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 連日の魔法局からの呼び出しでブチギレた妹は、息抜きでお出かけすることにしたらしい。「マッシュの実家に遊びに行くので一緒に行きませんか」と誘われたので、その日はちょうど休みだったから頷いた。先輩にも声を掛けたそうだが、その日は用事があると断られたらしい。私その用事知ってる。多分オーター様に呼び出されてるんだと思う。
 妹もなんとなくそれに気付いているのかいないのか、マッシュくんのご実家に向かう途中で首を傾げながら話を聞かせてくれた。
「ドットがオーター様のところに押し掛けてよく食事を共にしているらしいんですが、八割の確率で先輩もいるのだと言っていました。何故でしょう。先輩は魔法局ではなく、うちの病院に就職しましたよね?」
「えー、あはは、なんでだろうね」
 この前の「付き合ってたんですか」という今更すぎる質問の辺りからなんとなく勘づいてはいたけど、この子はとんでもなく鈍感だわ。オーター様と先輩のただならぬ関係なんてみんな気付いてるものだと思ってた。だってあの二人、というかオーター様にもう隠す気がないじゃん。
 夏休み、冬休みと長期休暇はうちで過ごし、そのまま今後もうちで暮らすことになった先輩を、オーター様は頻繁に送り届けにくるのだ。酔って潰れたからだのなんだのと言ってはいるが、先輩が酔い潰れるまでずっと一緒にいるって何? あの人はアレで実はお酒は弱いんだけど、滅多に酔い潰れはしない。その先輩がオーター様と飲む時は毎回酔い潰れるっていうのもなんなの?
 この子は普段は学校の寮で暮らしているから知らないだろうけど、一度先輩を送り届けにきたオーター様と仕事帰りのレインくんが鉢合わせてめちゃくちゃ気まずい空気になったことがある。「……そう言えばお前もここで暮らしているんだったな」「はい。……どうぞ、入ってください。お茶か何か出します」「いや、オレはこの馬鹿を送り届けに来ただけだ」「そうですか。先輩の部屋は三階です」「知っている」「……」「……」みたいなさあ! 先輩はオーター様の背中で爆睡、同じく仕事帰りで一足先に玄関にいた私は冷や汗ダラダラ!
 何があったのかはよく分からないけど疎遠になってしまっていたらしい先輩とオーター様がまた仲良くなれたのは嬉しいことだ。でも、だからって限度ってものがあるんですよ。新婚生活の邪魔すんな。まだ入籍はしてないけど、こっちはとっくに新婚気分なんだよ!
 良い歳してもだもだやってる二人のことを思ってムッとしていると、そんな私には気付かずに妹が「あそこです!」と声を上げた。うーむ。木で作られた素敵なおうち。ドアの修繕の跡も相まってアットホーム感がある。……私何言ってるんだ?
 首を傾げていると、背後から「あ! 若先生!」と元気な声が聞こえてきた。おっ! この声は!
「アンナちゃんじゃん! 久しぶりー、もうすっかり元気だねえ」
「はい! 若先生たちのおかげです!」
「全然そんなことないよお。君のお兄ちゃんが頑張ってくれたおかげ! えー、お兄ちゃんは……ああ、うん、やっぱりそうなるのね」
 駆け寄ってきたアンナちゃんを抱き留めてその可愛さを補給していると、ランスくんと妹がギャーギャーと揉めているのが見えた。うんうん、分かってましたよ。君たちいつもそうだもの。顔を合わせればそれ。逆に仲がいいんじゃないのかなって最近だと思うようになってきちゃったよ。
 うちの妹もランスくんも、他の人とはちゃんとコミュニケーションが取れているのだ。二人とも私のことは敬ってくれるし、友達も沢山いる。面倒見も悪くない。だけど二人揃うとすぐにこれだ。文字通りに額を突き合わせて揉めている二人を見てため息をつく。
「アンナちゃん、先行こ」
「え、でも……」
「平気平気。行こう。ねー、私たちもう行くからねー?」
 そう声を掛けると、二人は物凄い勢いで駆け寄ってきて普通の顔をしながら私たちの隣にそれぞれ並んだ。ね? 平気なのよ。この子たちはいつもこうなの。
