十三話
大学生活が始まってからあとちょっとで一ヶ月。お昼に学食で一緒にご飯を食べたり、教室で会えば並んで授業を受けるような友達が何人が出来た。順調順調。まさに典型的な大学生活。
私生活に関しても特筆するようなことは何も無く、楽しくやっている。最近だと買ったまま触っていなかった炊飯器をわかささんに促されて初めて使った。「パン飽きた、米食いたい」って言われたから仕方なく。
とは言えあの人がいる時だけ準備すればいいからそこまで手間でもないし、お米もスーパーまで買いに行ってくれるしで、別に困ってはいない。そんな感じだ。
最近はかなり新生活にも慣れてきて、そろそろバイトを始めようかなと思っている。この前、わかささんの仕事帰りに待ち合わせてベンケイさんも一緒に三人でご飯を食べに行った時に、あの人たちの職場の近くの学習塾がバイトを募集していた。時間帯的にも給料的にも場所的にも悪くなさそうだし、今度応募してみようと思う。
遊佐さんとも普通におしゃべりする仲だ。週一で例の蕎麦屋に一緒にご飯を食べに行っている。遊佐さんは最寄り駅の辺りの花屋でバイトをしているらしい。花屋かあ。
……花屋と言えば花屋の倅の山田。山田と言えば、山田から送られてきた同窓会の誘いに返事してないな。
今更なことに気付いて、講義と講義の間の休み時間に携帯を取り出した。次の講義は知り合いが誰も受けていないのでひとりきりなのだ。時間にも心にも余裕がある。
電話の方がいいかなと一瞬迷ってから、別に山田だしなと思って本文に「同窓会パス」とだけ書いたメールを適当に送っておいた。これで良し、と。
携帯を閉じてトートバッグから教科書を取り出そうとしたのだが、間髪入れずに着信が入った。大学にいる間はマナーモードにしているため震えるだけの携帯を見る。誰からだ……山田。まあ、だろうな。
応答拒否して「授業始まるから電話無理」とメールを送る。すぐに「大学生みたいなこと言うな」と返信があった。大学生みたいなことじゃなくて、私は大学生なんだよ。
授業が始まるまではまだ時間がある。それまでは相手をしてやるか。「大学生です。同窓会はパス」と送って、教科書をパラパラ捲った。またすぐに返信が来る。これ電話した方が早いな。
時計を確認してから席を立った。三分ぐらいなら多分平気だ。教室を出てすぐの壁に寄りかかりながら、着信履歴を開いて一番上の番号を押した。携帯を耳に当ててからワンコールで繋がる。暇なのかなあ、アイツ。
「もしもし、山田? 久しぶりー」
「久しぶりー、じゃねえよバカ! お前もっと連絡寄越せアホ!」
「うっさいなあ。アンタが連絡してくれば良いだけじゃん。そしたら返事したよ」
「オレはした! それをお前、同窓会の知らせ無視しただろうが!」
「無視してないよ。見てはいたけど返事忘れてただけ。同窓会はパスね。そっちまで行くのだるい」
「チッ、東京かぶれがよォ」
「東京かぶれじゃねーよ。私元々こっち生まれだからね?」
「あーはいはい、そうですか! っつーか同窓会はもういいや。オレがそっち行くわ」
「はあ? 来んな。働け」
「働いてるわボケ! 宿とんのめんどいから家泊めろよ」
「あ、無理。てかこっち来るにしても家は来ないで」
「は? なんで? あ、もしかしてお前男か? 男できたのか? 」
「あーもううるさい、とにかく来ないで。来ても家いれないから」
「男だな⁉︎ 男出来たんだろお前! 見せろ! 写真送れ!」
「うるさい! いいから来んな!」
「いーや、絶対行く! 絶対お前の彼氏見る! 審査する!」
「アンタはどういうポジションなの?」
三分経ったので無理矢理電話を切った。声を上げてしまったせいで若干周りからの視線を感じたが、気付かないふりをしてそそくさと教室内に戻る。念押しとして「こっち来たら案内とかはするけど家には来るな」と送って携帯を閉じ、改めてトートバッグから教科書を出した。
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山田から何度かメールが来ている気配はあったが全部無視をして九十分乗り切り、さて次の授業だと教室を移動していたら例のチャラチャラ三人衆に捕まってしまった。最悪である。
次も授業だから、と言って逃げようとしても「いいじゃん」の一言で話を遮ってくるチャラ男たちに困りながら、仕方なく話を聞く。早く移動したいのにな。
分かりやすく困っています、という顔をしたのだが、全部無視。チャラチャラ三人衆は「さっきの休み時間さー」とのろのろ話をしている。もっとハキハキ喋れ。
「廊下で電話してたのって男? いや、なんか仲良さそうだったからさー」
「そーそー、吉野ちゃんもなんつーか砕けてる感じでさ。彼氏かなーって話してたんだよ」
「彼氏はいませんけど……」
何言ってんだ、と思いながらそう言うと、チャラチャラ三人衆は声を揃えて「マジ?」と言ってきた。マジだけど。彼氏いるなんて言ったことあったっけ?
