▷ この熱は誰の所為?(桃矢)

 


 わたしのほうが年上で経験が豊富なのは当たり前で、割と主導権は自分にあって、優しい彼はいつもわたしに合わせてくれているようなところもあったし。
 だから油断してたのかもしれない、結局いつも優位なのはわたしだって。

「そういえば……ずっと気になってたんだ」
「ん?」
「どうして料理を勉強しようと?」

 前に桃矢君が手料理を振る舞ってくれたかわりに、今回はわたしが手料理を振る舞っていた。
 一応、お店で料理を作っているのはわたしで、お店でいつもまかないなんかを食べてもらっているはずなのに、桃矢君はわたしの手料理が食べたいと言ったのだ。だから結構気合いを入れて頑張ってしまった。

 単純に料理は小さい頃から好きで、学生時代は、よくいる『趣味はお菓子作りです』なんていう女子にあてはまるくらいに、お菓子を作るのが好きだった。お弁当は毎日自分で作っていたし、休みの日には家族の晩御飯担当だった。
 でも本当の理由は別にあって。

「まずは胃袋からと思ってね」
「胃袋?」
「好きだった人に気に入ってもらいたくて、一生懸命だったの。よく言うでしょ、男をつかまえるには胃袋って」

 過去に恋をした相手が年上の大人の男性で、そんな人に相手にしてもらうには料理しかないなんて勝手に考えたわたしは必死で料理の勉強した。そして勉強しているうちに料理のほうに本気になって、いまに至るわけだけれど。

 昔の男の話はよくなかったか、と思った時にはもう遅くて少し拗ねたような顔になる桃矢君。普段からクールを装っているけれど、彼の独占欲が強いことはもうよく知っている。

「……妬いてくれてるんだ?」
「九つも年上なんだ、それくらいのことは覚悟してましたよ」
「嫌みに聞こえるんだけど気のせいかな?」

 するとため息をひとつ、逆に拗ねてしまったわたしの機嫌をよくしようと、いつものように後ろから抱きしめてくれる桃矢君。自分のほうがよっぽど子供っぽいと我ながら思う。大人とかわらないがっしりとした大きな胸にもたれかかるのが好きなわたしは、まるでごろごろとのどをならす猫のようだと思った。

「どっちが年上なんだか」

 そう言いながら彼は優しくわたしの髪を撫でる。桃矢君はわたしの髪を撫でるのが好きなんだと思う、というか絶対にそうだ。

「なんだか甘えたい気分なのー!」
「おれの誕生日なのに、そういうの関係ないんですね」
「じゃあ桃矢君、わたしに甘えてくれるの?」

 「普段絶対に甘えてくれないじゃない」と思わず本音が出てしまって、ぴりっと空気がかわる。

 本当は普段から甘えてほしいのに、彼は絶対に甘えたりはしてくれなかった。優しくて、でもいつもわたしを引っ張っていってくれる強気な桃矢君は、わたしを満足させようと強がったり無理をしたりしているんじゃないかとずっと心配していた。
 年上の女としては甘えてほしいし、逆に年下の男は女に甘えたいから年上の人を好きになるものだ、なんて、なんとなく考えていたから。たまにはわたしが甘えたいときもあるけれど、それとはまた、別。

「………どうやって甘えたらいいか、わからない」
「は、?」

 さっきまで桃矢君の胸にもたれ掛かっていたけれど、意外な答えに呆気にとられてそれまでのムードをぶち壊すように思わずむくりと起き上がってしまった。そして彼の方に向き直ると少し照れているのか目線はあわせてくれなかった。

