二十二話
「仕方ないじゃん! 私だって、何、こう、『話しかけるな』オーラ出してる!」
「なんも出せてない。本気でやれよ」
「もう既に本気!」
ぎろりとわかささんを睨むと、わかささんは鼻でひとつ笑って焼き鳥の串を噛みながら「全然ダメだな」と言った。うざ! 歩きながら串噛むな! 叩いても蹴っても危ないので再び睨んだが何処吹く風である。
冬が目前に迫ってきたこの時期は夕方でもなんとなく肌寒い。二人で肩を寄せ合うようにして並んでちょうどいい感じだ。
日曜の午後、いつものようにスーパーに買い物に行った帰り、わかささんは「寒いから」と言ってキッチンカーで焼き鳥を買った。こんなこと言ってるけど、まだまだ暑かった八月九月も「腹減った」って言って焼き鳥買ってたからね。多分単純に好きなだけだ。
すっかり顔見知りになったキッチンカーのお兄さんに「彼女さんも良かったら」とサービスでもらった焼き芋を食べながら、わかささんと並んで短い家路を辿る。あのお兄さんは毎回私を「彼女さん」と呼ぶ。何度が訂正したんだけど、それでも毎回毎回呼ばれるから訂正の方を諦めた。それにあのスーバーは近所の人も利用してるから、「彼女じゃないです」とか言ってるところを見られて「付き合ってない男と毎週末買い出しに来て一緒に家に帰っていく女」とか思われたくないし。
そんな風に言い訳をしながら歩いていたのだが、ふとわかささんがいちゃもんをつけてきた。曰く、「お前声掛けられすぎ」とのこと。一昨日せんじゅちゃんと出会った時の諸々はもちろん、昨日二人で出掛けた時にもちょっと声を掛けられてしまったからそれのことも言っていると思われる。
わかささんが言うに声を掛けやすそうな雰囲気があるらしい。そこは同感。私も「舐められてるな……」と思っていた。
だけど、続けてわかささんは「もっとしっかりしろ」と叱ってきた。そこで冒頭の会話に繋がるわけだ。
話し掛けやすそうという意見には同意するが、「しっかりしてない」とばかりの言い方は気に食わない。私はすごくしっかりしてる。
わかささんに半分以上食べられた焼き芋の包み紙を丸めてポケットに入れながら、「よくしっかりしてるって言われるし」と反論したが、わかささんは「どこが?」と聞き返してくるだけだった。ムカつく!
「実家のある辺りだと、私はしっかりしてることで有名な子供でした。こう見えて中学では生徒会長やってたし、高校でもほとんど内定してたんです! グレなければそのまま会長になってた!」
「それとこれとは別だろ。生徒会長はしっかりしてなくてもなれる。そもそもお前のいたとこって人口少ないんだろ? 一学年何人ぐらい?」
「うちの学年は三十人いないぐらい」
「それしかいないんなら、まあな」
「まあなに」
「いや別に?」
「きーっ!」
だん、と地団駄を踏むと、わかささんは楽しそうにケラケラ笑った。の笑顔を横目で睨みながら、足早に進む。追いていってやる。
でもわかささんは歩くのが早いのですぐに追いつかれてしまった。悔しい。
「本当にしっかりしてたんだからね」
「はいはい」
「本当だからね! それに私、声掛けられても大体の人には勝てるから平気!」
「無理だろ」
「勝てる! あのね、私こう見えても柔道やってたからそんなに弱くないの!」
二段! 黒帯! と必死で訴えれば、わかささんは意外そうな顔をして「へえ」と呟いた。よし、ようやく議論の余地が生まれた。ここまでは私が一方的にからかわれてるだけだったからね。
ここから気合いを入れて言い負かすぞ、と固く決意をした私を他所に、わかささんは既に先程までの話題には興味がなくなったらしく「柔道やってたんだ」と聞いてきた。大きく頷く。
「なんだかんだ言って小学生の頃からずっとやってたよ。高校卒業してからはさっぱりだけど、そろそろ昇段試験受けようかなって思ってたんだよね」
「ってことは、引っ越してからもやってたってことか」
「うん。一緒に通いだした幼馴染みはすぐに辞めちゃったんだけど、私は続けた」
お互いの両親が「最近物騒だし護身術でも習わせてみる?」ということで柔道教室に入れられたけど、一年ちょっとで私は続行、赤音はスイミングスクールに移動、という感じで習い事はバラバラになった。教室の場所はそれなりに離れていたけど通っている曜日が一緒だったから、分かれ道までは「お互い頑張ろうね」と励ましあって一緒に歩いた記憶がある。懐かしい思い出だ。
家が隣同士で学校も一緒。登下校もずっと一緒だったし、休みの日もよく遊んだ。いつだって一緒にいたから、青宗は四歳ぐらいまで私のことを「なぜか隣の家に住んでるもう一人の姉」と思っていたぐらいだ。
本当に懐かしい。今の青宗にもあの頃の面影と可愛さは残っているが、あの頃のそれはもう凄まじいものだった。いや、今だって本当に可愛いんだけどね?
