二十四話

 わかささんが私に加勢してくれることになり、喜んだのも束の間。山田は私たちの視線に気付いたのかこちらを見て、「ヒェッ!」と悲鳴をあげた。どこから出てるんだ、その声。
 その声に反応した青宗もこちらを見て、「ワカクン!」と嬉しそうに目を輝かせる。それを見てなんだか悲しくなった。ここにいるメンバーに対しての青宗の懐き度はわかささんがいちばん高く、次点で山田、最後に私。私が弱いから……。

 強さが欲しい……と私が変な方向に進みかけている間にも、青宗はわかささんに山田を紹介している。山田もしどろもどろになりながら名乗っていた。わかささん、相当有名人かつ本当に伝説の人っぽいな。ゴミ捨て場に落ちてたけど。

 ここでも話についていけなくなってしまった私はわかささんの腕の中で大人しくしていたのだが、山田がそんな私に気付いたのか話しを振ってくれた。

「お前、お前……恐れ多くも初代黒龍の生きる伝説、白豹の今牛若狭クンに抱き締められてんだぞ⁉︎ もっと有り難がれ!」
「初代黒龍の生きる伝説、白豹の今牛若狭……しかしその実態は人の家のゴミ捨て場で泥酔するような男……」
「ゴミ捨て場……?」

 そういうフリかと思って乗ったのだが、山田は「恐れ知らずすぎるだろお前……」と慄くだけで、青宗は「ゴミ捨て場」というワードが引っかかったみたいだ。そうだよ、青宗。青宗の憧れのワカクンは、ゴミ捨て場で寝てるような男なの。わかささんの名誉のためにも黙っておいてあげるけどね。
 前にもこの話しなかったっけ? と思ったのだが、どうやら青宗の中では私が前に話した「ゴミ捨て場で拾った男」と自分の憧れのワカクンとが結びついていなかったらしい。やはりこれは黙っておいてあげるべきだろう。少年の憧れをぶち壊す趣味はない。

 青宗が「どういうことだ」とばかりにこちらを見てくるのをスルーして、「とにかく」と私は口を開く。わかささんが味方についてくれたのだ。確実に勝てる。

「私たちはこの後三人で焼肉に行くの。山田は帰って」
「えー……まあいいけど、家泊めてくれるんだよな?」
「はあ? 嫌。無理。ダメ」
「そう言われても宿とってねーんだって」
「それぐらい準備してから来なよ」

 腰に手を当てて語気を強めれば、山田は「次からは気ィつけっかなー」と笑った。は? 次などないが?
 しばらく言い合っていたのだが、青宗がふわりと欠伸をしたため私の「どうしても言い負かさなくては!」という気持ちが激しくなる。青宗も赤音もよく寝る子だった。今もきっとそうなはず。ご飯行く前に寝られたら困る!

「とにかく、家はダメ」
「だからその理由を聞かせろっつってんだよ。やっぱ彼氏? 彼氏か?」
「彼氏じゃない! 彼氏じゃなくて、この人!」

 私に抱き着いたままのわかささんの手を掴んで上下に振る。「今日も来るよね⁉︎」と聞けば、「おー、行く」と声が返ってきて、ギュッと手を握られた。
 ほら! ふふんと鼻を鳴らして山田を見下ろす。家は定員一名のところにわかささんが無理矢理入ってきてるから、山田の入れるスペースはない!
 そう宣言すると、眠そうに空を見上げている青宗の隣で山田は変な顔をした。チラチラと私とわかささんを見比べている。……何か言いたいことがあるならはっきり言え。

「なに?」
「いや……え、吉野お前、若狭くんと付き合ってんの?」
「だから付き合ってないってば」
「……よし分かった。若狭くんちょっと話しましょう。お前はここ座って待っとけ」
「うん?」

 唐突に膝を叩いて立ち上がった山田が、私の手を引き肩を押してさっきまで自分が座っていたベンチに座らせてきた。私がよく分からずに首を傾げている間に、山田は特に何を言うこともなく私を離したわかささんと連れ立って十メートルは先の方に歩いていってしまった。

「何の話だろう。青宗分かる?」
「なんとなく分かる」
「え、私分からない。何の話?」
「お前の話だろ」
「私?」
「多分」

 首を傾げたが、青宗はそれっきりその話題に関しては何も言わなかった。青宗もよく分かってないのかもしれない。それなら仕方ないな。

 遠くで何かを話している二人をちらちら見ていたのだが、ふと「そういえば予約の時間までそんなにないんだった」と気付いた。慌てて腕時計で時間を確認する。……ヤバい、あと十分ぐらいしかない。駅から少し歩くから間に合わないかも。

「どうしよう青宗、予約時間なっちゃう」
「もうそんな時間か」
「うん。あの二人、まだ時間かかるかな」

 いざとなったら置いて行っちゃおっか、と言えば、「それはなあ」とばかりに青宗はちょっと微妙な顔をした。私と二人、嫌かな? 一瞬不安になったものの、「ワカクンを置いていくわけには……」とぽつりと呟いた青宗にほっと胸を撫で下ろす。不良文化か。
 不良っていうのは大体こういう生き物みたいだ。山田もあの街の先輩を敬っていたし、さっきもわかささんに敬語を使っていた。彼らは上下関係に厳しい生き物。

 でも私は不良じゃないので、別にわかささんを置いていこうが山田を見捨てようが自由なんだよなあ。もう一度腕時計を確認してから立ち上がる。

「一人でも入ってればセーフだろうし、私だけ先行っとこっかな。青宗、あの二人が話が終わったら私は先行ったよって言っておいてくれない?」
「……」
「何その顔」
「……オレも行く」
「いやいいよ。一人で行けるよ」
「いい、行く」

