01

 あわわわわ、あわわわわわわ、あわわわわ。
 一日の授業も全て終わって、ここからは放課後。部活に向かったり寮に帰ったりする同級生たちで和気あいあいとした教室の後方で、私はただ一人、机に乗せた何枚かのテスト用紙の上に突っ伏すような体勢をとり、頭を抱えている。
 すれ違う同級生たちが「あーあ」「またか」「頑張れよー」「どんまい!」などと私に向けて言っているとしか思えない言葉を投げかけながら、私の座っている座席のすぐ横にある扉から教室を出ていく。最早なにか答えたり反論したりする元気もないため、顔を上げずに手だけ上げて見送った。
 しばらくそうしていると、前の方からカツカツと革靴が床を踏みしめる音が嫌に響いて聞こえてくる。そのまま教室から出ろ、そのまま教室から出ろ……。そんな私の願いも虚しく、その音は私のすぐそばで止まったかと思えば、次にガタッと椅子を引く音がして、最後にはどさりと誰かが椅子に座る音がした。
 頭を抱えたまま顔の向きだけ変えて隣を見上げる。金と黒の派手な髪色をした男の子がじっと私を見下ろしていた。いつもと変わらないその仏頂面が込み上げてきた涙でじんわりと歪んでいく。
「おい」
「……なんですか」
「テスト寄越せ」
「…………やだ」
「いいから寄越せ」
 伸びてきた手が頬の下に引かれていたテスト用紙を引っ掴んで勢いよく引き抜いた。良いって言ってないのに。
 テスト用紙の隠蔽には完全に失敗したので、顔を上げて摩擦で熱を持った頬を撫で擦る。「痛いよお」とわざとらしく泣き真似をしたが、隣に座る男の子はグッと眉間に皺を寄せてまじまじとテスト用紙を眺めるばかりで何も返事をしてはくれなかった。酷いよお。
 ぐすんぐすんと泣き真似をしながら顔を手で覆う。こんな反応をして見てるけど、私だって分かってる。魔法史というたった一教科だけとはいえ、今回のテスト結果も、そう──ドブカス。
「言い訳していい?」
「しなくていい」
「あのね、解答欄がズレちゃったんだよ。そのズレがなきゃ二十八点は取れてたんだ……」
「言い訳はしなくていいと言ったろ。そもそも二十八点で威張るな」
「はい」
 分かってるよお、と今度は泣き真似ではなく本当にぐすんと鼻を啜れば、隣からゴミを見るような視線が向けられた。冷たいよお。
 すっかり人気のなくなった教室を一度見渡してから、隣に座る男の子にぴとりとくっついてみる。必殺『色仕掛け』だ。
「レインくん……勉強、教えて欲しいナ」
「は?」
「レイン様、勉強を教えていただけませんでしょうか」
「……」
「お願いレインくん! このままじゃ留年か退学か……! 来年には妹が入学してくるの! 妹と一緒に薔薇色の学生生活を送りたいの! お願いお願いお願い!」
 腕に縋り付いて全身で暴れれば、私に引きずられるようにしてブンブン揺れ動いていたレインくんは「分かったからやめろ」とため息をついた。私も私で「分かった」という言葉を引き出したのでこれ以上レインくんに襲いかかる理由もないため、「わーい!」と声を上げながらレインくんを解放してあげる。
「レインくんなら分かってくれると思ってたよ! はい、これお礼のコイン!」
 胸にかけていた小さな絹の袋(妹が「姉上は大事なものもすぐなくしますから、これに入れるようにしてください」と言って誕生日にくれたもの!)から金のコインを取り出してレインくんの手のひらに握り込ませる。レインくんはなにか言いたそうな顔をしていたが、コインは受け取ってくれた。
 私にとってこのコインはただの金色のコインでしかないけど、レインくんにとってはそうじゃない。実家の病院を継ぐことが既に確定している私と違ってレインくんは神覚者を目指しているので、このコインを沢山集める必要があるのだ。
 この学園には神覚者になりたがっている人が沢山いるので、コインをめぐって結構熾烈な争いが繰り広げられている。なんなら闇討ちとかもあるらしい。私は幸いなことにそれなりに魔法の腕があったのでコインを狙ってボコボコにされたことはないけど、「コイン寄越せや!」ってバトルを挑まれたことは何度もある。別に「ちょうだい」って言ってくれたらあげてもいいんだけど、みんな絶対にそんなこと言ってこないから……。
 レインくんもレインくんで「ちょうだい」と言ってはくれないけど、でも私たちの仲だからね。勉強を教えてもらったり、魔法の練習に付き合ってもらったりする度に、「お礼」と称してコインを渡している。最初は頑なに受け取ってくれなかったレインくんも、今ではこうして不満そうにしつつも受け取ってくれるぐらいになった。嬉しいね。
 机に置かれた三点のテスト用紙は杖をひと振りして燃やしてしまってから、その他の普通に平均を越えているテスト用紙だけ折り畳んでローブのポケットにしまった。証拠隠滅、ヨシ。
「あと三枚コイン持ってるから、追試合格出来たら追加で一枚あげるね」
 未だに不満そうにしているレインくんに腕を振り回して「それぐらい大事な問題なんだよ!」と熱弁する。
「父上も『コインはお前のためになることをしてくれた人に渡しなさい』って言ってたし! あ、一枚じゃ足りない? なんなら残りの三枚も渡すよ! それでも足りなきゃ喧嘩買って取ってくるけど!」
 実家が病院かつ二年生現在で既に父上の跡を継ぐことが決まっているだけあって、私は回復とか治癒とか、そっち系の魔法がとても得意だ。固有魔法もなんかそんな感じだし、それに加えて相手をボコボコにする魔法もそれなりに使える。つまり、私に喧嘩を売ってきた相手を半殺しにして、そのあとに無傷に治してあげて、それでまた半殺しにして治してあげてって無限ループを作れるんだよね。大体みんな四ループ目ぐらいで大人しくなってコインをくれる。
 この方法で去年もレインくんのためにコインを荒稼ぎしてたけど、去年は悔しいことにレインくんを神覚者にさせてあげられなかった。だから今年こそと、こう見えて結構気合いを入れているのだ。
「そのためにはまず留年も退学も回避しなきゃね!」
「何の話だ」
「こっちの話! よーし、勉強頑張るぞー! そうと決まればウサちゃんルームにゴー!」
「人の部屋を妙な名前で呼ぶんじゃねえ」

ふたつおりのひとひら