▷ 窒素するまでキスして(桃矢)
可愛い、っていうのが彼の第一印象。
きっと学校ではモテモテで、すごく美人な彼女がいるんだろうなーなんて勝手に想像をしていた。
「嘘だー!いるんでしょ?彼女」
「いませんって……何回言ったらわかるんですか」
開店前にちょっとした空き時間ができたものだから、わたしは店内のテーブルを拭きながら桃矢君にちょっかいをかけて遊んでいた。
つい最近27歳になった。
ここ3年は彼氏もつくる暇がないくらい仕事に一生懸命だったし、忙しかったけれどそれが生き甲斐みたいなものだった。そして友人とはじめたこのお店もなんとかお客さんが入るようになって、やっと自分の心も落ち着いてきていた。
いまこのお店でアルバイトをしてくれている桃矢君はあと数日で18歳になるらしい。よく働くし覚えもいいしで、そんじょそこらの男共より断然いい男。
わたしはそんな彼から若いエキスをすいとるような気持ちでよくちょっかいをかけていた。
そうしたら「まなみさんこそいないんですか、恋人」なんて聞かれて、思わず苦笑い。
「こんな女に彼氏がいると思う?」
「思います。まなみさんは綺麗ですから」
「……なっ、オバサンに対する嫌み?」
「本心です」
急に真剣な顔をしてわたしを見下げる彼の瞳に思わず動けなくなる。
でも、なんて綺麗な顔をしてるんだろうか、なんて思っちゃうあたり、心は意外にも冷静だった。
「わかりませんか」
「何が」
「好きです」
「あなたが」と言ってるところは、正直びっくりしていてほとんど耳に入ってはこなかった。
「冗談……」
「冗談なんかじゃない」
彼が冗談なんか言わない性格だということは知っていた。でもどうしても信じられなくて、テーブルを拭いていた手もいつの間にかとまっていた。
正確にはとまっていた、ではなくて、とめられていた、だけど。
「好きだ」
彼に手首をつかまれたまま抱きしめられる。つかまれているところが、熱い。
「桃矢く、ん」
9歳も年下の、しかもまだ10代の学生を相手に、わたしの心臓はものすごい速さで波打っていた。何だかわからない恥ずかしさにからだを離そうと身をよじっても、さらに強く抱きしめられる。
「わからない」
「何が」
「どうしてわたしなの」
わたしより若くて可愛らしい同世代の女の子はたくさんいるはずなのに、よりにもよって年上のわたしを選んだ彼の思いがしれない。
「ずっと前から好きだった」
彼の息が耳元にかかってぞわりとする。ふと桃矢君はいまどんな表情をしているのだろうかと頭を上げると、唇が触れそうな距離に彼の顔があった。
近すぎる整った顔に、もうわたしのポーカーフェイスは崩れる直前だった。
「わたしと貴方じゃ、つりあわない」
30代と20代なら9歳離れてたってそんなに問題はないけれど、彼は10代なのだから。それに彼はまだまだ若いのだから、年相応の恋人をつくって幸せになって欲しい。わざわざ歳の離れたわたしを選ぶ必要なんてないのに、と少し申し訳なくなるような、そんな何だかわからないような複雑な気持ちになった。
「まなみさんが年齢のことを気にしてるのはわかります。おれのことを弟みたいに思ってくださってるのも知ってます」
「なら……」
「それでもおれは、あなたじゃないとダメなんです」
そして彼はどこか辛そうな表情で続けた。
「おれの気持ちが迷惑なら振ってください、諦めます。それで、普通の雇い主とアルバイトに戻ってくれませんか。それも嫌ならバイトを辞めます。辞めて2度とまなみさんの前にはあらわれませんから」
辞める、という言葉にさみしいっていう感情だけじゃなくまた違う感情が湧いているわたしは、どうやら桃矢君のことをただの弟とだけ思っていたのではないらしい。
「嫌よ」
「………わかりました」
勘違いをしている桃矢君に少しいたずらしたくなる自分は意地悪だろうか。
この場を立ち去ろうとからだをすっと離した桃矢君の腕を今度は逆にわたしがひっぱって、彼の肩口にそっとおでこを添えた。
突然のわたしの行動に驚いて少し間抜けな顔をしている彼の頬に手をそえて、わたしからキスをする。
「ただの雇い主とアルバイトに戻るなんて、嫌」
また桃矢君にキスをする、鳥がついばむみたいに。
「それに辞めないで、ここにいて」
ほんのり赤くなった桃矢君の頬にもわたしは口づけた。
「わたしも桃矢君のこと、好きみたい」
桃矢君の首に両腕をまわすと、彼の腕がわたしのからだを包んでくれて、今度は彼からのキスがまっていた。少し緊張しているのか微かに震えている唇が優しくわたしに触れるのがなんとも可愛い。
自然ととじていたまぶたをあけると、赤くなってまだあどけなさがのこる桃矢君の顔が見えて、背徳感のような、いけないことをしているような錯覚に陥ってしまう。
「後悔させませんから」
「?」
「おれを選んだこと、年下だからって後悔させない」
思っていたことが伝わってしまっていたのか、彼は急にそんなことを言う。でもこれから彼のそばにいるってこと自体には不安なんて正直なくて、早くも年下の彼の虜になりそうな自分に苦笑い。
「期待してるわね」
気がついたら開店の時間の3分前で、いまのこの甘い雰囲気は閉店までおあずけになりそう。
今日ばかりはお店の売上とかどうでもいいやなんて思って、はやく閉店時間にならないかな、って思っている自分がいる。
そんなことを思いながら、わたしは桃矢君にまだ彼は知らないであろう大人の濃厚なキスをお見舞いしてやった。
窒息するまでキスして
(息があがってる桃矢君、可愛い!)
(男に可愛いって……)
(照れてるところも可愛い!)
(……………)
やや敬語のお兄ちゃんいかがでしょうか?わたしはどんなお兄ちゃんでも好きです。title by 確かに恋だった
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