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しんと張り詰めた空気は、まるで研ぎ澄まされた切っ先のように鋭かった。かちかちと秒針の刻む音だけがだだっ広いこの部屋にこだまする。息をするのさえ躊躇うような沈黙。震えて汗ばむ手を誤魔化すように手の中の小槌を握り直した。──勝負は、一瞬で決まる。
狙いを定め、振り上げた小槌でブロックを叩いて──。
「うっ……しゃあああ!」
「そんなあああ!」
小槌を机に叩き付け、床に崩れ落ち「あーんあーん」と泣き出す私を他所に、先輩はさっきまで座っていた椅子に片足を乗せて天高く拳を突き上げているようだった。教室中から先輩を讃える歓声と私へのブーイングが起きる。う、うるさい!
「仕方ないでしょお⁉︎ こんなっ、こんなの! 難しすぎる!」
「へー? 難しいシュジュツは出来るのに、ゲームは出来ないんですねえ、センセー?」
「ウザ! 先輩それウザいしキモイ!」
「ぎゃはははは! 負け犬の遠吠えは最ッ高のツマミだぜえ!」
憤慨する私を他所にどこからか取り出した酒瓶を咥えて一気飲みを始めた先輩に、教室中がまた湧いた。先輩のこれはもうクラスの余興みたいになっちゃってるからね。これが始まるとブーイングすら無くなるんだ。
うう……。たかがゲーム、されどゲーム。机と平行に縦に三、横に三、また縦に三……とどんどん上にブロックを積んでいってタワーを作る。ここまではジェンガと一緒なのだが、ここからが違う。このブロックは踊ったり歩いたり、勝手に動く。そして手ではなく、付属の小槌で突いて一ターンごとに一つずつブロックを落としていくのだ。しかも使用するブロックにも小槌にもゲームの最中はプレイヤーが魔法の使用が出来なくなる魔法がかかっている。わりと難しいやつ。
最終的にブロックタワーを倒した方が負けなのだが、お察しの通り私は負けた。唐突に降って湧いた自習時間に私たちのような不真面目な学生が自習なんてするわけもなくジェンガを始めたのだが、ボロ負けだった。
半泣きになりながらよろよろと立ち上がり、机の上に散らばったブロックを集めていく。片付けは敗者の仕事だ。その間にも先輩はどんどん酒瓶を空にしていく。……この人の肝臓はどうなってるんだ。
悲しみよりも呆れの方が勝ってきた。箱にブロックを順番に詰めながら、先輩の肝臓に関して研究したら面白い結果が出そうだと考えてみる。オルカ辺りに吹っかけたら研究してくれないかなあ。私は最近忙しくて研究には時間掛けられないし……。
そんな風に思考を巡らせながらブロックをしまっていたせいか、ひとつ手にあたって机の向こう側に落ちてしまった。あっ。これ校長先生のおもちゃ借りてるんだからなくしたり傷付けたりするとやばいのに!
慌てて屈んでブロックに伸ばした手が、前から伸びてきた手とぶつかってしまった。うん?
「あっ、マックスくんだー!」
「うん。どうぞ」
「ありがと! 先生の用事終わったの? いつ戻ってきてた?」
「ちょうど今だよ。レインはまだ時間がかかりそうだったから先に戻ってきたんだ。この教室の様子を見るに勝負の結果は……」
「はい、負けました!」
「先輩は強いからなあ」
「だよねえ」
そうなんだよ。私が弱いわけじゃなくて、先輩がめちゃくちゃ強いんだよ。
この魔法禁止ジェンガは校長先生が部屋を片付けてたら出てきたとかで、たまたますれ違った私が借りたものだ。それを私が談話室に持ち込んで、うちの学年を中心にアドラで大流行している。
週末は学年混合トーナメント戦もやってて校長先生がわざわざ見学に来るぐらいには盛り上がってるんだけど、先輩がもうほんっとに強くてね。この前のトーナメント戦では危ない場面も一切なく堂々の優勝を決め、なんなら校長先生にも勝ったんだよ。決勝戦で先輩と戦ったレインくんは悔しそうにしていたし、一回戦でそれぞれ敗退している私とマックスくんは「すごいなあ」と感想を言っていた。
先輩に勝とうとしたのが無謀だったんだ……と肩を落とす私を見て、マックスくんは「らしくもないこと言うなよ」と笑った。
「そうやって戦う前に諦めたらいつまでも勝てないままだ」
「マックスくんはいいこと言うね……勝てるかな?」
「うーん」
「そこは『勝てるよ』って言うところじゃんか!」
「ごめんごめん。勝てるよ、きっと」
「きっとは余計!」
もうっとわざとらしく肩を怒らせる私を見てケラケラ笑っているマックスくんは、それでも「きっと」を撤回する気は無いようだった。こういうところ正直だよねー、ほんと!
