バレンタインの贈り物


「ディオーナ、お願いがあるんだけど」
 アカネがこのように頼みごとをするのは、たいてい孤児院がらみのことだ。ディオーナがアカネと普通に話すようになってからは、しばしば何事かを頼まれることがあった。
「なあに?」
「もうすぐバレンタインでしょう? えっと、バレンタインの意味はともかく、いい機会だから孤児院のみんなにお菓子を配りたいと思うの。協力してくれないかな?」
「いいわよ。それだったら、私の他にも協力してくれそうな人がいるから、声をかけてみるわ」
「ありがとう、ディオーナ!」
 協力してくれそうな人――世間知らずの箱入り娘だが、きっとそういうコネクションや知識は豊富であろうご令嬢・コーデリアの姿を思い浮かべた。そして当のコーデリアはというと、事情を話すと二つ返事で快諾してくれた。
「孤児院のみなさんのためなら、なおさらですわ! お父様にお願いして、最高のチョコレートをご用意いたします!」
「ありがとう、コーデリア。お金の方は私が工面するから、心配いらないわ」
「あら、そちらはわたくしの方だって」
 払う払わないなどの問答を繰り返し、ディオーナはふと思いついたことを口にした。
「それだったらコーデリア、ひとつだけ私のために手に入れてもらいたいものがあるのだけど……」
「あら、なにかしら?」
「お酒の入った上等なチョコレートをね、ひとつ」
「お安いご用ですわ」
「ありがとう。じゃあそれもお願いするから、お金は私が用意するわね」
「そういうことでしたら、仕方がないですわね」
「うふふ、分かってくれて嬉しいわ」
 かくしてディオーナは、子どもたちに配るためのチョコレートを用意すべく、よく歌い資金を集めた。瞬く間に集まった資金で、子どもたちに配るチョコレートをそれはたくさん、それはそれはいいものを用意することができ、アカネは「こんなに用意してもらっていいのかな?」と困り顔になっている。
「いいのよ。こういう時くらいしか食べられないのだから、もらっておきなさい」
「ありがとう!」
 アカネとディオーナとコーデリア、そしてどこから聞きつけたのかセシリアも駆けつけ、仕入れたチョコレートをひとつひとつ、かわいらしくラッピングしていく。セシリアは案外不器用で、コーデリアに「こうするんですのよ」と手ほどきを受けながらなんとか頑張っていた。
 こうして用意したチョコレートを、イネイドとアカネはひとつひとつ子どもたちに配る……なんてこともなく、カゴいっぱいの見慣れないお菓子に子どもたちは一斉に集まり、ひとつひとつ手間をかけて用意したチョコレートは瞬く間になくなってしまった。だが、チョコレートを食べる子どもたちの笑顔はどれもとびきりで、とてもいい一日にできたと思う、と後にアカネは語る。
「そう、それはよかったわ。頑張った甲斐があったわね、コーデリア、セシリア」
「はい! とっても楽しい経験ができましたわ!」
「そうですね、普段はなかなかできないことですし、私も楽しかったです!」
「ところでディオーナ、お酒入りのチョコレートはどうするんですの?」
 コーデリアに尋ねられ、「ああ、あれね」とディオーナは微笑む。
「さすがにお酒入りのチョコレートを子どもたちにあげるわけにはいかないからね、あれは私が後で楽しむのよ」
 うふふ、と付け足すと、セシリアもコーデリアも「ずるいずるい」と駄々っ子のごとく声を上げた。そうは言っても、ふたりとも酒を飲むにはまだ若い。大人になったらね、とディオーナは踵を返した。


  ◆


「さて」
 チョコレートを自分が食べるとは言っていない。ディオーナは「彼」のいるところへ足を向ける。
 彼は食堂だったり、鍛冶場だったり、修練場だったり、いろいろなところにいる。さて、今日はどこにいることやら。
「あら」
 運良くすぐに見つかった。フォルカー、と声をかければ、短めのポニーテールを軽く揺らして振り返る。
「ディオーナじゃねぇか、どうした?」
 ディオーナは包みから例のチョコレートを取り出しながら歩み寄った。
「少しかがんでくれる?」
「ん、こうか?」
 なんだ突然、と言いたげな唇にチョコレートを押しつける。フォルカーはされるがままにチョコレートを口に含んだ。突然のことでも食べ物とあればしっかり食べるのは、実に彼らしい。
「どうかしら?」
「なんだ、チョコレートか。酒が入ってるのか?」
「ええ。コーデリアに取り寄せてもらったの。おいしいでしょう?」
「ああ、そうだな」
「せっかくだから、あなたに食べてもらいたかったのよ」
 口許に手を当てて笑う。そう、言葉通り「後で」楽しませてもらった。子どもたちにも、アカネやコーデリアやセシリアたちにも喜んでもらえて、そしてフォルカーにも。だから今日は、とっても素敵な一日。



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Written by @uppa_yuki
アトリエ写葉