▷ わかるだろ?(桃矢)





「………あつ……」

 連日の猛暑で外に出るのが嫌だったから、わたしは今日も家で長ーい夏休みを過ごしていた。

 両親はまだ1歳になったばかりのわたしの弟を連れて父方の祖父母のいる青森に帰省中である。それについて行きたくなかったわたしと1つ年上の兄は家に残ってお留守番。
 でも実際のところお兄ちゃんは2年前から付き合っている彼女の家に今日の朝からお泊まりに行っていて、親のいない間は帰ってこないらしく家にはわたし一人きり。
 ふとテレビをつけてみても、野球に興味がなくてルールさえよくわからないわたしにとっては、それはそれはとてもつまらない時間で。

 クーラーは古い為かこの部屋を充分に冷やせていない。


———ピンポーン


 突然鳴ったインターフォンにちょっとびくりとした。
 こんな暑いなか誰が来たのかとカメラを覗けば、涼しい顔をした桃矢君だった。


「おはよ、う」
「おそよう、だ。ちゃんと時計見たか?」

 急いで玄関まで駆けつけてドアを開ければ第一声がこれだった。

「とりあえずいれてくれ、暑過ぎて死にそう」
「ああ!ごめん」

 いやいや涼しそうな顔してるじゃないかと思いつつ、わたしは彼を家へとあげた。よく家に遊びに来るので、すたすたとリビングまで迷いなく進んでいく桃矢君の後ろをついていけば、見上げる大きな背中にちょっとキュンとした。相変わらず超がつくくらい格好いいんだから、ちょっとムカつく。

「今日はどうしたの?連絡もなしに」
「別に、何も」
「月城君は?」
「ゆきはさくらと遊んでる」

 仲間はずれにされたんだ、とくすりと笑えばちょっと怒られた。桃矢君は少し拗ねたような顔で「デートだと、デート」と言いながら、まるで自分の家かのようにリビングのソファーに腰掛けた。



「茶」
「はいはい」

 よく桃矢君と付き合っているのか、と聞かれる事があるけれど、付き合ってないはず、多分。
 わたし自身桃矢君とはあきらかにお友達以上の関係ではあると思う。きっと桃矢君もそう思ってるはず。だってふたりきりで遊びにも行くし、こうやってお互いの家にも何度も行った事があるし、手だってよくつなぐ。
 多分好き同士だとは思うんだけれども互いに一歩踏み出す勇気のない、微妙な関係なのだ。
 

「そういや先輩は?」
「彼女さんの家にお泊まり中」
「あー……、篠原先輩の。それでか、」

 わたしのお兄ちゃんはサッカー部で、桃矢君はよくお兄ちゃんとも遊んでいるみたい。そんなお兄ちゃんの彼女さんこと篠原先輩のことも、多分わたしよりもよく知っている。

「で、お前は」
「家でひとりお留守番中」

 桃矢君はお茶をぐびぐびと飲みながら、わたしがさっきまで何となくでつけておいたテレビの中の高校球児を見つめていた。

「先輩から連絡があったんだ、『妹が暇してるから相手してやってくれ』って」
「お兄ちゃんめ……」
「てっきり先輩もいるもんだと思ってたよ」

 お兄ちゃんは絶対にわたしを陥れようとしている。いつも「お前木之本の事好きなんだろ」とニヤニヤしながら聞いてくる。そうだよ、そうですよ、悪いか!

「めし」
「は?」
「何か作れ、腹減った」

 さっきからまるで何処かの亭主のようにわたしにお茶だのご飯だの言ってくる桃矢君はいったいどうして、お兄ちゃんの言いつけを守ってわざわさ家まで来てくれたのだろうか。
 いくら先輩に言われたからって、断る理由くらい簡単にみつけられただろうに。面倒臭いとは思わなかったのか。

 そしてわたしは言われた通りキッチンに立って何か作ろうと冷蔵庫をひらいた。まだだったお昼はチャーハンでもしようかと思っていたので、たまごやらネギやら取りだして準備をする。

