選んでくれてありがとう〈1〉



 ピピピと鳴る目覚まし時計の音に、僕はベッドからむくりと起き上がる。
 随分と眠っていた気がする、いつもよりも鮮明に夢の内容を覚えていた。

 くあ、と欠伸をしてバスルームに向かえば備え付けの鏡に自分の姿がうつっている。

「うーん……ひどい寝癖、」

 そしてあったかいシャワーを浴びながら、今日これから起こる出来事をシュミレーションする。

 そう、今日はまなみに会う日だ。







「ウィル!」
「あ、こっちだよ」

 駅前で待ち合わせた僕とまなみは、これから街でショッピングをする予定だった。

「いつぶりかな」
「忘れちゃった、いつもお手紙で会ってる気がしちゃってるから」
「それもそうだね」

 いつもと変わらないようにそう言うまなみ。
 いつぶりか、なんて変な事言わなきゃよかったと僕は後悔していた。

 本当は、最後にいつ会ったのかしっかり覚えているのが恥ずかしくなって、「さあ行こうか」とまなみの手をとって歩きはじめた。

 今日みた夢は奇しくもまなみに別れを告げられた日の夢だった。







『どうして、って……聞いてもいい?』
『………ウィルがわたしにくれる愛と、わたしがウィルにあげてる愛は、少し違う気がするの』
『違ってたらダメなの?』
『わからない……でもウィルに申し訳がないって思うわ』








「よく彼がオーケーしてくれたね」
「大切な人だから、って言ったもの。この間わたしの家族みたいな人だから認めてもらわないとって、桃矢君に言われてたじゃない」

 あのとき、桃矢はすごいなあと思った。
 僕ならいくら親友だからと言われても、元恋人だと知ったら、しかも二人で会うなんてそんなの認められないはずだ。

「お前は二股かけられるような器用な奴じゃねぇだろ、って」
「ふーん……」

 これが”今彼”の余裕か、と適当な解釈をして、ああこの話題はもうやめようと違う話をふった。

「そうだ、きょうの夢にまなみがでてきたよ」
「わたしが?」
「イギリスではじめて会って、それからぼくがクリスマスに告白するまでをね」
「!」

 別れを告げられた日の事は端折った。
 そう話せば少しだけ頬を染めて恥ずかしがるまなみは相変わらずこのての話題が得意じゃないらしい。
 いや違うな、キザな台詞とかそういうのが苦手なんだ。
 だからぼくはいつもワザとキザな台詞や行動をして、まなみを困らせるのが楽しみだった。

「だから!いつもその頃の話はやめてって言ってるでしょ」
「だから、僕にはその感覚がわからないっていつも言ってるだろう」
「だって何だか、うー……」
「僕とつき合っていた事がそんなに恥ずかしい?」

 言い終わってからああちょっと変な言い方しちゃったかな、と隣を歩くまなみを見つめれば、さっきまでの赤い顔はどうしたんだというくらい真剣な表情をしていた。

「恥ずかしい事じゃない。違うの、あのね」
「うん」
「……ウィルはわたしのことを何でもゆるしてくれるでしょう」
「…………優しいのはキライ?」
「嫌いじゃないわ、でも、それって、ダメだよ」

 彼女はそんな事を気にしていたのか。
 僕の心を見透かしているみたいな瞳がじっとみつめてくる。


「わたしもね、ウィルのする事なんでもゆるしちゃうと思う」
「君が僕の嫌がる事するはずがないもの」
「………嫌な事はね、ダメって、嫌って言ってくれなきゃ」

 僕は沈黙でしか返事が出来なかった。
 嗚呼、彼は、彼女のことを叱れるんだ。

「本当はウィルと会ってほしくないって、この前言われたの」
「……桃矢がヤキモチ妬いちゃうよって、僕いつかまなみのこと叱っただろう。それ忘れちゃった?」
「それなのに、わたし貴方と会ってる」
「……僕に叱ってほしいの?それとも彼に叱ってほしいのかいッ…!」

 思わず少し声を荒げてしまうと、まなみは今度は真剣だった表情を、いつもの天使みたいな優しい表情にもどした。
 一体なんだっていうのか、僕に何をさせたいのか、思わせたいのか、全くわからなかった。



 まなみが桃矢と恋人同士になって、まなみとはもう会えないんだと思ったし、それが普通だと思った。覚悟もしてた。
 彼と会った時ハッキリわかった、まなみと僕が会うことに少なからず桃矢は心を痛めていたはずなのだ。
 それなのにまたこんな風に2人で会うことをゆるしてくれる彼の考えが理解出来なかった。

 そして何故か涙が出そうになったけれど、必死でおさえた。女の子の前で男の子は泣いちゃだめだよって、パパとママがいつも口を酸っぱくして言うからだ。
 それなのに追い討ちをかけるようにまなみは僕の顔を覗き込むように顔を傾けると、優しく僕の腕を手のひらで撫でた。

「ウィルに叱って欲しかった。わたしのこと」
「……ゴメンね、少し感情的になっちゃって…大丈夫?怖くなかった?」
「怖くなかったよ、大丈夫。嬉しいの。わたしおかしいでしょう」