「おれみたいなのに甘えられたらまなみさんに迷惑だと思ってた」
「……そんな、むしろ甘えてくれたほうが嬉しい」

 ちょっと強引に彼の手を握ると、握りかえしてくれて、彼の手の温度が心地好い。

「わたしに甘えて?お願い」

 優しく微笑みかけるとやっと視線が合った。

「そうね……ほら、まずは敬語やめない?」
「な、」
「バイトのせいで染み付いちゃってるのはわかるけど、敬語だと甘えられないでしょ」

 無理矢理に両肩をつかんで、じっと訴えるように見つめると観念したかのように桃矢君はその肩をすくめた。

「まなみさん……」
「まなみ、よ」

 彼が緊張しているのが、触れている両肩から伝わる。いま思えば、時たまお互いにオーナーとアルバイトという立場に遠慮をしたり気をつかっていたのは確かだった。

「……………………まなみ」
「うん、」

 必死で甘えなさいオーラを出すと、それが伝わったのか、向き合ったまま包みこむようにぎゅっと抱きしめられた。

「キス、してもいいか」
「……貴方の女なのよ、したいときにすればいいじゃない」

 そう言えばゆっくりと優しくキスされて、また「まなみ」と呼ばれる。さん付けで呼ばれるのが当たり前だったから、呼び捨てされるのは新鮮で、なんだか少しくすぐったい。

「ならおれのことも桃矢って呼んでくれねぇか、その方が、おれも呼びやすいから」
「……………わかったわ、とーや」

 桃矢君が意外にあっさりと敬語を無くせたから驚いた、というのは内緒だ。そしてやっぱり若いと飲み込みがはやいのか、とひとりで納得する。

「もっと、甘えていいのよ?」
「……じゃあ、」
「じゃあ?」
「きょうは泊まってく」

 突然のお泊り宣言は正直とても嬉しくて思わず顔がにやけてしまった。気をつかっているのか、もしくは照れているのか、いつもお泊りは必ずわたしが言い出しっぺだった。だから嬉しくて、嬉しくて。

「あ、ならお風呂!すぐ入れるけど先に入る?」

 わたしが気合いを入れて立ち上がろうとすると、桃矢君はわたしの腕をつかんで引っぱったからわたしはバランスを崩してしまった。そして勢いのままにさっきまで座っていたソファーに桃矢君を挟んで倒れこんでしまって、とっさに彼に覆いかぶさるように両手を彼の顔の横についた。

「……ちょっと待った」
「ん?」
「風呂」

 本当ならここでどうして引っぱったの、危ないじゃないと怒るところだけれど、桃矢君の少し赤くなった顔を見たらそんな気持ちはどこかへいってしまった。

「お風呂が何」
「一緒に入りたい」

 そう言って頭を上げて、覆いかぶさったままのわたしにキスをする桃矢君は10代とは思えないほどの色気があって、どきり、としてしまう。
 甘えるとかどうとかもう関係のない大胆な発言に戸惑いを隠せずに固まるわたしにキスをつづける彼はなんだか余裕に見えて、なんとなく狡いと思った。

 わたしの胸はドキドキ、うるさいのに。
 湿っぽい音をたてて離れた唇はいやらしく濡れていて、またわたしを求めようとゆっくり近づく。


「まなみ」

 ああだめだ、もう、好きにして。

 いままでは自分が年上だからと彼より優位にたてていたのに。お姉さんぶって、甘えて、なんて言ってしまったことを後悔してももう遅かった。
 いまこの瞬間、主導権はあっさりと彼のものになってしまったのは言うまでもない、事実。

 まだまだ終わらなさそうなキスの嵐に羞恥心がこみあげてきて身体を起こそうとすると、彼の腕がまわされてがっちりと拘束されてしまった。片手で後ろから頭をつかまれて、もう片方の腕は腰にまわされていて、動けない。

「ン、…ねっ……とーや、君っ」
「呼び捨て、忘れてる」

 キスが続くなか起き上がらされて、横抱きされて向かう先はお風呂場の方向で。おろされたと思ったらお風呂場のドアの前だった。

「っ、……!ちょっと待って!」
「限界、待てない」

 いつもはわたしが待ってと言うと素直に待ってくれていたのに、今回は違っていて。
 けれどいつもとは違う強引な行動に何も言い返せなかったのは、わたしが彼に随分と惚れてしまっているからで、もう何でも許せてしまえるみたいだ。
 長いキスのせいで酸欠気味になって頭が少しふわふわして、自然に潤んでしまっていたわたしの瞳は、まだまだ育ち盛りの桃矢君を興奮させるのには十分だったみたいで、プラス上目遣いは本当に男に効くんだなんて思った。

「まなみ」

 そしてゆっくりとわたしの左の頬に触れた彼の右手がすごく熱く熱く感じて。熱いのは自分の頬なのか、彼の手の平なのか、わからない。

「可愛い」

 27歳にもなって可愛いなんて言われることがないから、嬉しいっていう感情より先に驚きのほうが出てきてしまって。
 こんな女を好きになるなんて、そして可愛いと思うなんて、やっぱり彼は変わっていると思った、そんな彼の誕生日。

「……ねえ、本当に一緒に入るの?」
「当たり前」


この熱は誰の所為?
(もちろん彼の所為)
(もちろん彼女の所為)




遅れてきた生誕祭です(どんだけ遅れてんだ本当に申し訳ない……)そしてやたら盛っているお兄ちゃんです。発情期なんですかね、可愛いです。title by 確かに恋だった



 
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