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 文化祭一日目。クラスごとに全くテイストの違う装飾や、見慣れた制服姿ではなく特別な格好をした生徒たちのせいなのか、慣れた廊下もまるで見た事のない場所のようだった。恋人や友人らしき人たちと一緒にはしゃぎながら歩いている人たちも、目的地に向かってか足早に一人で歩いていく人も、みんながみんな楽しそうだ。心做しか景色自体がキラキラして見えてくる。
 そんな賑やかで楽しい空間を、私は看板を片手に背中を丸めてとぼとぼ歩いていた。すれ違う人たちはそれまで騒がしかったのが嘘のようにその瞬間だけシンと静かになり、すれ違った後には「あれって……」とボソボソ囁く声が聞こえてくる。そうですよ。騙し討ちの形でベストカップル賞にエントリーした相方──レインくんとここ最近まともに喋れてもいなくて、既に棄権同然と噂されている私ですよ。
 レインくんはあまり考えていることが顔に出ないタイプだ。でも一緒にいると「今こう思っているんだろうな」とよく分かるから、気まずくならない。それに優しいから、私が強引にくっついたりしても「やめろ」と言うだけで突き飛ばしたりしない。私はレインくんのそういうところも好き。
 でも今回は普段は好きだって言えるレインくんのそういうところがネックになって、どうすればいいか分からなくなってしまっている。
 勝手にベストカップル賞にエントリーしたことがバレた時はそりゃあ怒られたし文句も言われたしゴミを見る目で見つめられたけど、でもあれから少し経った今は顔を見る限り怒ってはいない。話しかけても普通に返してくれるし、多分ちょっと前みたいに体に触れたり抱き着いたりしても振りほどかれたりしないと思う。
 だけどそれは、レインくんの優しさに甘えてるだけなんじゃないかと気付いてしまった。レインくんは優しいから、嫌だって思っても言わないだけなんじゃないだろうか。私のことを嫌いになってても、「嫌い」って言ったら私が泣くと思って普段通りに接してくれてるだけなんじゃ。そう考え出したら、レインくんの気持ちがなんにも分からなくなってしまった。
 だからこの何日間か、一方的に避けてしまっている。クラスのみんなは突然レインくんを避け出した私に「喧嘩したの?」とか「どうせお前が悪いんだろ」とか「ケモ耳カフェはお前が言い出したことだからな、投げ出すなよ」とか「ベストカップル賞は別のヤツらに賭けるね」とか好き勝手言ってきたけど、何も言い返せなかった。だって、喧嘩はしてないけど悪いのは私だし、ケモ耳カフェは投げ出さないけどベストカップル賞で私たちに賭けてもらっても負け確定なのは事実だ。
 言われるままで言い返しもしない私を不気味に思ったのか哀れんだのか、ケモ耳カフェのシフトはレインくんと被らないようなものにされていた。気遣ってくれたのかな。ありがとう。わざわざこんな風に宣伝係も任せてくれて、クラスのみんなにも迷惑をかけてしまっている。
 どうにかしなきゃとは思ってるんだよ。このままじゃみんなに迷惑を掛け続けることになる。レインくんにも気まずい思いをさせるし、ほかの友達にだってそう。マックスくんには「ちゃんと話すべきだ」と言われたし、先輩にも「考えすぎるなよ」と背中を叩かれた。挙句の果てには校長先生にまで「君には勇気がある。大丈夫じゃ」と励まされてしまった。
 でも、自分がレインくんにしてしまったことを思うとどうしても足が竦む。もし自分が、普段からベタベタ付き纏ってくるよく知らない変な男に勝手にベストカップル賞にエントリーされたら? すごく嫌だ。うわキモって思う。レインくんもそうだったんじゃないだろうか。うわキモって思ったんじゃないかな。こいつウザイっていっつも思ってたのかも。
 そんなことを考えていると、ぽろっと涙が出てきた。キモイとかウザイとか、レインくんにそういうことを思われてたらって考えると胸が痛い。考えれば考えるだけ苦しくなると分かっているのに、どんどんネガティブなことばかり考えてしまう。私はどうしようもない。
 思い返してみれば、これまでだって無理矢理レインくんに付き纏っていたようなものだ。編入試験で出会ってからずーっとレインくんのことが大好きで大好きで、でもそれは一方的な感情だった。レインくんはきっと私のことストーカーだと思ってる。放課後も付いてきたり、休みの日も部屋に来たり、長期休暇も会いたがったり、ストーカーだよこんなの。
 自分を客観視してしまえたことで絶望的な気持ちになった。えぐえぐと泣きながら看板を引きずるようにして行く宛てもなくよたよた廊下を進む。その途中で知らない人に「うわ泣き顔やば!」みたいなことを言われて余計泣けた。そんなこと分かってるし。
 もうやだ。全部いや。学校なんてやめて実家に帰ろうかな。それで出家して、レインくんに不快な思いをさせた罪を償って生きるよ──。
 廊下を進むにつれて人通りがなくなってきて、私はついつい声を上げて泣いてしまった。泣き顔がブスとか言ってくる人も、こんなに人通りが少なきゃいないでしょ。
 でもこれじゃケモ耳カフェの宣伝もできない。人通りのあるところに戻らなきゃダメだ。言い出しっぺの上に宣伝役を任された私が勝手に逃げて勝手に泣いてるなんてクラスのみんなに申し訳ない。
 そう考えて廊下の突き当たりで人通りの多い道に続いている気がした方に曲がると、予想も虚しくがらんと人気のない道が続いていた。……どこだここ。なんか暗いし静かだし人全然いないし……。
 もしかして迷った? いや、自分の通ってる学校で迷うって何。……でもこの辺り、通ったことない……かも。
 急に心細くなってきて、看板をギュッと抱えて一歩を踏み出した。その途端、一番近くの教室からぽろろんとピアノのような音が聞こえてきて「ぎゃっ!」と叫びながら飛び上がる。なに!
 看板を抱きながらガタガタ震える私を見透かしているかのように、ドアがゆっくりと開いた。ドアの奥は真っ暗で冷気が滲み出している。ぬっとその影から誰かが出てくるが、私の方からはちょうどそれが誰なのかが見えなかった。どうしよう、おばけとか幽霊とか妖怪とかだったら……!
「あら……見覚えのある顔ね」
「ギャーッ! ままま、ま、マーガレット・マカロンだーっ⁉︎」
「マーガレットの『マ』はひとつよ」
 おばけよりも幽霊よりも妖怪よりも怖い人だ!
 先程までとはまた違った恐怖──この身体に刻み込まれた死の恐怖によってガタガタ震えだした私を見て、マーガレット・マカロンはそれはもうにっこりと笑ってみせた。そしてその長い手が伸びてきて、抵抗する間もなく私は教室へと引き摺り込まれたのだった──。

ふたつおりのひとひら