19

「姉上! 会いに来てさしあげましたよ! そろそろ私に会えなくて寂しくなってきたかと思ったので!」
「ああ、うん。嬉しい。寂しかった」
「ふふん、そうでしょうそうでしょう! 私は別に寂しくなかったですけど、姉上は寂しがり屋ですもんね。私は別に全然全くこれっぽっちも寂しくなかったですけどね!」
 ギュッと抱き着いてきた妹の頭を看板を持っていない方の手で撫でてやる。メインの入口として飾り付けられている門の前なので通りすがる学生や父兄たちが変なものを見る目で見てきたが気にならなかった。可愛い可愛い妹が甘えてきているというのに妹以外のことを考えるのは姉失格。
 しかし、私は姉失格なので今も妹以外の人のことを考えてしまっているのであった。
「姉上のクラスは何をやってるんですか? 父上に自分の分も姉上の勇姿を見てきてくれと頼まれたから、やっぱり舞台に立つ系? それともアレでしょうか、クラスの出し物以外になにか催し物に出られるんですか?」
「ああ、うん。ケモ耳カフェだよ」
「ケモ耳カフェ⁉︎」
「うん。ケモ耳カフェ」
「ケモっ……低俗! 破廉恥! 姉上の馬鹿!」
「思い思いの動物の耳をつけてるだけで、普通のカフェだから大丈夫」
「なにも大丈夫ではありません! 第一、姉上はなんの動物なのですか? 耳が見えませんけど。低俗なら低俗なりにやる気ぐらいは見せてください!」
「私は宣伝係だから耳はなしなの」
「そんな理屈通りません! 宣伝係だからこそちゃんとしなきゃダメでしょ!」
「ええ……仕方ないなあ」
 まあ別に減るものじゃないしいいけど……。失敗するような魔法ではないが万が一失敗した時に巻き込まないように妹から軽く距離をとって杖を一振りすると、ぽんっと軽い音がして頭が重くなった。うーん、これは……。
「ウサギだ! かわっ……まあ? それなりに可愛いんじゃないんですか?」
「ありがと」
 やっぱりウサちゃんかあ……しかもこれ、ロップイヤーだ。
 そう思ったのが顔に出てしまったのか、妹はムッとして「褒めてあげたんだからもっと喜んでください」と言った。それに誤りはしたけどやっぱり素直に喜べないというのが本音だ。だってロップイヤーって何週間か前にレインくんが触ってくれた時と一緒。
 自分の女々しさにため息をつきたくなったけど、妹に心配をかけたくなくてどうにか堪えた。この子の前で情けないところは見せたくない。
 未だにムッとしている妹の頭を撫でて、「どこに行きたい?」と手を繋ぐ。そうすれば妹はすぐににっこり笑って手を握り返してくれた。
「姉上のクラスに行きたいです」
「えー、普通のカフェだよ? まあみんなケモ耳生えてて可愛いけど」
「いえ、有象無象が畜生の耳を生やして騒いでいる様子を見たところで私の人生にはなんのメリットもありませんから、全くもって畜生共には興味はありません」
「なんて?」
「私が今日ここに来た目的は害獣牧場の観察などではなく、姉上にお会いすること、そしてレイン・エイムズを抹殺することです」
「抹殺⁉︎」
 な、何を言ってるのこの子は。さっきから可愛らしい笑顔とは不釣り合いすぎる発言しかしていないよ。有象無象とか畜生とか害獣牧場とか抹殺とか……。
 いや、まだ私の聞き間違いの可能性も──。
「そうです、抹殺です。奴は姉上を誑かす極悪非道の害獣ですから」
「なになになに?」
 聞き間違いじゃなかったしもっと意味の分からない言葉が飛び出してきた。
 混乱している私を他所に、妹はぎりりと唇を噛みながらこちらを睨み付けてくる。その眼光の鋭さに思わず仰け反ってしまう。なんですか……?
