地球の記憶


 暗い宇宙に地球が浮かんでいる。別にこうして宇宙で地球を見るのはカガリにとって初めてではないけれど、オーブを追われるようにして宇宙に飛んだ今は、懐かしく、恋しい星だ。
 カガリは戦術会議のためアークエンジェルに来ていた。小休止の今、通路からなんとなく地球を眺めている。戦況は芳しくないし、アークエンジェルやクサナギの置かれている状況は切迫しているというのに、この穏やかな時間はなんとも不思議な気分だ。
 ふと、誰かの来る気配がした。振り返ると、跳ねた茶髪が揺れていた。
「ミリアリア?」
「カガリ……」
 揺れる南国の海を思わせる碧い瞳が、カガリを見つめ、伏し目がちに逸らされた。
「どうした?」
「……うん」
 ミリアリアは床を蹴り、カガリの隣までふわりとやってきて、同じように地球に目をやった。
「綺麗ね」
「私も今、そう思いながら見てたところだ」
「そっか。初めて見るわけじゃないのに、なんだか不思議」
「そうだな」
 沈黙。
 けれど、決して居心地の悪いものではなかった。
 カガリが以前アークエンジェルにいたころは、カガリもミリアリアも顔を合わせれば誰がしかと会話をしていたものである。
 心地よい沈黙に一石を投じたのは、「ねえ、カガリ」というソプラノの声だ。
「ん?」
 カガリが顔を向けるとミリアリアはためらいがちに顔を逸らし、再び地球に目を向けた。
「カガリがあの、アスランって子を助けたって?」
「ん? ああ。あいつがどうかしたのか?」
「あの子に……トールが殺されたの」
「……そうか。あいつ、死んだのか」
 シミュレーターで得点を競った時のことが思い出される。戦いに巻き込まれた子どもたちの中で、平時の朗らかさと気安さを忘れない、優しい少年だった。
「やっぱり、アスランのこと、許せないって思うか?」
 カガリはアスランを知ってしまった。キラを死なせたとひどい泣き方をしていた。もう死んでもいい、とでも言うかのように、自棄になっていた。
 キラもアスランも、どうしようもなく戦場にいた。アスランに殺されたトールも、アスランの言っていたニコルという少年も。そしてカガリだって、あの時はアスランのことを許せないと思っていたのだ。
 でも今は、戦争というものの不条理さを知っている。だからアスランがトールを死なせたと聞いても、怒りは湧きあがらなかった。
「……許せない……って思う。けど、分からない」
 ミリアリアは頭を垂れた。
「コーディネーターがみんな悪いわけじゃないのは分かる。あたしにとって、キラは大事な友達だもん。でも、アスランのことは分からない。コーディネーターだから憎いわけじゃない、でもトールが死んでしまったことは……今も受け止めきれてないけど、あの子がやったことだし、憎い気持ちもある、けど、憎みたくないの。だから自分でもよくわからない」
「そっか」
「でもね」
 ミリアリアの視線が上がり、まっすぐにカガリを見つめた。碧い瞳は、今もなお揺れている。
「あたし、会ってみたいとは思ってたの。キラが悩みながら戦った、大切な友達だから」
 だから、あいつのこと助けてくれてありがとう、とミリアリアは笑った。その笑い顔は、悲しいのか怒っているのか、判断が難しかった。



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Written by @uppa_yuki
アトリエ写葉