「あれ?フライパン……」

 するときのうも使ったはずのフライパンが見当たらない事に気がついた。
 今日の朝お兄ちゃんが使っていたはずと辺りを見まわすと、あった、上の棚のところに。わたしみたいな平均的な身長でギリギリ届くか届かないかのところに置いてある。多分これはわざとだ、ちょっとした悪戯のつもりらしい。

———っ!くそう……」

 えいやあそれと小さくジャンプしたりぐっと背伸びをしても届かない。本当にあと1センチで届くのに、おしい。
 クーラーがあまり効いていないこの部屋でこれは結構キツくて、額にじんわりと汗がにじむ。

「んーーっ、あとちょっと……!」
「危ねえだろ」

 すっと後ろから伸びてきた右腕と、肩に添えられた左手に一瞬どきりと驚いた。
 そして余裕でフライパンを取った桃矢君はその体制のままそのフライパンをコンロへ置いた。

 フライパンを取ることに夢中になっていたから、すぐ後ろまで来ていた桃矢君に気がつかなかった。

「あ、ありがと、」
「おう」

 ただでさえ暑いのに、至近距離の桃矢君にカッと顔に熱が集まる。
 桃矢君も桃矢君ではやく離れてくれたらいいのに、なかなか動こうとはしない。

「ね、桃矢君、暑いんだけど」

 ジリジリと距離をつめる桃矢君にそう訴えても、動かない。そして身体が触れている背中だけがやけに熱くて、どうも恥ずかしくて後ろを向けない。

「じっとしてろ」

 けれど突然の一言にえ?と反射的に肩から上だけをひねらせて後ろを振り返ってしまった。
 あ、と思った時にはもう遅い。

 ぐっと近くなる桃矢君の顔、すごくイケメンだ。


「む、っ」


 ほんの一瞬触れるだけの短いキスだった。
 突然の事に目を開いたまま、視界に飛び込んできたのは桃矢君の綺麗な肌とわたしより長いであろうまつ毛。急にキスされて思わず口から出たわたしの声に、桃矢君ははあとため息を漏らす。

「……色気のねえ声」
「わ、悪かったわね!色気無くて!」

 そう言いながらも嬉しさを隠せなかったわたしの顔は今緩み切っている。
 だってそういう事でしょ、ねえ。

「……順番が逆になったけど、一応言っとく」
「うん」
「好きだ、これからもずっと一緒にいたい」

 お友達の壁を崩そうとしてくれている桃矢君に、わたしも精一杯の気持ちで返す。

「わたしも桃矢君が好き。ずっと一緒にいてほしい」

 そしてもう一度近づいた唇に、わたしはゆっくりと瞳を閉じた。






 キスした後はいままでとなんら変わりない会話と行動で、桃矢君が帰るまでわたしは相変わらずこき使われていた。

「じゃ、また来るわ、先輩によろしく伝えといてくれ」

 夕方になって少しだけ暗くなった空。

「ねえ桃矢君、わたし達……恋人でいいんだよね?」

 わたしは最後に確認するようにそう聞いた。だって付き合おう、とは言ってないから。

「おれが彼氏じゃ不満か?」

 意地悪い、でも優しい笑みを浮かべてそう言う桃矢君に「ううん」と返せばよしよしと頭を撫でられた。でもそれはけして甘いものではなく、手懐けた犬にするような躾の延長のようなもの。

「おれは色気のねえ彼女でも満足だけど」
「失礼な!何年かすればわたしだって色気くらい、」

 色気だすなんて一生無理だろ、なんて言うから軽く叩いてやれば「暴力反対」なんて思ってもいないことを色々と口にする。本当に素直じゃなくて意地悪なんだから。

「お前はそのままでいいから」

 ちゃんとおれがもらってやるよと呟いたのは、あえて聞こえなかったフリをした。だってそれは何年後かにちゃんとした言葉で言われたいじゃない?

 それを想像、いや妄想してぼーっとしていたら頬をペンペンと叩かれた。
 気がつけば目の前にはどアップの桃矢君の顔があって、訳がわからずに頭にハテナマークを浮かべるわたしに、桃矢君は本日何回目かのため息をついた。

「?」
「あのなあ、このくらいの空気読めよ」




わかるだろ?
(キスする前の空気くらい、わかれよ)
 



旧サイトで拍手お礼としてupしていた短編です。その為名前変換なし。



 
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