正義の結末


「一緒に戦ってくれますか?」
 都市同盟軍のリーダーが、解放軍の元リーダーの許へ、険しい道をかき分け会いに来る。それを拒むわけにもいかず、うなずいて彼について行く。彼もつらい思いをしているのだろうか。境遇がいかに似ていても、彼の苦しみは分からない。父殺しの汚名を被り英雄となった自分の哀しみが彼に分からないように。

「テオか?」
 父の声を耳にして振り返る。同じように振り返る剣士には、雰囲気があった。この人は強い。
「人違いか。すまんな。背格好も歳も全然違う上に、テオは死んだと聞いている。引き留めてすまなかった」
 黒髪の男はマントを翻した。その男に声をかける。
「待ってください」
 男は足を止めた。少しのためらいの後、声を振り絞った。
「テオという人は、僕の父です。お知り合い、だったのですか?」
「知り合いも何も、共に戦った仲だ。ゲオルグ・プライムといえば、帝国でも割と有名だと思うが」
 ゲオルグ・プライム――継承戦争の時、黄金皇帝バルバロッサの許で戦った帝国六章軍の一人だ。
「二太刀いらずのゲオルグ・プライムという名前は知っています。あなたが……。継承戦争が終わった頃には、姿を消したと聞いていましたが、今は都市同盟軍で戦っているのですね」
「まあ、そうだな。そうか、テオのせがれか。どうだ、食堂で飯でも食べながら、少し話をしないか?」
「食堂……」
 食堂というからには、都市同盟軍の人も多くいることだろう。その中には、解放戦争の時に解放軍にいた面々もいるかもしれない。ビクトールやフリック、アップル――彼らがいることを承知で、都市同盟軍に力を貸しているのだ。今さら何をためらう必要があろうか。ゲオルグの誘いにうなずき、二人して食堂へ向かった。
 ここの焼き魚定食がな、うまいんだ、と、ゲオルグは慣れた様子で焼き魚定食を注文した。それに倣い、自分もゲオルグと同じものを注文する。
 焼き魚定食が来るまでの間、ゲオルグはこの食堂のデザートに何を食べようかと悩んだり、釣りが楽しいだとか、洗濯に使う石鹸は何がいいだとか、そんな他愛のない話をしている間に、定食が二人の前に運ばれた。食事の挨拶をし、焼き魚をほぐしながら、ゲオルグが彼の名前を口にする。 
「テオは元気か?」
 心が凍りつくようだ。
 答えなければ。
 口の動きに、声が遅れてついてくる。
「父は、死にました」
 死にました、ではない。この手で討った。
「そうか」
 汁をすする音がする。正直、目の前の男の表情を伺うことはできなかった。
 あの時、互いに譲れぬものがあった。きっとテオは、息子の成長を心から喜んだことだろう。だが、父を敬愛していた自分はどうだったのだろう。
 それ以上慰めの言葉をかけようとすることも、責めることもせず、もくもくと食事をする伝説の人に、話したいと思った。父を知り、自分を知らない彼に。――あの解放戦争を知らぬ、この剣士に。今までずっと胸の内に押し込めていたことを。
 話しているうちに、視界が涙でぼやけた。声が震えた。
 ゲオルグは、急かすことも、なだめることも決してしなかった。
 父の死を――父の死だけではない、オデッサの死も、テッドの死も、マッシュの死も、何も乗り越えてなんかいなかった。悼む間もなく戦うしかなかった。
「でも僕は、あの人の……オデッサさんの言ったとおり、見たものから目をそらすことはできなかった」
 近衛兵に暴行を加えられる子ども。民から搾り取る役人。私情で友を死に追いやったウィンディ。
 都市同盟軍の人たちのような、守るための戦いではなかった。守りたかったものは、すべて失った。それでも、自分に嘘はつけなかった。
「自分の信じたものを貫いてきました。最初は、オデッサさんの遺志を受け継いで……。オデッサさんの許に多くの人が集まりました。オデッサさんの打ち立てた〈解放軍〉という希望に、みんなが集まりました。その旗を受け継いで掲げていたのは、僕で、僕の後ろには多くの人たちの希望が。でも――」
 マッシュは死んだ。新しい国を共に見たいと思っていた人間の一人だった。
 マッシュだけではない。テオやオデッサ――生まれ育った故郷を愛し、国の未来を憂えていた者たちは戦いの中で死に、グレミオやテッド――共にかけがえのない時を過ごした者たちも、大きな力に巻き込まれて死んだ。これから一緒にいたいと思っていた人も、国を見たいと思っていた人も、誰もいなくなった。
「僕は……僕は、マッシュに新しい国を見てほしかったんだ」
 ――オデッサの目指したものを。
 きっとマッシュも見たかったのだと思う。妹の目指したものを。自分が導いたものを。でもそれは叶わなかった。
 未練はあったけれど、新しい国を見ることもせず、旅立った。全てをレパントたちに任せ、自分は旅に出た。それでも、故郷のことは忘れられない。友たちのことを、忘れることはできない。
「その結果がトラン共和国だろう。正義を信じたおまえが打ち立てた国だ」
「はい」
 ゲオルグの言葉が心に沁みた。そう、父を倒しても信じた道を進んだ結果だ。
 風の噂で、トラン共和国がどういう国になったのかは聞いた。それでいいではないか。もはや、あふれる涙を止めはしなかった。


