十一話
大学生活、大変すぎない?
自分で授業を組むっていうのも私には良く分からなかったのに、卒業単位がとか、必修授業がとか……意味が分からなくて気絶しそうだった。
誰かに頼りたいけど、上京したばかりで知り合いが少なくて誰のことも頼れない。わかささんは言っちゃ悪いが論外だし、わかささんを通して連絡先を知ったベンケイさんには「力になれなくて悪いな」と謝られてしまった。そんな、ベンケイさんは全然悪くなんてないです。オリエンテーションの日にろくな友達を作れずに逃げ帰った私が悪いだけで……。
結局、休学期間の色々な話や教授との面談で改めて大学に呼び出されたタイミングで教務課のお姉さんに泣き付いて相談に乗ってもらいながら時間割を組んだ。これでダメだったらもう終わりだ。私には組み直せる気がしない。
遊佐さんに頼るというのも手ではあるかもしれないが、そもそも私は遊佐さんの連絡先知らないし、「なんでも頼ってね」とは言われたけど「時間割組めないので助けてください」とはなんだか言い難かった。多分知り合いだからこそ緊張してるんだと思う。
でもそんなことも言ってられない。友達……とは言わずとも、気軽におしゃべりできるぐらいの知り合いは作らなくては。大学生活ってそういうものだろう。ひとりぼっちで終わらせるにはこの四年間はあまりにも長すぎる。
大学の最寄り駅で電車から降り、ホームに降り立った瞬間から人の多さに気圧されたものの何とか気を持ち直して大学に向かう。こんなところで心が折れていたらこの先やっていけない。それにわかささんにも「気持ちで負けんな」って言われた。頑張らなくては。
私が泣いてしまったあの日から、わかささんが家に来るペースが少し増えた……気がする。これまでは酔っ払った時にうちを宿代わりに使っている感じだったのに、最近はシラフでやって来て一緒に夜ご飯を食べながらお酒を飲んで泊まっていく。しかも二回に一回は二泊はする。だから週の半分ぐらい私たちは一緒にいる。
正直、「なんか変じゃない?」とは思っているけど、どうしてだか言い出せない。
大家さんにはわかささんのことを「友達」と説明したし、多分お隣さんにもそんな感じに話が伝わっているのだと思う。変な風に話が伝わってしまう前に両親にも叔母夫婦にも「最近友達を家に泊めてる」と自分から連絡をした。
その時に「そうなんだ」の一言で双方とも話が終わったのは、多分私の言う「友達」が同性の友人だと思われたからだ。だが実際わかささんは男の人だし、それどころか私たちは友人ですらない。もちろん恋人なんてものでもなければ、知り合いなんて浅い関係でもない気がする。
じゃあ私たちはなんなのだろう。ここは思いきって「友達ですかね?」とわかささん本人に聞くべきなのかもしれないが、なんだかそれは……それはちょっと。
ダメだ。結論が出ない。ため息をついて、考えるのをやめた。軽く頭を振って前を向く。このことを考えるのはまた今度でいいや。このなんとも言えない関係で困ることがあったら、その時に改めて答えを出そうとすればいい。
そんな曖昧な関係の私たちだが、わかささんは私の時間割を知りたがったし、私は特に何も迷わずに時間割を教えた。聞かれなければ自分から教えようと思っていたぐらいだ。
時間割を見たわかささんに「来ない方がいい日は?」と聞かれたが、特にそんな日はないので首を傾げることしかできなかった。早起きしなければならない日はわかささんがいても早起きするし、ゆっくり寝ていていい日はわかささんがいてもゆっくり寝ている。家に人がいようがいまいがその辺りは特に変わらない。
そんなことを言えば、「じゃあ来る日は連絡する」とわかささんは言った。「それでよろしくお願いします」と私も頷いてその話はそこで終わり。我ながらつくづく謎な関係だ。
あの時わかささんに見せた時間割を思い出す。今日は朝から午後までたっぷり授業があるが、明日は午後の一コマだけ。心優しい社会人のわかささんが「奢るから外で飯食おうぜ」と提案してくれたので、全部の授業が終わったあとに家の最寄り駅で待ち合わせをしている。
わかささんの家か職場の最寄り駅で待ち合わせをするのでも私は全然良かったのだが、「ジムの辺りは知り合いに会いそうだし、家の最寄りは二個あって片方一緒だから」と言われてしまった。どちらの駅から歩いてもほとんど同じ距離で、私の家の最寄り駅の方が栄えているらしい。へえーって思った。その辺りは東京での暮らしに慣れてるわかささんの方が圧倒的に詳しい。
一番最初に「何食いたい?」と聞かれた時に「パフェ!」と答えてしまったのがダメだったようで「パフェ以外で何食いたいか夜までに考えといて」と言われた。なので何を食べたいのかを考えながら歩いていればすぐに大学に着いて、そこでも人波に流されるようにして教室を目指す。どこの教室で授業があるのかを書いたメモはトートバッグの中だ。出すのが面倒なので記憶を頼りに進むことにする。違ったらその時はその時。
しばらく歩いたり階段を昇ったりしていると、記憶の中の教室番号と同じ番号の教室を程なくして見つけた。ここで合ってるかな……。こっそり教室を覗き込む。見覚えのある金髪とチャラチャラ三人衆が教室の後ろの方でなにか騒いでいた。よし、合ってるっぽい。