なんだか盛り上がってギャーギャー言っている三人に囲まれて困惑していると、遊佐さんが「なにやってんの」と声を掛けてくれた。やった、助けが入った。
「もう五限始まるよ」
「あ、私行かなきゃいけないので」
「なー遊佐、吉野ちゃん彼氏いねーんだって! お前知ってた?」
「知ってたけど……」
「なんだよ、もっと早く言えよー! 彼氏いねーんならオレ狙うわ!」
茶髪のロン毛がなんかうるさく騒いでいるが、私は既に遅刻するかしないかの瀬戸際に立たされてそわそわしている。落ち着きなく視線を右往左往させている私を見て何を思ったのか、遊佐さんが「その話あとで良くない?」と助け舟を出してくれた。さすが遊佐さん。
何があったの? と視線だけで問いかけてきた遊佐さんに「山田と電話してたとこ聞かれて勘違いされた」と言えば、ちょっと嫌そうな顔で「ああ」と遊佐さんは呟いた。遊佐さんと山田は何年も前から仲が良くなかった。私があの街に引っ越す前に何があったらしいが、何があったのかまでは知らない。だけど遊佐さんも山田も不自然なぐらいお互いの名前を出そうとしなかったから、二人の仲の悪さはあの街の子供なら誰だって知っていた。
話さない方が良かったかも……と若干後悔したものの、山田の名前を聞いたことでちょっと機嫌が悪くなったように見える遊佐さんは私の手を引いて「早く行こ」と言ってくれた。それにぶんぶん頷いてチャラチャラ三人衆の輪から抜け出す。救世主だ。
「おーい、待ってよ。今日この後一緒に飯食いに行かね? なんだかんだで行けてねーじゃん。奢るしさ」
「なんなら遊佐も一緒でもいいし! な?」
「な?」って、なにが「な?」だよ 。普通に行きたくないよ。
それに今日は多分わかささんが来る日だ。まだ連絡は来てないけど、毎週この日は決まって家に来る。だから出来れば家にいたいんだけどな。
でもチャラチャラ三人衆は本当にしつこくて、全然引いてくれそうになかった。仕方なく頷く。ちょっとご飯を食べて帰ればいい。そう、ちょっとで終わりにすればいい。
私が頷くと思っていなかったのか、遊佐さんは変な顔で私を見て、その後に「私も行く」と言った。迷惑をかけているようで申し訳ない……。
了承したことでチャラチャラ三人衆たちは一旦引き下がってくれた。遊佐さんと一緒に駆け足で階段を登りながら、携帯を取り出して新着メールの一覧を見る。ほとんどが山田からだが、何分か前にわかささんからメールが来ていた。慌てて開く。うわあ。「今日ちょっと飲んでから家行く」だって。
「ど、どうしよう」
「例の人?」
「うん。今日も来るって……」
「アイツらとの飲みサボっちゃいなよ」
「でもあの人たち顔広いからなんか色々と気まずくなりそうじゃん……」
わかささんに返事をしたかったが、教室が見えてきたので携帯を閉じる。本当にどうしよう。わかささんとあの人たちなんて天秤にかけるまでもないのに。