「誑かされている人間は誑かさている自覚がないものです。大丈夫ですよ、姉上。私が守ってさしあげますからね」
「いやいや……やめよ?」
「いいえ、やめません。この機会を逃せば次に奴を抹殺できるのは早くても半年後ですから」
「いや、あの……あの、私、レインくんと、その……」
 止めなきゃ不味いことになると、焦りすぎていらないことを口走ってしまった。私の表情を見て何かを察したのか、妹の顔がぱあっと明るくなる。
「喧嘩ですか!」
「……うん」
「まあまあまあ、可哀想な姉上……! うふふ……泣かないで、私がいます。私はいつでも姉上の味方ですからね」
「…………うん」
 喧嘩っていうか、これまで自分のしてきたことに気付いてしまって怖気付いて一方的に避けているというか。さっきも教室に集まって「昨日も売上好調だったし今日も頑張ろうね」とみんなと話していた時、レインくんと目が合って反射的に逸らした上に教室から逃げ出してしまった。それで「もうダメだ、もう二度とレインくんとちゃんと話せないんだ」ってすごく悲しくなってしまって、実はさっきまで泣いていた。内緒だけどね。
 妹はなんだか嬉しそうだ。でも私は改めて言葉にしたことで悲しくて寂しくなってしまった。また泣きたくなったけど妹の前で泣くのはプライドが許さず、「適当に歩こうか」と妹の手を引いて笑顔を作る。妹は一度目を細めてから「はい」と頷いて優しく私の手を握り返してくれた。

 +

「どう? 美味しい?」
「いいえ、あまり。でも姉上と一緒にいればどんなものも特別に思……わなくもなくもないですけど?」
「どっち?」
 私の言葉には答えずにふんっと斜め横を向いた妹に笑ってしまった。分かりやすくて愛いやつめ。
 廊下を歩いていると先輩後輩同級生問わず知り合いにたくさん声をかけられる。父兄の方や一般客の方にも「お父様にはお世話になってます」みたいな感じで挨拶をされるし、やー、大変ですよ。
 特に今日は妹が一緒だから先方からしたら物珍しさも感じるのだろう。私は長期休暇になれば父上の助手扱いで病院で働いて、魔法局にも頻繁に顔を出している。でも妹はそうじゃない。学校にも通っていないから、正しく秘蔵っ子ってやつだ。
 先ほどお会いしてご挨拶させていただいたライオ様は家に出入りをしているため妹とももちろん顔見知りだが、奥様やジュニアは初対面。いつものように親愛のタックルをしてきたジュニアにガンを飛ばす妹を止める時はちょっとヒヤヒヤした。誰にでも平等に敵意を剥き出しにして噛み付くのは妹の良いところだが、悪いところでもある。
 見ていた限りでは奥様とは和やかにご挨拶をしていたが、ジュニアとはなんか……なんかダメそうだった。ジュニアは年の割には聡明な子でぶっちゃけると生意気。妹は煽られれば煽られるほどカッとなって知能指数が下がっていくタイプ。相性は決して良くない。
 これ以上は妹とジュニアが喧嘩をしかねないと判断して「じゃあまた今度改めてゆっくり会おうねー」と手を振って別れたが、なんと最後の最後で「レインと喧嘩でもしたか?」と笑われてしまった。ライオ様にまでバレている。「別にしてないでーす」とピースサインをしておいたけど笑ってたから絶対にバレてる。誰だバラしたやつ。
 他の神覚者様にもバレていたらどうしよう。なにか言われるのかな。私はいいけど、レインくんは良くないよね。気まずい思いをするし、きっとまた嫌な思いをするだろう。もっと私のことを嫌いになってしまうかもしれない。
 そう思ったが、ニコニコ笑って「何か食べましょう」と手を引く妹の前で弱音を吐くわけにも行かず、表面上は取り繕ってあちこちの飲食系の出し物を回っている。悩むのは後で、一人になってからだ。
 サラマンダーのしっぽという名前で売られていた正体不明の肉を食べながら「冷めてるしボソボソしてるし売り物にするにはイマイチな味ですね。一言で言うと不味いです」と酷評している妹に「そっか」と頷く。父上、私たちはこの子を甘やかしすぎたようです──。
 今更ながらに妹の教育方針を間違えた可能性に思い当たって頭を抱えたくなっている私を他所に、これで結構呑気な妹は「姉上、あれ」とひとつの教室を指差した。
「あれはなんですか?」
「うん? えーっと、あれは……あーっ! その髪色、もしや……レインくんの弟くん⁉︎」
「えっ……あっ! 兄様の!」
「それじゃないです。そこの教室の『闇市』ってなんですか?」
 突如叫んだ私と同じく叫んだ少年を無視して妹はもう一度質問してきたが、今はちょっと答えられそうにない。
 サッと後ろを向き、慌てて髪を手櫛で梳いて前髪を整える。朝にちょっと泣いた時にメイクは直したけど、あれから時間も経ったしよれているかもと手鏡を探したがローブのどこにもなかった。そうだ、いつもレインくんの持ってるウサちゃんの手鏡を借りてるから……。