 困っているような怒っているような不思議な表情になった青宗は、すぐにため息をついて立ち上がって私の隣に並んだ。十センチ以上ありそうなヒールを履いていることもあってか、こうしてみると私よりもかなり背が高い。合わない間に随分大きくなったものだ。

 やってみたくなったので手を伸ばして頭を撫でてみたが、嫌そうに「やめろ」と言いながら逃げられた。あーあ。嫌がられちゃった。
 昔は撫でてって自分から言ってきたくせに、と小さく呟けば、もっと嫌そうな顔をして「ガキの頃の話だろ」と舌打ちされる。ガキの頃って、中学二年生は十分ガキじゃないか。

「私からすれば青宗はいつまでもクソガキなんだよ」
「姉貴ぶるな」

 ぴしゃりと吐き捨てられて思わず口篭る。今の結構ショックだった。

 押し黙った私の方を一瞥した青宗は、斜め下を向いて「赤音のこと引きずるのもやめろよ」とぽつりと呟いた。その言い方はなんというか、責めるというよりも、宥めるような響きだった。こっそり青宗の顔を覗き込む。

「普通に生きればいいだろ」
「……生きてるよ?」
「じゃあなんでオレのこと見て泣いたんだよ」
「あれは……」

 再会したあの日のことか。顎に手を当てて、言葉を探す。見上げた空は沈み掛けの夕日の色に染まっていた。茜色が今日も眩しい。

 夕日を見ると悲しくなる。茜色に照らされると泣きたくなる。どんな時でも赤音を思い出している。
 私は多分、これからもなんだかんだとそういう生き方しか出来ないのだろうと思う。赤音はそれだけ私にとって大きな存在だった。

 だけどそれは別に悲しいだけのことじゃない。泣きたくなるだけの日々でもない。辛さと苦しみだけが私の人生にあるわけではないのだ。

 私は朝起きたらご飯を食べて、大学で講義を受けて、夜は暖かい布団で眠るような生活を今後もしていく。今みたいに誰かを好きになったり、大切に思ったりもする。その中で過去を懐かしんだり、今はもういない人のことを思ったりするだけだ。それも引っ括めて、私の人生だから。

「今でもさ、たまに悲しくなる」
「……」
「青宗に会った時はお酒飲んでたのもあって、いつもよりもっと悲しくなって泣いちゃったの。でもね、青宗はそれを気にしなくていい。青宗に赤音を重ねたとかじゃないんだよ。今だって、赤音の分もー、とか考えて青宗に優しくしてるわけじゃない」

 そりゃあ、赤音のしてあげたかったことをしてあげたいとは思う。思うけど、それとは別に、私自身が青宗に何かをしてあげたいと思っているのだ。

「私、青宗がおばさんのお腹の中にいた時から知ってるんだよ。赤音が『お姉ちゃんになるんだ』って教えてくれた時から、青宗のことをずっと見守ってきたの。途中で引っ越したから六年ぐらい会えない時期はあったよ? 戻ってきてからも自分から会いに行く勇気はなかった。でもさ、こうしてまた会えたんだから、仲良くしたい」
「……」
「ダメ?」

 青宗の顔をさっきよりもはっきりと覗き込む。火傷の痕が痛々しいが、それでも美しいかんばせ。赤音に似ているようで、その実よく見ると微妙に似ていない。赤音は可愛い系だったけど、青宗は綺麗系だ。それでも可愛いんだけどね。

 青宗は何も答えなかった。だけどきっとそれが答えだ。私があの日々を覚えているように、青宗も覚えてくれている。私たちが本当の姉と弟のように過ごしていた、今は遠きあの日々を。

「……今度赤音のお墓参り行きたいの。場所教えてくれない?」
「……一人で行くのか?」
「うん」
「……オレも一緒に行く」
「別にいいけど……」
「駅から結構歩くから、一人だと絶対迷うだろ」
「青宗こそ私のことガキ扱いしてるよね?」

 迷わないよ、と断言しておく。青宗は知らないだろうけど、私はもう一人で地図も読めるんだからね。場所さえ教えてくれたら迷わない。難しい道だと普通の人の倍ぐらい時間は掛かるかもしれないけど、絶対に迷わない。
 胸を張ってそう宣言したのだが、青宗は馬鹿な子を見る目で私を見てちょっと笑うだけだった。馬鹿にされてる! 私は最近舐められに敏感なので青宗を睨んでタックルしたのだが、これっぽっちも青宗は動かず、私が弾き返されて終わった。生意気!

 そのまましばらくぶつかって弾かれてを繰り返していたのだが、ふと青宗が私の手を掴んで腕時計を覗き込みながら「時間は?」と聞いてきた。あ。

「……やばい。私ちょっとパッと走って行ってくる」
「オレも行く」
「だって青宗、足それで走れるの?」
「余裕。めちゃくちゃ走れる」
「転けてもおんぶしてあげられないよ」
「転けねえよ。ガキ扱いすんな」

 ムッと眉を寄せて不服そうに私を睨む青宗がやっぱり可愛く見えて、また手を伸ばしてその頭を撫でる。今度は「やめろ」と嫌そうな顔をするだけで、逃げられることはなかった。

 ちなみに予約時間には遅れたし、山田は普通に焼肉についてきたし、わかささんと何を話したのか謎に意気投合していた。青宗も山田に懐いているせいで焼肉を食べながら地味に孤独を感じていた私が、帰宅後に「山田からもらった。お前の実家から持ってきたんだって」と言って高校の卒アルをぺらぺら捲るわかささんについ怒ってしまったのは余談である。

ふたつおりのひとひら