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「ひえええ」
ヒュンッと音を立てて頭の上をヤバい色をした光線が通過していった。泣きながら頭を抱えて蹲る。体や服が汚れることなんて気にしていられない。だって命のピンチだ。
周りの草の背が高いからこれで隠れられるかな……と思ったのも束の間、抱えた頭のすぐそばを光線が通り過ぎ、腕がカッと熱くなった。遅れて痛みも感じる。
痛い! それに居場所バレてる! こんな格好してたら狙い撃ちされちゃうんじゃ……!
慌てて顔を上げて、四つん這いで草を掻き分けて移動し始める。立つ勇気はなかった。立ったら多分、その瞬間に頭か心臓に光線がクリティカルヒットする。そして死ぬ。そんな死に方嫌だ。
「レインくん助けてえ」
ひんひん泣きながら四つん這いで移動し続ける。その間も頭上を光線が通過し続け、遠くからはちゅどーんと爆発音が聞こえてきて、更には高笑いがこだましている。視界の端が時折カッと光るのは爆発関係の何かだろう。まるでなにかの悪夢みたいだ。
私が片腕で抱えられる程度の大きさの保存ケースを入れたせいか、首から下げた絹の小袋はグッと重くなっていて首も肩も痛いし、細かい砂利や石が手のひらと膝にめり込んでそっちも痛い。こんなことなら長ズボン履いてくれば良かった。さっき光線が掠った腕も熱いし痛いし、わざわざ傷を見ている余裕はないけど体感では出血も結構多いみたいだ。ほんと踏んだり蹴ったり。
なんでこんなことに! なんて涙ながらに考えてみても、現実は変わらない。そう、私たちは襲撃されている。
ゲッカ草の生息地に到着して、校長先生のお知り合いにご挨拶したところまではなんの問題もなかった。「最近この辺りで悪い噂を聞くから気を付けるように」と注意は受けたけど、それも校長先生からも父上からも事前に忠告されていたことだったから特に驚くような事じゃなかったのだ。
半日もかからない道のりを二日前には出発していたから、到着したその日の夜はゆっくり休んで、次の日──つまり今日は辺りを軽く冒険する余裕だってあった。見たこともない珍しい食べ物を食べたり、レインくんが羽の生えたウサちゃんを目撃してすごい動揺したり、箒に乗って追いかけっこをしたり、レインくんが羽の生えたウサちゃんを追い掛けて壮絶なレースを繰り広げたり、家族へのお土産を見繕ったり、レインくんが羽の生えたウサちゃんに「一緒に暮らしたい」と熱烈なことを言ったり。本当に楽しかった。
問題はそのあと。日付が変わると同時にゲッカ草は咲くと聞き「咲くところも見てみたい!」と私が言って、一時間ほど前に宿を出た。そうしたらなんかトゲトゲした変な格好と髪型をした集団が「ギャハハハハ、ゲッカ草はオレたちのものだぜえ!」とか言って襲いかかってきてえ。
相手はみんな雑魚っぽかったけど、何せ人数が多かった。しかもばかすか危険な魔法も使ってきて、私たちがこの辺りに生えてる草花のこととか、日中に会った羽の生えたウサちゃんのこととかを考えているうちに結構劣勢になってきちゃって、私とレインくんは引き離されてしまった。そして私は逃げているうちにゲッカ草畑ど真ん中に追い込まれて、こうして命を狙われている。
反撃は……正直、できなくもない。相手はやっぱり雑魚っぽいから、レインくんがいなくたって私なら対処できる。だけど場所が悪い。
手と足を止めて、大きく息を吸う。青々しい葉っぱの匂い。見上げた位置にあるゲッカ草は、まだ蕾のままだ。宿を出たのは日付が変わる約一時間前だった。多分あれから四十分は経っているだろうから、もうすぐ咲いてしまいそうだ。咲くとこ、見たかったな。ゲッカ草は一週間咲き続けるから、今日見れなければ次に咲くところを見られるのは百年後。……百年後、か。
懐に入っている杖に触れる。負ける相手じゃない。場所さえ変えれば反撃はできる。
背後から聞こえてくる高笑いが随分近付いてきた。こうして止まっている間にも追い付かれそうになっているのだ。どうしよう。
あとどれぐらいでこの畑を抜けられるのかで色々話が変わってくるが、座り込んだ今の体勢では、畑の規模も自分がどの辺りにいるかも確認できない。一度立たなければダメそうだ。
立つ。相手の視界を潰す。確認する。そして問題ない場所まで逃げる。……よし、これで行こう。
絹の小袋から「とあるもの」を取り出してから、ビュンビュンと飛んでくる光線が当たらないことを祈りつつ立ち上がって振り返った。五十メートル程先に立つトゲトゲ頭と目が合う。この距離なら──届く!
