眠れない夜に
様々な記憶や考えが頭をめぐり、よく寝付けない夜は時々ある。セリカにとっては、今夜がまさしくそんな夜だった。随分と長い間、目を閉じたまま寝返りを打ったりしていたが、とうとう眠ることをあきらめ、夜風に当たろうと、方舟の城門前に足を運んだ。
日が暮れるとあまり行くことのない場所だが、夜は夜で静かで、星がよく見えて美しい。誰もいなければ身体を動かせば気が紛れるし、誰かがいればどうにもならないこの時間をやり過ごすこともできよう。そう思ってのことだったが、そこに唯一あった人影に、セリカは喜びとも戸惑いとも取れる反応をしてしまった。
「フォ、フォルカー!」
「よぉ、セリカ! 珍しいな、こんな時間に」
「あ、ああ。寝付けなくてな」
「そうか。まあ、そんな時もあるよな。どうだ、これから一緒に身体でも動かすか?」
「ああ、そうする」
結局ふたりして城門前を走り始めた。こんな光景をシャルロッテが見たら、「折角ふたりっきりになったのに、なんて色気のない!」と怒り出す様が容易に想像でき、セリカは苦笑した。だが走るというのはいいことだ。身体が疲れればよく眠れるだろう。
ある程度走って、二人で座り込み、はは、と笑い合った。
「いやあ、やっぱ走るのは気持ちいいなぁ。腹が減ってきたぜ」
「まだ早いだろう」
「そうだな。あーあ、早く食堂が開かねぇかなぁ」
色気は確かにないが、こっちの方がフォルカーらしい。しかし昔を思い出して眠れない夜を過ごしたせいか、はたまたシャルロッテのことを思い出したせいか、目の前にいるのが気になっている男だからなのか、どうにも落ち着かない。
シャルロッテはセリカの分かりやすい反応を見て面白がっている部分も大いにあるが、セリカの恋を応援してくれている。それらしい機会があれば二人きりにしようとするし、フォルカーがセリカに気付くように仕向けたりもする。しかしフォルカーがセリカの想いに気付くようなそぶりは一切ないし、いい雰囲気になったこともない。それはそれでいいのではと思う反面、気になることもある。――ブリッタの存在だ。彼女のことは、フォルカーからも少しは聞いたし、シャルロッテもフォルカーから聞いたんだけど、と教えてくれた。だからブリッタがフォルカーにとって特別で、大切な存在であるということは分かるのだが、セリカにしてみれば面白くない。フォルカーに聞いてみたい気もしたが、憚られるような気もする。どうしたものか。勢いに任せて聞いてみるか、思い切って告白してみるか。美しい星空の下、ふたりきりで、こんな機会はそうそう転がってはいないのだから。
「フォ、フォルカーは、その」
思い切ってみる方向に出発してみたが、途中で失速し、違う方に舵を切ってしまった。
「最近、どうなんだ?」
「どうって?」
「その、ブリッタのことだ。以前はそんなに親しくなかったように思うが、最近は随分と親しくしているようだから、仲直りしたのかと思って。イネイドも心配していたからな」
「まあそうだな。ちゃんと話し合えて、本当によかったよ。あのままでも守るつもりだったけど、さすがにあのままじゃあ、こっちもきついからな」
はは、と笑うフォルカーに胸が締め付けられる。セリカからフォルカーの顔が逆光になっていて見えないのが、唯一の救いだろうか。
「ブリッタのこと、好きなのか?」
何の気になしに口に出して、しまった、と思った。しかし言ってしまったことをなかったことにはできまい。覚悟を決め、暗くてよく見えないフォルカーの顔をじっと見つめた。
「……どうかな」
たったひとこと。そのたったひとことに、ブリッタへの万感の想いが籠められているということは、セリカにもよく分かった。分かってしまった。あまりに優しい声音で、どんな表情をしているのかさえ、はっきりと見えてしまうほどに。
ああ……聞かなければよかった。フォルカーの答えが「好き」であれば諦めがつくのに。「そういうのじゃない」であれば、これからも好きでいられるのに。
「そうか……」
自分でもどうすればいいか分からなくなってしまい、セリカは立ち上がった。
「変なことを訊いてすまなかった。私はもう戻る。付き合ってくれて、ありがとう」
「おう、またな、セリカ!」
先ほどの雰囲気は幻だったのかと思えるほどいつも通りのフォルカーに、セリカは「ああ、また」と返した。分かっただろうか、分からなかっただろうか。どちらにせよ、今のフォルカーであれば知らないふりをするのだろう。そんな風に思いながら自室へ戻った。