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フクロウ小屋の清掃から帰ってきたら先輩が談話室のソファーに寝っ転がって頭を抱えていた。放課後の談話室は人が多くてソファー席なんて取り合いになるのがいつものことなのに今日は全然人がいないなとは思ってたけど、異常行動をしている先輩が避けられているからみたいだ。
まあ先輩は所構わず飲酒をしたり急に何日間も外泊したりで常に異常行動をしているようなものだけど、今日のこれはレアな異常行動だよね。私が近付いても顔を上げもしないで、すごく静か。寝てるのかなと思って頭に手を置いたらぶんぶん暴れて振り払われたから起きてはいるらしい。
そんな先輩を見下ろしながら、どうしようかなと少し迷う。フクロウ小屋の掃除をしたから体に匂いが着いちゃってて、今日はもうレインくんには会いに行けない。回り回ってウサちゃんたちに不快な思いをさせてしまうからだ。となるとマックスくんにも会えないし、やらなければいけない課題もないし、用事もない。そして他のソファーやテーブル席に座っている人たちからの「それどうにかして」という視線をひしひしと感じる。
でもなあ。こうなった先輩は面倒だからなあ。だってほら、全然お酒の匂いもしない。飲酒が原因で何度も停学処分を食らっていて、オーター様が言うには神覚者になるための最終試験を飲酒がバレて失格になったりもしている先輩が飲んでないんだよ? 絶ッ対に面倒事を抱えてるよ。
うん、部屋に戻ろう。それでさっさとシャワーを浴びて、妹に手紙でも書こう。
そう思ってくるりと踵を返したのだが、背後から伸びてきた手によってスカートの裾を握られた。ひ、卑怯! そこを掴まれると、無理矢理前に進めばスカートが捲れちゃうから進めない!
私は先輩の思惑通り足を止め、先輩は先輩でふっと笑ったのが音だけで分かった。身動ぎをする音も聞こえてくる。それからしばらくして私の名前を呼ぶ声。
「お前、暇だな」
「決めつけから入るのよくないよ?」
「そんな暇で暇で死にそうなお前に任せたいことがある。魔法局に行って、これをアイツに届けてこい」
「……一応聞くけどあいつってどいつ」
「陰キャメガネ、カスメガネ、アホメガネ」
「オーター様にそんな悪口言うの先輩ぐらいですからね」
スカートから手が離れていくのが分かったのでようやく振り返り、腰に手を当てて先輩を見下ろす。差し出された封筒は敢えて受け取らなかった。受け取ったら了解したことになってしまうからだ。
というか、オーター様に一体どんな恨みがあればそんな悪口を言おうと思うんだろうか。そして神覚者様相手にシンプルかつどストレートな悪口を言えるなんて、先輩ってば肝が太い。私には無理だ。
しかも悪口の対象はあのオーター様だからね。私も魔法局で顔を合わせる度にオーター様に小言を言われていたから分かるけどあの人は色んな意味で怖い人だ。 なんというか視線とか立ち方とかに迫力があるんだよね。全然笑わないから優しいことを言われてる時も怒られてるみたいに感じるし。
ライオ様が言うにはオーター様は拷問も得意らしい。体に砂を入れてなんかするって言ってた。詳しいことは私にはまだ早いと教えてもらえていないけど、多分相当酷いことをするんだろう。体を内側から砂でズタズタに切り裂いていくとか? ああ怖い。治療も相当難しそう……。
そんなオーター様に軽々と悪口を言う先輩に敬意のようなものすら感じながら、医療関係者としてオーター様の「拷問」について考えていた私を現実に引き戻したのは先輩の「仕方ねえだろ」という心底嫌そうな声だった。
「あたしはアイツにはもう会わないって決めてるんだよ。だっつーのにこんっなにめんどくせーこと任せてきやがって。アイツ、あたしの覚悟を馬鹿にしてるよな?」
「知らないよそんなの。っていうか、自分が任されて請け負ったことなら最後までやりなよ。先輩でしょ」
「たった四歳差で先輩もクソもあるかよ。それ言ったらアイツはあたしの先輩な。先輩が後輩にめんどくせーこと任せんなって話だ」
「後輩なら先輩の言うこと聞きなよ」
「お前やりたくねえからって適当言ってんだろ、分かるからな」
キッと睨まれたが、ソファーに座って背を丸めながらあぐらをかいている人に睨まれたところで別に怖くもなんともなかった。酔って調子に乗ってる時の先輩の方が怖いまである。何をするか分からないからだ。今の先輩はその手の中の封筒をどうにかして私に押し付けたいだけだと分かっている。ね、怖くないでしょ。
だけどそんなに言われたってどうしようもないんだよなあ。どうしてもって言うなら変わってあげてもいいかなって少しは思ってたけど、封筒を見る感じ無理なやつだ。
「その封筒、分かりにくいけど、閲覧不可どころか特定の人しか触ることもできない魔法かかってるでしょ。私が触ったら多分、こう、手が燃える。だから私は無理です」
「あ? ……おお、マジだ」
「え、先輩がそういう魔法かけたんじゃないの?」
「ちげーよ。あのメガネがやったんだよ。……っつーことはこれまでのも全部そうだったのか……マジで嫌なやつだな」
封筒を検分して自分の目でも魔法の痕跡を確認し、流石に誰かに押し付けることは諦めたのか大人しくローブにしまった先輩は大きくため息をついてソファーに倒れ込んだ。相当嫌らしい。もう表情から露骨に嫌そうだ。
そんな先輩の前にしゃがみこんで、自分のローブのポケットを探る。……あった。おやつに食べようと思ってタイミングを逃していたクッキー。これを先輩にあげよう。
朝からローブに入れて持ち歩いていたから割れてしまっていたが、味は変わらないから問題ないと思う。袋を開けて一欠片差し出せば口を開けてくれたので、口の中に入れてあげた。
「これを食べて頑張ってくださーい」
「あー、だり……」
「わざわざ外部の先輩に頼むってことは大事な書類なんでしょ? ちゃんと届けてあげなきゃ」
「まあ重要なもんなんだろうけどよ……なんでこのあたしが片手じゃ足りねーほど年下のガキの情報調べてやらなきゃなんねーんだよ……」
そろそろ金寄越せよなマジで……と心底嫌そうに先輩は呟いたが、私はそれには何も返せなかった。……片手じゃ足りねーほど年下のガキ?