ニヤリと笑って杖を構えたトゲトゲ頭が攻撃を放つよりも早く、手に持った「とあるもの」を振り被って全力で投げる。「えっ」と声が聞こえたが無視だ。当たったかどうかも確認せずに踵を返して駆け出したが、ガンッと固いものがぶつかる痛そうな音がしたので投擲は成功したらしい。やった。
校長先生、ありがとうございます。あなたの持たせてくれた絶対に割れない保存ケースが今、私を助けてくれました──。
背後から聞こえる悲鳴を無視してひたすら足を動かす。腕の出血は止まりつつある。これなら『アレ』を振れるだろう。
再び、それもさっきまでよりも勢い良く殺意を込めて飛んでくるようになった光線は、杖を背後に一振りして出現させた魔法陣でオートで弾いていく。いたずら爆弾と呼ばれるほどの日頃のいたずら生活のおかげで、こういう魔法は得意だ。いたずらに反撃はつきものだからね。
結構四つん這いで移動できていたのか、しばらく走ると畑を出ることが出来た。未だ蕾のままのゲッカ草から十分な距離をとれたと判断した辺りで立ち止まる。そうして、頭から血を流しながら奇声を発して私を追い掛けてくるトゲトゲ頭と向き合った。
杖を振って深呼吸をひとつ。召喚した箒に魔力を流しながら手の中でくるりと回転させれば材質が木から真鍮へと変わる。そのままさらに一回転させると箒はぐにゃりと形を変え、私の身の丈よりも大きく、持ち手に鎖が緩く巻かれた鎌へと変化した。
その間も飛んでくる光線を、右へ左へまた右へと感覚を確かめるために持ち替えた大鎌をぐるぐると回すことで弾いていれば、トゲトゲ頭が再び「えっ」と声を上げた。うん。相変わらず鎖がじゃらじゃらとうるさいけど、それも含めていつも通りだ。いけるな。
大きく足を開き、腰を低く落とす。時間が無い。一凪で終わらせる。
「待て待て待て待て」
「待たないよ」
グンッと大鎌を振り、「ぐわーっ」と叫びながら吹っ飛ばされるトゲトゲ頭を無視して絹の小袋から時計を取り出す。えーっと、現在時刻は……あっ! 日付が変わるまで残り四分しかない!
+
トゲトゲ頭は適当に鎖で縛って吊るし、大鎌を箒に戻す時間も惜しかったのでそのまま急発進急加速。髪がぐちゃぐちゃになるぐらいのスピードで飛んでいれば、ほんの数十秒でレインくんと再会できた。
「レインくーん!」
「後ろのそれ、なんだ」
「倒した!」
ボロボロになって気絶している人の山のすぐそばで、頬の傷から流れる血を拭っていたレインくんは、びゅーんっと大鎌を飛ばしてきた私を見て怪訝そうな顔をしていた。正確に言えば、大鎌から吊るされているトゲトゲ頭を見て、である。大鎌に関しては何度か見せているから説明はいらないんだよね。
レインくんを見つけてすぐにかなり高度を落としたせいでズリズリ地面に引き摺られていたトゲトゲ頭は、私が縛って吊るした辺りではうるさかった気もするけど、いつの間にか気絶していたらしい。鎖は解いてやって、人の山に適当に投げ込んでおく。
「レインくんすごいね、こんなに沢山倒したんだね!」
「……おい、怪我してんじゃねえか」
「うん、でも痛くないから平気!」
「そういう問題じゃ」
「平気平気! それよりね、ゲッカ草もう咲いちゃう! 後ろ乗って!」
流血こそ止まったけれど血の跡も傷も残ったままの腕に触れられたけど、そんなのあとあと。逆にレインくんの手を取って、ぴゅいっと魔法で浮かせて大鎌の後ろに乗せる。そのままスーッと空に浮かび上がった。
不満そうに「おい」と言われたものの、「飛ばしますからねー」と適当に答えて来た道を戻る。トゲトゲ頭たちはすぐ起き上がってこれるような状態じゃないから一旦放置しよう。咲くのを見たらすぐ戻るから。
また前髪はぐちゃぐちゃになったけど、飛ばしたおかげで蕾が開き始めるちょうどその時に畑に戻ってくることが出来た。畑の真上で大鎌を止め、後ろに座るレインくんに「見て!」と声を掛ける。
「開いてる開いてる! あっ、中ちょっと見えた!」
「いちいち言われなくとも見れば分かる」
「ねー、一斉に蕾が開くのってなんか面白いね⁉︎」
「……うるせえ」
余程気に触ったのか、伸びてきた手に肩を抱かれてレインくんの方に引き寄せられた。思わずぼけっと開いた口からはもうなんの声も出てこなかった。レインくんって結構大胆。そして私はすごく単純。
虫の鳴く声や木々のざわめき、風で葉っぱが揺れる音。それらと一緒にレインくんの心音や呼吸音だけが小さく聞こえる。さっきまで大騒ぎしてたのが嘘みたいに静かだ。
月明かりに照らされて、開ききったゲッカ草がキラキラ眩しい。白にも黄色にも水色にも見える花弁が風に揺れると、不思議な色の波が寄せては返す海のようにも見えた。
「……綺麗だね」
「ああ」
「レインくんと一緒に見たかったから、見れて嬉しい」
ぽつりと呟いた言葉にレインくんからは何も返ってこなかったけれど、肩に回って抱き寄せられたままの腕が返事のような気がした。