再会して連絡先を交換した時の宣言通り滅多にメールは返ってこないが、この前「声が聞きたいから電話していい?」と送った時は五分だけ電話をしてくれたのだ。電話をしておいて「なんでもいいから話して」と強請る私に、「共通の話題の方がいいんだろうな……」と思ってくれたようでわかささんやベンケイさんの話を沢山聞かせてくれた。憧れの先輩たちの武勇伝を自分のことのように語る青宗は、声の時点でもう、すごく可愛かった。
でもあれぐらいの歳のグレてる男の子にとって「可愛い」は褒め言葉ではなく、下手したら悪口として受け取られる可能性だってある。なので直接本人に言うことは出来ず、心の中で愛でている。早く焼肉行きたいな。
そんな風に私の思考は既に青宗に向いていたのだが、わかささんは未だに私の過去に興味津々だ。串をがじがじ齧りながら「他はなんかやってねえの?」と聞いて、スーパーで買ったものの入ったビニール袋を持っていない方の手で私の腕に自分の腕を絡めてきた。普通逆では? と思いつつも、大人しくされるがままになっておく。
私だって腕組みに行ったことなんてないのに、わかささんが組みに来た。えー、いつか私から自然な感じで腕組んじゃおうと思ってたのにな。まあでも……うん、いっか。
「他かあ……特にやってないかな。こっちに住んでた頃は幼馴染みと遊んでばっかりだったし、引っ越してからはなにか習えるところなんて何にもなかったから」
「でも柔道は続けてたんだろ? 独学?」
「柔道は山田のおじいちゃんが教えてくれてた。何年も前に教室畳んだって言ってたけど、久々に柔道出来る子供がいるから教えたくなったーって」
「ふーん」
あれ。思ってたのと違う反応だ。自分から聞いてきたんだからもっとなんかそれっぽい反応が返ってくるのかと思ってたんだけど、これは機嫌が悪い時の返事。どれがダメだったんだろう。
ぴとりと私の肩に頭を預けて密着してきたわかささんに「歩きにくいよ」と声を掛けながらも、これもされるがままになっておく。歩きにくいのは確かだが、別に困ることではない。くっつかれるのだって嫌じゃないし、これでわかささんの機嫌が治るなら好きにさせておいていいだろう。
近所の人に見られるのはちょっと嫌だけど、そこはもう諦めつつある。週の半分以上わかささんは家に来ているし、それで「誰にも見られずに」はもう無理な話だ。大家さんとお隣さんに今でも「うわっ」って顔をされたり、「吉野ちゃん、お金の管理はしっかりね」と言われたりするのも、もう仕方ない。わかささんは未だにヤバいやつだと思われているのだ。
今もすれ違ったお向かいの奥さんに「うわっ」という顔をされたが、軽く頭を下げてそれっきり。早く慣れてください。
私がご近所付き合いに若干失敗していることを気にもせず、その失敗の原因の片割れは「なあ」と声を掛けてきた。声がもう拗ねてる。分かりやすくて可愛いやつめ。
「なあに」
「山田がこっち来る時オレに会わせて」
「なんで?」
「話をする」
「なんの?」
「まあ色々だよ、色々。お前は気にすんな」
「いや、気にしないのは無理があるでしょ」
そう言えばアイツこっち来るとか言ってたな。ちょっと前に思い出したけど、なかなか来ないからまた忘れてた。そして私が山田の存在ごと忘れている間に、山田はわかささんとのお話し合いが確定してしまった。何をしたんだ、アイツ。
一応山田は私の友達だから、いくらわかささんが「気にするな」と言っても全く気にしないっていうのは無理な話だ。わかささんは「元」が頭についても不良。不良のお話し合いって、絶対不穏な感じのアレだ。下手したら山田にお別れを言う準備をしないといけないやつ。遊佐さんは喜びそうだな。
流石にわかささんも殺しはしないだろうけど、山田の前歯はなくなるかもしれない。一体山田の何がそんなにもわかささんの逆鱗に触れたというのか。さよなら、山田の前歯。
まだ折れていない山田の前歯に別れを告げつつも、相変わらず私に引っ付いているわかささんの頭を見下ろした。私も歩きにくいけど、わかささんも歩きにくそう。でも離れないんだから流石だ。
「わかささんはなにか習ったりしてました?」
「オレ? オレは……よく覚えてないけど多分なんもやってなかった。喧嘩してばっかだったしな」
「出た、喧嘩。喧嘩ばっかりしてて、今もボクシングやってて、なのになんでこんなに顔が綺麗なの? 全然歪んでない」
「オレ喧嘩もボクシングも強いから怪我なんてしねーの」
「えー?」
「嘘じゃねーよ」
「あはは、私もちょっとだけど知ってるよ。あれでしょ、白豹。すっごいかっこよかったし強かったんだってね。ドラテクもすごいんだーって」
「……青宗か」
「そうそう。あーあ、妬けるなあ」
青宗もわかささんも私の知らないお互いのことをよく知っていて、ちょっと妬ける。
バッと顔を上げて「どっちに?」と聞いてきたわかささんには笑って「さあ?」と言っておいた。答えは「どっちにも」だけど、どちらかと言えば青宗に妬く気持ちの方が大きい。どう答えても情けないし恥ずかしいから何も言わないけどね。