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 ウサちゃんルームの隣の隣の部屋の住人、そろそろ寮から追い出すべきだと思う。ヤツめ、また爆発騒ぎを起こしたのだ!
 箒で追い掛ければ簡単に追い越してしまうが、走って追い掛ければ中々追い付けない。そういう絶妙なスピードで廊下を走るウサちゃん四号の背中を追い掛ける。休日のお昼時だからあんまり人がいなくてよかった。
 以前と同じように隣の隣の部屋で起きた爆発でびっくりして逃げ出してしまったウサちゃん四号を、今日は私が一人で追い掛けている。レインくんとマックスくんも一緒にウサちゃんルームにいたんだけど、今日の脱走ウサちゃんは四号だけではなかったから、二人は他のウサちゃんたちを捕まえに行ったのだ。
 何度か「待ってー」と声をかけてはいるが、まあそれで止まってくれるはずもなく、ウサちゃん四号は先へ先へと進んでいく。私も私で固有魔法で軽く身体能力を強化しながらウサちゃん四号を追い掛けているものの、このままだと埒があかなさそう。ウサちゃん相手に手荒な真似はしたくないし……。
 どうしようかな、と考えたその時、ウサちゃん四号の走るその先に人が立っているのが見えた。こちらに背を向けているからウサちゃん四号と私が近付いていることにはまだ気付いていないようだ。……よし!
「すみませーん! そこの人! ウサちゃんを捕まえて!」
 振り返ってくれるかどうかは賭けだが、こうしないといつまでも追い付けない。だから声を掛けたんだけど、振り返ってくれたその人を見て「あっ!」と声が出た。昨日の夜……正確に言うならば今日の夜にも見た人だーっ!
 振り返って駆けてくる私とウサちゃんを順繰りに見て、何を言うこともなくひょいっとウサちゃんを抱え上げたその人は神覚者が一人、オーター様に他ならなかった。先程までよりも慌てて廊下を走り、オーター様の前で急ブレーキをかけて立ち止まって必死で頭を下げる。
「お手を煩わせてしまい申し訳ございませんオーター様! ウサちゃんを捕まえてくださりありがとうございます!」
「……まず、廊下を走るな」
「うっす」
「ふざけた返事はやめなさい」
「はい」
「ペットの管理はしっかりするように」
 それは飼い主の責務だと続けたオーター様に深く頷いておく。ウサちゃんたちは正確にはレインくんのペットだけど、それを説明したらややこしいことになりそうだ。説明も長くなる。
 オーター様から受け取ったウサちゃん四号はゲシゲシと私の腕を蹴ったり匂いを嗅いだりしてきたが、いつものことなので気にしないでおく。オーター様はそんな私とウサちゃんの様子を飼い主とペットの姿だと認めてくれたのか何も言ってこなかった。しかし、「それから」と言葉は続けられる。え、ええっ⁉︎ 話続くんですか⁉︎
 オーター様って本当に話が長いな……と思ったのは顔に出さないように、なるべく真剣な顔をして「はい」と頷く。別にそんな、話が長いなんてこれっぽっちも思ってません。ほんと、全然。
 私がそんなことを考えていることに気付いているのかいないのか、オーター様はメガネをかちゃりと押し上げて口を開いた。
「しばらくの期間、日が昇るまでは寮室の窓は開けないようにと先生方から通告があったはずです。今晩も戦闘の可能性がありますが、窓はもう開けないこと」
「はい、すみませんでした……やはり気付いてらっしゃったんですね。目が合ったような気もしたのですが、私の勘違いかと……」
「アレの騒がしい笑い声が響いていましたから」
 ……先輩のことかな。私は笑った記憶はないし、騒がしい笑い声って言ったら先輩のことだよね。でもそんな響くほどだったっけ。
 私が内心で首を傾げている間にもオーター様は話を続ける。
「寮室で酒を飲むなど、相変わらず不真面目な女だ。……間違っても酒の誘いに乗るなよ」
「はい、それはもう心得ています。先輩、昔からお酒好きなんですか?」