「聞いていたわ」
 ゲオルグが去り、自分も食堂を出ようと立ち上がると、丸い眼鏡の女性が立っていた。あのころからほとんど変わっていないように見えるけれど、その目から、憎しみを宿した強い光は消えていた。
「あなた、マッシュ先生のことをそんな風に思っていたのね」
 だったらそう言ってくれればよかったのに、と。言ったところで何になるというのだろう。だってあの時アップルは、マッシュを戦いに連れ出したことをひどく責めていた。
「でも、結果的にマッシュは死んだ。僕が戦いに連れ出したからだ。オデッサさんの遺言とはいえ、そうしなければマッシュは、今でもセイカの町で、子どもたちに慕われながら、塾の先生をやっていたんじゃないかな」
「帝国に怯えながら? そんなのは結果論よ。そりゃ、戦いを嫌っていたマッシュ先生を連れ出したあなたが憎くて仕方がなかったわ。マッシュ先生がずっと子どもたちを教えている未来もいいと思うけど、そうしたらマッシュ先生はきっと、このままでいいのかって悩み続けて生きるのよ。今なら分かる。マッシュ先生は妹のオデッサという人のことだけではなくて、そういう理不尽なものに目を瞑り続けることなんてできなかった」
 アップルが向かいの席に座る。
「私ね、今でもあなたが許せない。マッシュ先生が死んだのは、やっぱり、直接あなたが手をかけたわけじゃないって知ってるけど、あなたのせいだから。なのにあなたは、何もかもから逃げ出して、自分のしたことの結果を見届けることもしないで、こうしてひとり、当てもなく気ままな旅をして、気まぐれに都市同盟軍に力を貸している。許せないわよ。その紋章の呪いとやらで永遠に生き続ければいい。ずっと孤独で」
 アップルはテーブルの上で手を組んだ。
「でも、感謝もしてる。あなたのおかげで、マッシュ先生の本当の気持ちが分かった。あなたのおかげで、私も、ひとりでも多くの人を助けようと思うようになったの。あなたがマッシュ先生を連れ出したからよ。あの塾に引きこもっていただけでは、決して見えなかった。かけがえのないものを失くしてしまったけど、大切なものを得ることができた。マッシュ先生みたいに、すごい策は考えられないけど、マッシュ先生が目指したものを、私も目指すことができる」
 だから、ありがとう。アップルは目を合わせわしなかったけれど、確かにそう言った。



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Written by @uppa_yuki
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