十八話

「彼氏とどこで会ったの?」
「だっ……から、彼氏じゃ、ない」

 衝動的に、手に持っていたメロンソーダ入りのコップをガンッとテーブルに置く。幸いにもファミレスは混雑しており、四方から聞こえてくる賑やかな声のおかげでその音は変に目立ったりしなかった。従弟が大人ぶって「割れるからやめろよ」と言うのを軽く睨む。誰のせいだと思ってるんだ。

 叔母夫婦にはすぐ連絡がついたし、「今すぐ迎えに行く」とも言ってくれた。でも私の家から叔母夫婦の家まではバス停四つ分の距離があるわけで、こうしてしばらくの間は従弟のお守りをすることになってしまった。わかささんにそのことを連絡したら「了解」と返信があったから、待たせることに対して怒ってはいないみたいだ。
 家を出る前にやらかしてしまったことに関しても、特に気にしていないといいけど。

 調子に乗って変なことをしてしまった。昨晩飲んだお酒はもう抜けているはずなのに。小さくため息をつきながらメロンソーダを飲む。そんな私を見て、従弟は仕方ないなあとばかりの表情を浮かべた。最近の小学生は本当にませてる。

「彼氏のことはオレと姉ちゃんの秘密な」
「……うん、まあありがと。でももう一回言っとくけど彼氏じゃないからね」
「彼氏じゃないのになんで一緒に住んでんの?」
「一緒に住んでもいない。たまたま家に泊まってただけ」

 その「たまたま」が週の半分ぐらいだってだけだ。あと泊まりに来る時はなんだかんだと同じベッドで寝ることが多くなってきたってだけ。これは従弟の情操教育に悪いので絶対言わない。

 最近は下着を一緒に洗うことにも慣れてきた。いや、慣れちゃダメだとは分かってる。分かってるんだけど、つい。だって、わかささんが家に泊まりに来るようになってもう二ヶ月ぐらい経つ。何回も洗濯するのも面倒だから一緒に洗濯して一緒に干してる。さすがに恥ずかしいから、下着は一人の時に洗って干してるけど。

 風呂上がりにパンツ一枚でだらっと手足を投げ出してお酒を飲んでいるわかささんも見慣れてきたし、最近じゃ目を逸らさずに「服着なよ」と言えるようにもなった。これは進歩だ。多分きっと恐らく。


 だけどこれは流石に小学生男児に話すような話じゃない。絶対に従弟には言えない一人暮らし事情を胸に秘め、ごほんと咳払いをする。同様の理由で青宗にもこの話はできない。
 ステーキを口いっぱいに頬張っている従弟の名前を呼ぶ。

「あのね、ただ家に泊めてあげてるだけ。ちょっと拾ってあげたらなんか流れで泊めてあげることになっただけなの」
「ポテトも頼んでいい?」
「ああはいはい、お好きにどうぞ!」

 親からの仕送りだけで生活している大学生の財布には痛い口止め料だ。今日か明日には絶対に例の学習塾にバイトの応募の電話掛けよう。


 +


 その頃。
「あ、ベンケイ? 今いい? いいよな。聞いて欲しい話あんだけど」
「五分な」
「オッケー、簡潔に話すわ。……あのさ、キスされたら脈アリだよな?」
「キスさせた?」
「ちげーよバカ。させたじゃなくて、された。オレがキスされたんだよ」
「……酔ってんのか?」
「酔ってねえよ! マジでキスされたんだって。肩掴まれてキスされた。……されたよな?」
「オレに聞くな」
「壁に頭ぶつけた時は痛かったから夢ではないはず……」
「もう切っていいか」
「待て待て待て。で、キスされたんだけど、これって脈アリ?」
「知らん」
「真面目に答えろって。じゃあ聞くけどお前は好きでもないやつの鼻にキスすんのか?」
「……鼻?」
「鼻」
「それはあれだ、海外の挨拶」
「え、マジ?」
「いや、適当に言った」
「ンだよお前マジ脅かすな」
「……バレてるんじゃねえのか?」
「なにが?」
「お前が家に泊まる度にキスしてること」
「……」
「なんてな。冗談だ。流石のお前もそんなこと……」
「……」
「おいワカ、お前……」
「……いや、仕方ねえだろ……」
「中坊か」
「マジであれは仕方ない。お前もオレの立場になれば分かる。アイツ結構寝相悪くてさ、引っ付いてくんだよ」
「やめろ話すな、オレを犯罪に巻き込むな」
「なんだおい、日和ってんのか?」
「お前はこればっかりは日和れ」
「……脈アリだよな?」
「知らねえよ、本人に聞け!」
「……まあそのうち聞くワ」
「そこは日和るのか」

ふたつおりのひとひら