チャラチャラしてるくせに朝から授業出るんだ、と謎なところに感心しながらまだ人もまばらな教室に入り、真ん中の方の席に座る。後ろすぎるよりもこれぐらいの方が黒板が見えやすそう。
トートバッグを机の上に置いて中からメモを取り出す。教室番号は……よかった、やっぱり合ってる。
ホッと一息ついてから、教室の前の方に掛かっている時計を見た。授業が始まるまではまだ余裕がある。みんなこの微妙な時間をどうやって潰しているんだろうか。
それが気になって辺りを見渡してしまったがダメだったようで、一番後ろの四人組と目が合ってしまった。チャラ男その何だったか忘れてしまった茶髪のチャラ男が「吉野ちゃんじゃん!」と叫びながらブンブン手を振ってきたので、軽く頭を下げる。見つかっちゃった。
これって話し掛けたりした方がいいのかな、とちょっと迷っていると、その一瞬の迷いを見逃さずにチャラチャラ三人衆はドタドタと大きな足音を立ててこちらにやってきた。そのまま隣と後ろの二席に座られてしまう。あーあ。
「おはよー。今日の服可愛いね」
「髪型もイケてるー」
「お? なんだよお前ら、吉野ちゃんのこと狙ってんのかー?」
服も髪型もオリエンテーションの時と一緒なんだけどな……と思いながら曖昧に笑っておく。遅れて歩いてきた遊佐さんがチャラチャラ三人衆に見えない位置で軽く両手を合わせて頭を下げてきた。謝られてる……。
ギャーギャーと盛り上がっている三人に「あははー」とワンパターンで返しながら、遊佐さんとこの三人はやっぱり仲良くないのかなとちょっと心配になった。遊佐さん、もしかして無理してるのでは。
口を出して何かを言う義理も資格もないが、一応片手で足りない年数同じ教室で勉学に励んできた仲である。ちょっとは気になるし心配もする。
チャラチャラ三人衆に時折話を振られては笑って相槌を打つ遊佐さんは、やはり私の記憶にあるのとは違う笑い方をしているように見えた。やっぱり無理してるよね、これ。
何か言うべきか、言わないべきか。ちょっと声を掛けるだけでも何か変わるかもとすごく迷っていたのだが、そのタイミングで遊佐さんの方から声をかけてきた。ちょっとひっくり返った声で「はい」と返事をすれば、遊佐さんはいたずらっぽい顔で「話聞いてなかったでしょ」と笑う。
「私たち今日の夜に飲みに行くんだけど、吉野さんもどう? コイツらが吉野さんのこと紹介しろってうるさくてさ」
「ちょ、言うなよ遊佐ー」
「や、でもさー、吉野ちゃん可愛いし? 仲良くなりてーっつーか」
「それそれ」
お手本のような笑顔を浮かべている遊佐さんと、ギャハギャハと笑っているチャラチャラ三人衆に一度目を向けてから「ごめんなさい」と頭を下げた。いつの間にか、教室にはだんだんと人が集まり始めている。
「私、今日は先約があるんです」
「マジ? お友達とか?」
「オレら別にお友達いても気にしないよー」
「そうそう。なんなら奢るしさ」
相変わらず大声で話すチャラチャラ三人衆のせいで私にまで視線が集まっていることをなんとなく感じながら、この中で一番話が通じそうな遊佐さんを見た。せっかく誘ってくれたのにごめんね、遊佐さん。二人きりでランチとかなら全然、もう本当に全然嬉しいんですけど、この人たちが一緒なのはちょっと。
もう一度「ごめんなさい」と言ったのだが、チャラチャラ三人衆は全然引いてくれない。それどころか「いやマジで友達いても平気だし!」と謎に頑固になっている始末。多分これはあれだ。私の先約が女の子とのものだと思ってるんだ。
実際は全然違う。約束相手のわかささんはひょろひょろしてはいるけど、普通に男の人。ジムで働いているからそこら辺の男の人と比べてもけっこうがっしりしてる……と思うし、一緒に洗濯してても服も下着も全部男物だし、たまにくっつかれると体硬いし。チャラチャラ三人衆が想像しているような可愛い女の子ではない。
言いたくないけど言わなきゃ引いてくれなさそうだ。先に謝っておく。わかささん、今から言い訳に使います。ごめんなさい。だけど二人でご飯を食べに行くのは事実なんだから許してね。
「約束してるの男の人だし、二人きりって約束だから、ごめんね。また今度誘ってください」
「二人きり」を強調してちょっと申し訳なさそうにそう言えば、チャラチャラ三人衆は「なんだ彼氏持ちかよ」という顔をして「あー、そっか」「じゃあまた今度誘うわー」「そっかそっかー」と言いながら自分たちの席の方へ戻っていった。安堵の息を吐いて肩を落とす。しつこかった。あと別にわかささんは彼氏じゃない。私たちはそういうんじゃないし。
そろそろ授業始まるかな、と時計を確認しようと顔を上げたら、変な顔でこちらを見ている遊佐さんと目が合った。何……?
「……その約束してる相手って、彼氏?」
「違うけど……」
「……そっか」
それっきり、遊佐さんはさっさと席に戻っていってしまった。何だったんだろうか。それ別に大事な質問じゃなくなかった?
思わず首を傾げて去っていく背中を目で追ったが、ちょうど教授が入室してきたので慌てて視線を前に戻す。声掛られてつい忘れちゃってたけど夜ご飯のことも考えなきゃいけないんだった。そうだな……パスタ。パスタ食べたい。わかささんにメールしとこーっと。