 短い道中、にこにこ笑いながら色んなことを聞かせてくれるアンナちゃんに相槌を打つ。イーストンの中等部に入れそうなんだって。いいね、来年からはもっと楽しくなりそう。
「購買にね、裏メニューがあるんだよ。注文の仕方にコツがあるんだ。教えてあげる」
「おい、アンナにおかしなことを教えるな。それはアレだろう。あのおぞましい……」
「こればかりは私もシスコンに同意します。姉上、アレは彼女にはまだ早い……」
 アンナちゃんと仲良く話をしていたのに、顔色を悪くさせた二人が慌てた様子で口を挟んできた。えー? 別にいいと思うけどな。アレ楽しいじゃん。私は好き。っていうか、私たちの代のアドラ寮生はみんな好きだったと思う。でも二つ下の代は違うみたいだ。
 人の感覚とか好き嫌いとかって不思議だなーと思いながら二人には分かった顔をしつつ、アンナちゃんにはばちこーんとウインクをかましておく。二人の注意が逸れた時に教えてあげるからね。
 ぱあっと顔を輝かせたアンナちゃんの可愛さが胸に突き刺さった。
「この子、私の妹だったかも」
「⁉︎ アンナは、アンナはオレのッ」
「うんうんごめんね冗談だよ、ちょっとタチの悪い冗談だったね、ごめんね」
 目をぐるぐる回して困惑し始めたランスくんの背を撫でて宥めているうちに、マッシュくんのご実家に辿り着いた。妹が代表してノックをし、返答がある前に扉を開けて中に入っていく。ババ上に「許可されるまで入室するな」と怒られたのを思い出すなあ。まあいっか。
 一番最後にお邪魔すると、室内では誘拐だロリコンだと大騒ぎが始まっていた。はいはい、元気元気。この子たちはいつもこう。
 そうじゃないと分かっているはずの妹まで一緒になってランスくんをからかっていることに呆れつつ、サッとその横を通り過ぎてマッシュくんのおじい様の元まで向かう。にこやかに孫たちを見守っているところをお邪魔するようで申し訳なかったが、手土産を差し出す。
「マッシュくんには妹共々お世話になっております。これ、アップルパイです。よろしければ召し上がってください」
「おお、これはどうもご丁寧に」
「妹はマッシュくんの実の姉……つまりあの子の姉である私はマッシュくんの姉でもある……よってあなたは私のおじい様ということになります。今後もどうぞよろしくお願いします、おじい様」
「ええ……」
 おじい様が困惑しているのは分かったが、挨拶ができて私としては大満足だった。ウチは母方の祖父母は鬼籍に入っているし、父方の親戚とはほぼほぼ絶縁状態。唯一、父方のおじい様だけはたまに魔法局で会うとアタッシュケースでお小遣いをくれるけど、あの人は『おじいちゃん』って呼ばないと返事をしてくれない変わり者だから……。
 おじい様って呼んでみたかったんです、と話し掛けていると、誰かがおうちに入ってきた。……あ!
「おじい様、あそこにいる金と黒の髪のかっこいい人が私の夫です! レインくん、こちらマッシュくんのおじい様。つまりあの子のおじい様で、私のおじい様でもあるお方!」
「? 妻がいつもお世話になっています。……?」
「あ、はい」
 どういうことだ? という顔をしながらもおじい様にご挨拶をしたレインくんは、やっぱり素敵な人だ。かっこよくて優しくて礼儀正しい。こんな素敵な人が私の旦那さんになるの。最高。まるで夢のようだ。現実なんですけどねえ! うふふ!
 レインくんを見つめてニヤニヤしていると、妹が「姉上が既婚者に⁉︎」と絶叫し、バターンとその場で倒れて気絶した。何回も同じやり取りをしているので私も慣れっ子だ。ドミナは「たとえ結婚して家を出たとしても、姉上は永遠にドミナの姉上だよ」と言えば早々に納得してくれたのだが、この子はもうずっとこの調子。でも変に指摘すると「別に姉上なんて好きじゃないですけど⁉︎」と叫び出す。本当に難しい子だけど、そこが可愛いよね。
 妹はレモンちゃんの膝の上で白目を向いて気絶し、ドットくんとランスくんは何故か取っ組み合いの喧嘩をし、ライオ様は鏡に向かって延々話しかけている。癖強!