でもまあ、私も勝てるとは思わない。どうしても勝てない相手はこの世にはいるものだ。戦闘なら先輩にも勝てるだろうけど、魔法禁止ジェンガではこの先も勝てそうにない。いや、戦闘もなあ……先輩が本気出してるところ見たことないし、先輩も最終試験まで残って神覚者に選ばれる寸前までは行ったわけでしょ。時と場合によっては本気を出されたら微妙かもしれない。
そうなってくると他で先輩に「確実に勝てる」って言えることって……。
「レインくんへの好きの気持ちぐらい……?」
「うーん、後ろ見て」
「待って、もう分かる。このくだり前もやったよ……後ろにいるんでしょ、レインくんが……」
「なんだこの騒ぎは」
「ほら、いる! 良かった、今回は変なこと話してなくて……」
前はね、文化祭のベストカップル賞について話しててちょっとね……。
結局仲直りできたしもっと仲良しになれたから良かったけど、あの時は本当に辛かった。もう二度とあんな辛い思いしたくない。だから、レインくんに隠し事はもうしないって決めたんだ──。
敢えて振り返らず、背後に立っているであろうレインくんに向かってさっきまで何をしていたのか説明する。
「魔法禁止ジェンガやってたんだけど、先輩に負けちゃったの」
「今は自習の時間だろ」
「ま、魔法禁止ジェンガは普段魔法に頼りがちな私たちが魔法なしで頭を使うことに慣れるためのものだから……」
「そうなのか」
「う、うん」
隠し事はしなかったけど嘘ついちゃった……。いや、全部が嘘ではないんだけどね? 実際校長先生も学生の頃にそういう目的でお友達と魔法禁止ジェンガをやってたんだって言ってたし。でもさっきの私と先輩の勝負は完全に娯楽のためだった……嘘ついちゃった……。
申し訳なくなってきて、ぱっと振り返って背後に立っていたレインくんに抱き着いた。レインくんはこれっぽっちも身動ぎせず、私を抱き締め返すこともなく、マックスくんに「そういうことならオレもやった方がいいのか」と聞いていた。うう。レインくんは天然だから信じちゃうって分かってたのに嘘ついちゃったよお。
面白がったマックスくんが「じゃあ次は僕たちが勝負しようか」と言っている声を聞きながら、レインくんの肩に顔を埋めてぐずぐずと鼻を鳴らした。嘘ついてごめんねえ。でも、レインくんへの好きの気持ちは嘘じゃないんだよ……。
「レインくんの匂いも好きだからね……」
「嗅ぐな」
「声も好きだよ……あ、一応言っとくけど顔も好きだからね。大丈夫、レインくんはイケメンだよ」
「もういい。ライオさんが呼んでたから早く行け」
「もういいってそんな、レインくんってば恥ずかしがり屋さんなんだから……ライオ様ァ⁉︎ いるの⁉︎ ライオ様が⁉︎」
「ああ。さっき校長室前の廊下で話したが、お前の妹のことで話があるからと」
大好きなレインくんの大好きな声で紡がれる言葉だが、残念なことにそれ以降は聞けなかった。私は『妹』という単語を聞いたその瞬間には箒を召喚して飛び乗っていたからである。