 まなみはまるで誰か励ますように僕の腕をゆっくりと撫で続ける。

「桃矢君に言われたの、ウィリアムに会って、どうして自分と会うんだって叱られてこいって」
「は、?」
「……ウィルに別れようって言ったときのことはなしたの。そうしたらね、きっとウィルはわたしの事優先して本当の正直な気持ち言ってなかっただろうって。…確かにそうだと思った」

 どうして桃矢が彼女のことをみつけて選んでくれたのか、そしてどうして彼女が桃矢を好きになったのか、今本当の意味で僕は理解したのだ。

 認めるも何も、僕は二人が恋人同士になることに、うらめしくも賛成だった。大賛成だったはずなんだ、本当に。
 彼のことを話すまなみはとても嬉しそうで、僕といたときとは違う、恋をしている表情そのものだったから。

 そう、嘘をついたんだ、本当にすこしだけ悔しくて悲しくて、でも大賛成だなんて。

 それを彼は見抜いていたのだ。
 完敗だと思った。


「……嫌いじゃないのに、どうしてって、お互いに好きだけじゃどうしてダメなのって…思ったよ」
「ごめんなさい」
「僕は………こんなにもまなみのこと……好きなのにって…重たい男でゴメンね…、違うんだ、」
「わたしもウィルのこと好きよ、でも…」
「僕も君が好きだよ、でも、今はじめて…君のこと嫌いだって少しだけ思った…」
「……ありがとう」

 桃矢は僕の気持ちに気づいていた。あのほんの数時間会ったときのなかで、理解していた。
 僕は過去の事を吹っ切れているような、物分かりのいい親友を。二人に嫌われたくなくて、自分の気づかないままに演じていたのだ。
 それに気づいた桃矢はまなみをつかって本当の僕の気持ちを、僕に気づかせようとしたのだ。

 こんな事、普通の男なら冷たい奴だなんて、ただの男の虫よけの牽制みたいなものだなんて受けとってしまうかもしれない。
 けれど僕も桃矢と会ったあのほんの数時間で、彼がそんなことするような奴じゃないって気づいてしまっていたから。

「桃矢君はね、ウィリアムと素直に話してみたいんだって。…きっとわたしのことはじめて好きになってくれた人だからって」
「なにそれ惚気?」
「……惚気なのかも…」
「……たった今まなみと桃矢のことが嫌いになった」

 するとまなみは心底嬉しそうに笑った。
 それは僕がはじめて彼女に会ったときにみたあの天使みたいな笑顔に重なってみえた。
 こんな笑顔が出来るのは、桃矢のおかげなのだとわかる。彼がそうさせるのだ。

「あともう一つだけいいかな」
「なあに」
「桃矢君に言われたの。キスのとき照れないのが面白くないって」
「君が?!嘘でしょ!」

 今度はどんな惚気を聞かされるのかと思っていたら、度肝を抜かされた僕はまた声を大きく荒げてしまった。
 こんな事僕にじゃないと言えないから、というまなみは、本来ならキザな台詞やキス、ましてや手を繋ぐことでさえ照れて顔を赤くする。
 海外の生活で慣れていても、照れるものは照れるし、赤くならないことなんていままでになかった。

「照れてるんだけどね、赤くならなくて…キス…されるとものすごく安心するの」

 僕が親愛のキスをおくっていたとき、僕のパパとママにハグされていたとき、彼女は嬉しそうに、けれどいつも照れて顔を赤くさせていた。
 その違いなんて何なのかわからない。
 けれどそれは彼女に惹かれた彼だから、桃矢に惹かれたまなみだから、ただそんな理由だけなんだと。
 まなみにしかわからない違いがきっとそこにあるのだと思った。

「ああもう、話すのはやめよう!今日は2人でショッピングしにきたんだから」
「そうだよ!今日はマグカップが欲しくて」

 急に素直になった僕たちはお互いに照れていた。
 顔は赤くなっていないけれど、まるで、それこそ付き合いたての恋人みたいにしどろもどろになった。

「彼にプレゼントするの?」
「……自分用だけど……ダメかな」
「はあ?そこはお揃いのマグカップでしょう」
「わ、わたしがそういうのは苦手って知ってるでしょう!」
「絶対プレゼントして、お揃いじゃなきゃダメ」

 そうしてあげたら、きっと彼もの凄く照れながら、でもきっともの凄く喜ぶよ。
 もし彼女が決めかねて僕が選んだものだとしても、彼は喜んでそのマグカップをつかってくれるだろう。

 だってそんな彼女に彼は惹かれたんだから。そんな桃矢だからまなみは彼に惹かれたんだから。

 僕は今本当に、彼が君の恋人になってくれてよかったと思った。




選んでくれてありがとう
(彼女を)
(彼を)
(僕を)




 最後まで書いたのにうっかり全消ししてしまってショックで書けなかったものを書き直したものです(わかりにくい)。それを添削して公開しました。
 ウィリアム夢みたいな感じですね。ウィリアムは愛する人のことを人に見せびらかしてるようにみせかけて、束縛したいタイプの人です。鳥籠に入れて愛でたい人。逆に桃矢君って束縛してるようにみせかけて、裏でいつでも鳥籠の鍵開けちゃいそう。それが彼女の為になるなら羽ばたいて自由に生きろよ、って。何言ってるんだ自分。酔ってるな……お粗末さまです。(19/08/16)