 ごほんと咳払いして話し出すことで強引に場の空気を入れ替えようとしたレインくんも、おうちの外でぴょこんとウサちゃんが跳ねた瞬間に物凄い勢いで飛び出していった。もう、レインくんったら。仕方がないので私がレインくんの言葉を継ぐことにする。
「マッシュくん、この間はありがとう。君のおかげで私は今こうして生きてるよ。君はこの世界を救った救世主だね」
「先輩……」
「あとお、実はあ、マッシュくんにはまだ言ってなかったんだけどお……レインくんにプロポーズもしてもらえちゃいました! 私たち結婚しまーす! きゃーっ! えへへ、言っちゃった言っちゃった!」
 そばにいたフィンくんの背中をばしばし叩きながらきゃーきゃー声を上げる。フィンくんは「痛い痛い」と声を上げていたが、ちょっとだけ我慢して欲しい。マッシュくんも「知ってます」とか言ってるけど、そうなんだ。知ってたんだ。でも私から直接言ってはいないから知らなかったようなものだよね。
 えへへと声を上げて照れていると、校長先生が強引に話をたたみに行った。さすがウォールバーグ様、こういうところでもその手腕を発揮なさる。私はフィンくんにおぶさるようにタックルをして喜びを表現していたのだが、これはアレかな。私も神妙な顔をした方がいいやつかな。
 きりっとした表情を作り、徐々にフィンくんに体重を掛けていく。
「あの先輩ちょっと重」
「重いって言った瞬間に義姉パンチ決まるから」
「くないです。全然軽いです」
「だよね、軽いよね! よーし、このままスクワット五十回!」
「えええ」
「レインくんは二百回はできるよ? ひいおばあ様なんて私と父上を担いで千回ぐらい普通にするよ? 医者ならこれぐらい出来なきゃだめだよ」
「そんなあ」
 ひんひん泣きながらフィンくんはスクワットを始めたが、さすがに可哀想になったのでこっそり降りて、近寄ってきたライオ様が差し出してきたライオくん人形をその背に乗せておいた。魔法で固定する優しさ付きだ。これなら背中からライオくん人形が落ちることもないね。
 そのまましばらくライオ様と二人でフィンくんを見守って時折声援と野次を飛ばしていたのだが、ウサちゃんを抱えたレインくんが戻ってきた。そして私にこう言う。
「オーターさんが探してるぞ。またなにかしたのか」
「……レインくん、ウサちゃん捕まえられたんだね! 可愛いなあ!」
「着信拒否されていると言ってかなり怒っていたが」
「…………見てレインくん! フィンくんがスクワット頑張ってるよ!」
「話を逸らすな」
「……この前の花火誤爆事件に関する反省文を……間違えて燃やしてしまって……期限から三日過ぎてて……」
 レインくんから寄越される馬鹿を見る目に耐え兼ねて隣に立つライオ様に視線だけで助けを求めると、ライオ様はニコッと笑って口笛を吹きながら歩いていってしまった。そんな! 私が反省文を燃やしちゃった時、ライオ様もそこにいたのに! 反省文を燃やして作った焼き芋を食べたくせに!
 頼りになる兄のような人のまさかの裏切りに震えていると、懐の伝言ウサちゃんが震えた。まさか……! ガタガタと全身を震わせながら相手を確認したが、先輩だった。良かった……。
「もしもし、せんぱ」
「今から五分以内に私の元に来なさい。そうすれば、最後の慈悲として言い訳は聞いてやる」
「あわわわわ」
 オーター様だァ! 自分の番号は着信拒否されたからって先輩の伝言ウサちゃん借りて電話してきたァ!
 それ以上は何も言わずに切れた伝言ウサちゃんを見下ろし、次にレインくんを見上げる。レインくんは私を見下ろしたあとにたっぷりとため息を吐いて、腕の中のウサちゃんをスクワットを終えて虫の息のフィンくんへと託した。
「レインくん……」
「お前は箒を飛ばして先に行け。オレは後から追いつく」
「レインくーん……! ありがとう、やっぱり優しいね……! 大好き!」
「オレも好きだ。だが、お前のこういう無計画でどうしようもなく愚かなところを受け入れられる人間はそういないことを忘れるな」
「うす、計画的に賢く生きます」
「ああ。せめてオレが助けられるぐらいの愚かさに留めておけ」
「うす、了解しました。……ん? レインくんはどんな時でも私を助けてくれるから、私はこのままでいいってこと?」
 よく分からなくなってきて首を傾げると、レインくんは一瞬動きを止めて私を凝視し、「お前は本当に……」と小さく呟いた。
「え、なに? 私なんかしちゃった? 変なこと言った?」
「……いや、なんでもない。早く行くぞ」
「んー? 気になるんだけど……まあいいや、後でゆっくり聞かせて!」
 オーター様の提示した制限時間まではもうそんなに時間が残っていない。今はそっちが最優先だ。
 取り出した杖を箒に変え、そのまま飛び乗って窓に突っ込んだ。ショートカットショートカット。……あ。ここ実家じゃなかった! やば! マッシュくん、おじい様、ごめんなさい! 後で直しに来まーす!
 そう心の中でお詫びして、箒に魔力を一気に込めて加速する。よーし、絶対に間に合わせてみせるぞ! スピード狂の名にかけて!
 ちなみに普通に間に合わなかったし、怒ったオーター様はやっぱり怖かったです。多分この人魔法界一怖いよ。普通に泣いたし、追い付いてきたレインくんに庇われたし、それで余計に怒られたね。それでも私を庇って一緒に怒られてくれるレインくんは優しい。大好き。

ふたつおりのひとひら