オーター様が先輩に、魔法局の外の人間に調べさせた。それも他の人に見られないように、触られないようにと魔法をかけた封筒を用意して、先輩に言わせれば「片手じゃ足りねーほど年下のガキ」の情報を?
「先輩、それって、ドミナ・ブローライブのこと?」
「…………細けーことは話せねえぞ」
「いいです。なんでもいいの、聞かせてください」
「……っつってもアレだ。とにかく記録がねえ。姓が姓だろ? ブローライブの生き残りかと思ってそっち方面から探ろうにもあの家はありとあらゆる記録が燃え尽きてるときた。癪だが詰みだな。出生から探るのは無理。ヴァルキスの中等部に通ってるみてーだが、それ以前の経歴は全くと言っていいほど見えてこねえ」
気怠げに起き上がって再びソファーの上であぐらをかいた先輩は、私の手からクッキーの袋を取り上げながらもう片方の手で杖を一振りした。人避けと防音の魔法をかけたのだ。私も居住まいを正して床に正座をした。先輩が頑張って集めてきた重要なことを教えてもらうんだからこれぐらいはしなきゃ。
クッキーを食べつつ淡々と続けられる説明に思わず眉間に皺が寄って顔が歪むのが分かった。先輩はそんな私に気付いてはいるだろうが何も言わない。
ブローライブは名門貴族の家系だ。しかしこの何十年かのブローライブ家に以前のような力はなく、更にその血は今から十一年前に途絶えている。本家は何者かの襲撃にあって壊滅し、同日にはブローライブ家の一人娘が嫁いでいた他家も襲撃にあい甚大な被害が発生した。一人娘には子供がいなかった上に本人は襲撃により命を落としているため、ブローライブ家の血はもう残っていない。
「とはいえ、ブローライブと名乗ってはいるわけだろ? ならそっちから調べるのが一番簡単だが……まあ叩いて出てくるのは埃だけ。一旦調査をやめてメガネに確認させるかってこいつをまとめたっつーわけ」
先輩はそう言いながらぽんとローブのポケットを叩いて、クッキーの入っていた袋をそれとは反対のポケットに突っ込んだ。そのまま「これ以上はお前には話せねえな」と笑う。私は頭を下げて「ありがとうございます」とだけ言った。
オーター様は先輩の調査結果を見てどうするのだろうか。先日襲われたという神覚者様の仇をとるためと更に調査を進める? それともライオ様や他の神覚者様に共有して今後の方針を決める?
どの道引き下がりはしないだろうという確信のようなものが私の中にはあった。オーター様はきっとその手をゆるめることはしない。逆に本腰を入れるのではないか。
なぜならブローライブ家を襲った「何者か」は恐らく──いや、確実にイノセント・ゼロだと分かっているからである。十一年前、自らの命をかけてその情報を持ち帰った神覚者がいたのだ。
ブローライブを名乗る少年とイノセント・ゼロとの繋がりがどんなものかまだ分からないとはいえ、長年敵対してきたイノセント・ゼロに関する何かしらの手がかりとなる可能性は高い。オーター様含め神覚者様たちはそれを逃がしはしない。仲間が死んでいるから尚更だ。
私だって……一瞬そう考えてから、立ち上がって頭を振って思考を散らした。余計なことは考えるべきではない。
心を落ち着けるためにも他の何かをしようと頭を振ったことで乱れた髪を手櫛で治していると、先輩がソファーの上でグッと背伸びをした。
「あたしはこの後魔法局行ってくるわ。適当に外で飯食って宿とるから今日は帰らねえと思っといて」
「了解でーす。あ、明日の午後までには戻ってきてね? 魔法史の補講あるからね」
「お前あたしの分もやっとけよ」
「無理だよ! 学期末試験の点数私の方が悪かったんだから私の方が補講課題いっぱい出されるの!」
「ンなことを威張るなよ」
はんと鼻で笑った先輩は杖を一振りしてこの場にかけていた魔法を解くと、そのまま談話室を出ていってしまった。ローブ皺だらけだし寝癖ついてたけどアレで魔法局行くのかな……。