理想と理念


 地球連合、ザフト、オーブが共同で世界平和監視機構コンパスを創設。オーブ首脳国連合代表、カガリ・ユラ・アスハが提唱人である。
「はあ!? なんでアスハが……。っていうか、アスハが作った組織の一員になれってことなんすか!?」
 コンパスへの誘いを受けたシンは、苦虫を思い切り噛み潰した顔でキラに声を荒げた。
 終戦後、キラはシンに共に戦おうと言ってくれた。それが嬉しかったし、シンも共に花を植えたいと思っていた。今ではキラのことを心から尊敬しているし、キラの言うことならなんだって聞くつもりだ。だがアスハの作った組織といなると話は違ってくる。シンは未だに、先の戦いでのアスハの判断が許せなかった。
 キラは不満そうなシンを見て、困ったように笑った。
「カガリのこと、よっぽど気に入らないんだね」
「そりゃそうですよ。俺の家族はアスハに殺されたようなもんだし、それに、前に会ったときなんかポンコツだったし」
 アスハに対する恨みは家族を喪った時からずっとあるが、そのときと代表は違う人間だから、正直なところ、心のどこかで期待していたところもあった。しかしいざ会ってみれば、カガリ・ユラ・アスハは聞こえのいい綺麗事を並べ、シンの言葉に反論できず、そのときの被害状況もわからず、護衛のアスランには無神経なことを言うではないか。その姿に、シンは絶望を覚えたものだ。
 しかし目の前のキラは、シンがアスハを悪く言うと表情を曇らせる。そういえばアスランもそうだったか。シンはバツが悪そうに目をそらした。
「ごめんね」
 優しさと心苦しさを湛えた声に、ハッとして視線を戻す。キラは悲しそうに微笑んでいた。
「なっ、なんでキラさんが謝るんすか!」
「あの時、オノゴロには僕もいたんだ。守れなかった。本当にごめん」
「そんな……」
 キラの苦しげな表情が見ていられなくて、シンはすぐさま「俺の方こそ」と謝った。
「うん。戦いがいつまで続くかはわからないけど、コンパスの理念はいいものだと思うんだ」
「それはわかりますけど……」
「でも、提唱者がカガリだから気に入らなくてできないって言うのなら、仕方がないのかな。僕も嫌がるシンを無理には誘えないし。……確かにカガリは、君の言った通りの時期があったから否定はできないけど……思うところは僕たちと同じなんだ。ねえ、シン、一度カガリと話してみたらどうかな?」
「話……っていっても……俺、アスハと話すことなんかないっすよ」
「そう言わないでさ。カガリって本当は、面倒見がよくて、真っ直ぐで、すごくいい子なんだよ」
 代表がいい子でどうするんだよ、いい子だからあの綺麗事なのかよ、などとシンは言いたかったが、カガリのことを話すキラがそれはそれは優しい目をしているので、シンは不満そうに言葉を飲み込んだ。
「ね、僕から話を通しとくからさ」
「……キラさんがそう言うなら」
 じゃあ、とキラはすぐにアスハに通信を飛ばした。アスハ代表に直接通信を飛ばせるなんて、と思ったが、第一次連合・プラント大戦の際に共に戦ったことがあったと聞いたので、そういった関係もあるのだろう。