「……アレは私が神覚者に選定された年の最終試験で酔い潰れて自滅し、失格になった。その結果、謹慎ならびに留年。馬鹿としか言いようがない」
「それはなんというか……でも、ちょっと意外です。先輩も神覚者を目指してたんだ。今はもうそうは見えないんですけど、諦めちゃったんですかね」
 今の気楽に授業をサボって課題もまともに取り組まない上に、至る所で酒を飲む酒カスっぷりからは想像できない。しかも最終試験にまで残ったってことは相当本気だったってことでしょ。オーター様の代なんて、生半可な気持ちじゃ選抜試験にすら出場できなさそうなのに。
 実力があるのは去年一年を先輩後輩として、そして今年半年間を同室の友人として過ごしてきたから分かっていたけど、最終試験にまで残るほどとは驚きだ。最終試験経験者として、なにかアドバイスとか貰えないかな。
 私の知る先輩とオーター様の語る先輩との差に驚いていると、オーター様は顔を顰めてから「あの女は……」と苛立たしげに何かを言おうとした。オーター様がこんな風に感情を顕にするなんて、これもまた珍しいことだ。驚き。
 しかしすぐにオーター様は「いいえ、なんでもありません」と軽く首を横に振ってしまわれた。えー、何の話だったか気になるんですけど! というか、そもそもオーター様と先輩が知り合いだったこと自体初耳なんですけど!
 もちろんそんなことオーター様に言えるはずもなく、自然と解散の流れになった。オーター様は校長先生に用事があるらしいし、私はウサちゃん四号を連れてウサちゃんルームに戻らなければならない。あまり遅くなるとレインくんとマックスくんに心配をかけてしまう。
「今日は本当にありがとうございました。お仕事頑張ってください」
「ああ。お前もアレの影響を受けず、勉学に励みなさい」
「はい。今度こそ魔法史で平均点取ります! それでは!」
 分かりやすく「コイツの目標、レベル低……」という顔をしたオーター様に最後にもう一度頭を下げて踵を返す。ウサちゃん四号は腕の中で半分寝ているし、さっさと帰ろーっと。
 ウサちゃん四号を起こさない程度のスピードでそそくさと歩き出して数秒経って、ふと背後から名前を呼ばれた。オーター様だ。どうしたんだろう。
 振り返った先で先程別れたのと同じ場所に立っていたオーター様は、メガネをまた押し上げて口を開いた。どこか遠くからぼんやりと生徒の声は聞こえるものの、見渡す限り私たちしかいない廊下にはオーター様感情を感じさせない声がよく響く。窓の外から差し込む夕日が嫌に眩しい。
「混乱を避けるため公表はしていないが、以前神覚者の一人が何者かに襲撃を受けた。現在も治療を受けているが前線への復帰は絶望的だろう」
「そう、ですか」
「下手人と目されているのは、ドミナ・ブローライブ。年は十五歳だ。心当たりはあるか」
「ドミナ……」
 オーター様から目を逸らし、窓の外を見つめながら聞いたばかりの名前を反芻する。ドミナ。そんな名前の知り合いは私にはいない、はず。
「……申し訳ないのですが、心当たりがございません。私に話を聞くということは父にも既に聞かれたのですよね。父はなんと言っているんでしょう」
「お前と同じく心当たりはないとのことだ。──これまで以上に身辺に気を配れ。相手の動機が不明な以上、次の標的がお前の可能性も決して低くはない」
「それは……はい。気を付けます」
 窓の外からオーター様に視線を戻し、頷く。親指でこっそりウサちゃん四号の頭を撫でれば、甘噛みが返ってきた。愛いやつめ。
 身辺に気を配る……つまりは警戒しろと言われたって、引きこもるわけにもいかないし、神覚者様を再起不能にしてしまうような相手に引きこもったところで勝てるとも思えない。結局はいつも通りに暮らすしかないわけだ。打つ手がないと思うと悲しいから、なるようになると楽観的に考えよう。それに私、レインくんを神覚者にするまでは死ねないし──!

ふたつおりのひとひら