 仕方ない、メイクに関しては大丈夫だと信じよう。改めて正面を向いて「こんにちは」と挨拶をした。よし、声も変じゃない。
「私はレインくんの……レインくんの……ス、ストーカーです……」
「兄様のストーカー⁉︎」
「逆ではないですか? レイン・エイムズが姉上のストーカーでは」
「兄様がストーカー⁉︎」
「そうだ。貴様の兄はな」
「ちがう! 私がストーカー! 違うからね弟くん! レインくんはそんな犯罪犯さないからね⁉︎」
 変なことを言う妹の言葉を大声で遮って、弟くんに詰め寄る。弟くんはわけが分からないという顔で首を傾げていたが、今は「レインくんはストーカーじゃない」ということだけ分かってくれればいい。他はどうでもいいことだ。
 話を遮られて不服そうにしている妹を敢えて無視して、ひとつ咳払いをしてから改めて弟くんに名乗り、「弟くんは名前なんて言うの?」と聞いた。弟くんは私のことを知っているようだが、私は弟くんのことをよく知らない。レインくんは全然弟くんの話をしないから。
「フィンです」
「フィンくんね、よろしく。その制服、中等部のだよね。今日は来てくれてありがとう。えーっと、一人?」
「はい。僕、友達いないので……」
「そ、そっか……えっと、私の妹で良ければ友達になる……?」
「は? 嫌ですけど。っていうか友達とか私の人生に必要あります?」
「ごめんね、変な子なんだ」
 本当、甘やかしすぎちゃってね。ちょっと変わった子になっちゃったんだよ。いい子だし可愛いんだけど、でもね。
 顔を引き攣らせつつも頷いて「全然大丈夫です」と言ってくれたフィンくんは、多分素直な子なんだろう。兄のストーカーともちゃんと話してくれるなんて優しい。レインくんにそっくり。可愛いな。
 フィンくんを見つめてニコニコしていると、妹が「それであれはなんなんですか?」とローブの裾を引っ張ってきた。やきもちかな? 私の妹も可愛いな。
「どれ?」
「だからあれです。あの、『闇市』って看板の掛かってるところ」
「あー、あれね。あれは闇市……闇市ィ⁉︎」
 な、なんでそんなものが文化祭に⁉︎
 目を見開いて驚く私を見て妹は「入りたいです」と言ってきたが、そんな、ダメに決まってる。闇だぞ、闇。闇魔法とかもあるけど、闇市って……絶対変なもの売ってるよ。そんなものこの子の教育に悪すぎる。
 勝手に歩いていってしまおうとする妹と「ダメだよ」「見てみるだけですよ」「それもダメ」と言い争っていると、フィンくんが「あの……」と声をあげた。いけない。つい放置してしまっていた。
「どうかした? 言っとくけどフィンくんもあそこは入っちゃダメだよ。多分ゾンビの生首とか売ってるからね」
「いや、実は僕さっき入っちゃって……」
「入っちゃったのお⁉︎」
「はい……それで、実は……」
 そんな、尚更レインくんに顔向けできない。弟くんをあんな危険そうなところに入れてしまうなんて……と私がショックを受けていると、フィンくんは周りをチラチラと見渡して、小声で「見ちゃったんです」と呟いた。その声が随分密やかで内緒話をしたがっていると分かるものだったので、自然と私と妹もフィン君に顔を近付けて三人で小さな円を作ることになる。
「兄様の隠し撮りが大量に売ってて……」
「れ、レインくんの隠し撮りが大量に……⁉︎」
「へー、安そう。そんなもの買う人いるんですか?」
「いや、それより、そんなのダメでしょ……! レインくんの肖像権が守られてないよ……⁉︎」
「僕もそう思ってレジのそばにいた人に聞いてみたら、兄様の写真は貴重だから、金のコイン三枚で全部売るって言われちゃって」
「き、金のコイン三枚ィ⁉︎」
「それにそんな価値あります?」
 あわわわわ。そんな、そんな。
 はあはあと息を荒げながらいつものようにかけていた絹の小袋を首からとり、手を突っ込んでコインを探す。杖、赤点のテスト用紙、家の鍵……あった、コイン一枚目。あと二枚……これはどんぐり、銀のコインが一枚、これもどんぐり、剣、松ぼっくり、ババ上からもらった『もしもの時のアレ』。あと二枚が見つからない……!
 妹の前だということも忘れて半泣きになって必死で絹の小袋の中身を改めていく。ないと困る。だって売られてるってことは私以外の人が買う可能性が当然あるってことだ。そんなの嫌。他の誰にも買って欲しくない。
 半ば顔を突っ込むようにして探した結果、もう一枚だけコインが出てきた。でも足りない!
「大丈夫ですか……?」
「どうしようどうしよう、足りないよ!」
「別に姉上が買わなくていいでしょう。隠し撮りされる方が悪いんですよ」
「そういう話じゃないのっ! ……私コイン貰ってくる。フィンくん、悪いけどこの子の面倒見ててあげてくれる?」
「えっ」
 ──コインを持ってる人、心当たりがある。背に腹はかえられない。

ふたつおりのひとひら