 キラからはすぐに、アスハに会いに行くよう言われた。あまりにも気が進まなかったが、キラにもうんと言ってしまったために、とてつもなく渋々指定の場所へ向かった。
 アスハが待っているという応接室の扉の前に、アスハの護衛らしき男がふたり立っている。シンはふたりを精一杯睨みつけながら、「アスハ……代表が待ってるって聞いたんだけど」と声をかけた。シンの名前を聞き、応接室に通される。応接室の椅子で座って待っていたアスハは、シンを見るなり立ち上がり口角を上げた。
「ああ、シンか、すまないな、わざわざ来てもらって。さあ、そこに座ってくれ」
「はい」
 言われるがままに、立派な椅子に座る。椅子は今までに座ったことがないくらいの座り心地で、シンはちょっぴり楽しくなった。そんなシンの気持ちを、座ったアスハの声が現実に引き戻す。
「お前とはミネルバで会ったとき以来かな。元気そうでなによりだ」
 何が元気そうで、だよ、とシンはアスハをにらみつけた。
「はは、その態度は変わってないようだな」
 そんなシンとアスハをよそに、テーブルに茶が置かれる。シンは使用人の動きを見てしまったが、アスハは一切気にしない様子で、話を続けた。
「いや、すまなかった。お前にはどれだけ詫びても詫びきれんだろう。本当にすまない」
 深々と頭を下げるアスハに、シンは顔を逸らした。
「その、オノゴロのことはキラさんに聞いて……だからって全部納得できたわけじゃないけど、仕方ないとも思ってる。戦争だからな」
 言いながら、シンは香りのよい茶をすすった。苦くてびっくりしたのを、「っていうか!」と勢いでごまかした。
「代表がそんな簡単に頭を下げるなよ!」
「そうだな。だが、犠牲は犠牲だ。そこにも我々は責任がある。オーブの理念も大事だし、国を焼かないことも大事だ。本当にすまなかったな」
 目の前のアスハは、いつかのアスハとは全く違って見えた。凛として、自信と威厳に満ちている。だからだろうか、今のアスハに聞いてみたいと思った。
「なんでコンパス作ろうと思ったんすか?」
「戦争をなくすためだ」
「でも前にあんたは、大きな力は戦いを呼ぶと言ってたじゃんか」
 それも含めて、シンはアスハの言うことを「綺麗事はアスハのお家芸」だと切り捨てたものだ。
「そうだな。だが、戦いを止めるためにはやはり力が必要だと分かったんだ。だから、そのための組織を作ろうと思った」
「本当に戦争をなくせると思うのか?」
「どうだろうな」
 言い切らないのか。なくせると言って欲しかったのだろうか。そう言われても、シンは反発するだけなのだろうか。逡巡しているうちに、アスハが口角を小さく上げた。
「そんなに簡単なことじゃないだろ? 戦いはなくならないし、その被害を少しでも減らせるのなら……それに越したことはないから。理不尽に殺されたり奪われたり、虐げられたり……そういうのがなくなるように」
 小難しいことを言われたような感じがして、シンは小首を傾げた。アスハは笑うことなく、シンの赤い瞳をじっと見つめている。
「私個人の感情は、もっと単純なんだ。お前さ、アスランとキラ、知ってるだろ?」
 シンは小さくうなずいた。突然アスランとキラの話など、何だというのだ。
「あいつら友達なんだ。仲良くってさ。でも前の戦争では、キラが地球軍、アスランがザフトで、本気で殺し合って――結果的に今は生きてるからよかったけど、あんなのはもう嫌なんだ。……あんなことがもう起きなければいいと思っている」
 シンにも心当たりはあった。とんでもない破壊兵器に乗っていたステラ、デストロイを撃ちステラを死なせたキラ、アスランの駆るザクを撃墜したこと――それぞれでシンはどうしようもなく慟哭した。
「本当はさ、キラにはもう戦ってほしくなかったんだ。あいつさ、優しいだろ? でも私が情けないばかりに、また戦場に出させてしまった。夢は同じだからって、甘えてしまった」
 そこで、アスハは黙ってしまった。だが、それでよかった。キラに対するアスハの慈しみが、シンにも感じられたから。
 シンは苦い茶を思い切り飲み干して、勢いよくカップを置いた。
「あんたさ、簡単じゃないって言ってたけど、それがアスハの仕事だろ? だったらやってみせろよ。その世界を俺に見せてみろよ。あんたのこと許したわけじゃないけど、あんたが本気だって言うんなら、俺いくらでも戦ってやる。キラさんと一緒にさ」
 キラの言っていた、優しくて真っ直ぐでいい子なアスハ。その意味が少しだけ分かった気がした。
「そうか。シン、ありがとう。頼りにしているぞ」
「……ふん」
 時間を取らせて悪かったな、とシンを見送るアスハの方が忙しいことを、シンは理解した。



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Written by @uppa_yuki
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