカーからブリッタのことを聞いてから、クロウはふたりのことを考えていた。
 フォルカーは、世界を終わらせるために召喚されたクロウを、会ったばかりだというのに信じて、「背中を任せる」なんて言ってくれたような男だ。そして彼の存在があってこそ、世界を正しく終わらせることができた。だからクロウも、できることならばフォルカーの力になりたいと思っている。それに、フォルカーにとって、クロウの知らないジェイクという男がいかに大きな存在かということは、嫌と言うほど見せられてきたのだから、フォルカーの気持ちを考えるといたたまれないというのもある。
 ブリッタもブリッタで、淋しそうな顔でジェイクやフォルカーの話をする。イネイドに連れてこられた場所が兄ジェイク亡き後のレジスタンスのアジトだったので、あれこれと複雑な感情を抱いているようだ。「本当はフォルカーと話したい」と言っていたその声など、震えていた。
 何かきっかけがあればいい。二人ともクロウとは悪い関係ではないのだから、もしかしたらクロウにも何かできるかもしれない。盗賊の報せを受けたクロウは、その対応にこれ幸いと、二人に声をかけた。
 二人ともいい機会だというのに、心の準備はできていない様子で、ブリッタに至っては露骨にフォルカーを避けている。荒療治すぎたかな、大丈夫かな、と二人の様子を遠くからちらちらと見ていたが……。
 なにやら口論になっているようだ。思わず駆けつけ、二人に声をかける。
「フォルカー、ブリッタ! 無事か?」
 大丈夫だ、などとフォルカーは笑っていたが、引きつっていた。側で俯いているブリッタの顔など、今にも泣き出しそうである。何があったのだろう。気にはなったものの、原因のひとつがクロウであることを考えると何も訊けなかった。

 残忍な盗賊団を一掃できたのはいいが、フォルカーとブリッタはあれ以来余計に気まずさを増している様子だ。
 二人の姿を見るたび、クロウは責任を感じた。食堂で空の皿を眺めながら考える。どうすることが二人にとって良かったのだろう。自分に何をすることができたのだろうか。
「余計なことしたかな」
「どうしたんだ、クロウ様?」
 口をついて出たつぶやきに反応されるとは思わず、クロウは驚きのけ反った。
「イロンデール。いや、フォルカーとブリッタが気まずそうだけど、お互い話したいみたいだったから、この間盗賊退治に二人を連れて行ったんだ」
 イロンデールは「そうか」と相づちをうちながら、クロウの隣に座った。
「そいつはまた、思い切ったことをしたな」
「でも、その時になにか揉めたみたいで、前よりもひどくなってるように見えて……」
「そうか……」
 ふむ、と布で隠れている口許に手を当てて考える仕草をとった後で、イロンデールは小さくうなずいた。
「まあ、大丈夫だろう」
「なんでそう思うんだ?」
「恐らく、あの二人にとって今が最悪の状態だ。これ以上悪くなることはない。あとはなるようになるだけだ」
 そんなものなのだろうか、とクロウは眉根を寄せたが、まあ見ていろ、とイロンデールはすました顔をしている。

 そして数日後のこと。フォルカーとブリッタが一緒にいるところをたまたま目撃したので、クロウはこっそりその様子を覗いていた。偶然通りがかったイロンデールも一緒に「覗き趣味はないのだが」と文句を垂れながら覗いている。もし喧嘩などが勃発しそうになれば、仲裁に入るべきだろうか、などと考えていた矢先。
「あ、フォルカーがブリッタをかまってる」
「なに? ……本当だ」
 フォルカーはなんと、クロウに接するようにブリッタに笑っているし、ともすればブリッタの頭を撫でたりしている。そして……。
「あっ、ブリッタが怒ってる!」
 遠くから見ているだけなのに、ブリッタが「何するのよ!」と怒っている声が聞こえてきそうだった。少し前までであれば想像さえできない光景である。
「仲直り、できたのかな」
「できたんだろう」
「そっか。よかったな、フォルカーも、ブリッタも」
 ほっと胸をなで下ろすクロウに、イロンデールがふっと微笑む。
「ほら、だから言ったろう? こういうのを俺の世界では、『雨降って地固まる』って言うんだ」
「……なるほど?」
 イロンデールの言うことはよく分からないが、きっと今のフォルカーとブリッタを指す言葉なのだろう。クロウは仲良くしている二人の姿に、口許をゆるめた。



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Written by @uppa_yuki
アトリエ写葉