02

「ふー、ギリギリセーフ! 危なかったぜ……」
「いやー、これはアウトじゃないか?」
「えっ、アウトかな?」
「多分」
 慌ててマックスくんを見上げれば、「アウトだと思う」と無慈悲で残酷な言葉が寄越された。そ、そんな。
 私から正面へと視線を移したマックスくんの後を追うようにして、私も目の前を見上げる。ちょうど正午ぐらいだからだろうか。木々の合間をすり抜けて差し込む陽の光が眩しくて思わず目を細めた。眩い陽の光を浴びてキラキラと輝く漆黒の毛に、大人が十何人か集まって手を繋いでも到底囲めきれなそうなほどの体躯──。
「デカいね」
「デカいな」
「……故意じゃないんだよ……事故なんだよ……」
「それは分かるよ。オレも見てたし」
「見てたァ⁉︎ 手も出してたよねェ⁉︎」
「そうだった?」
「そうだった! 馬鹿馬鹿ッ、私に罪を被せようったってそうはいかないぞ!」
「ごめんごめん、反応が面白いから、つい」
「馬鹿ーッ!」
 バシンバシンとマックスくんの肩と背中を叩いて遺憾の意を示していると、その腕の中にいるウサちゃん四号が高い声で鳴いた。慌てて手を引っ込める。ご、ごめん。
 ローブのポケットから人参を取り出そうとしたものの、マックスくんに止められて終わった。ウサちゃんたちのご飯は飼い主であるレインくんの管轄だ。そしてそのレインくんがいない今、マックスくんがレインくんに代わってウサちゃんたちのご飯を管理している。そのマックスくんに止められたら無理強いなんてできないじゃないか。
 大声を上げて驚かせてしまったうえに、餌を与えて懐柔する作戦も失敗してしまった。しくしくと泣き真似をしていると、マックスくんの腕から身を乗り出したウサちゃん四号がペロッと腕を舐めてくれた。う、うおおおお!
「やーん、かわいい……これが命……」
「良かったな。で、このクマはどうしようか」
「知らなーい」
 ウサちゃん四号の可愛さと命の温もりに比べれば、目の前で白目を向いて転がっているめちゃくちゃデカいクマなんて些細すぎるぐらいに些細な問題だ。私たちは悪くない、以上。
 それに元を正せば、ウサちゃん四号を攻撃しようとしたこのクマが悪いと思う。あとウサちゃん四号がうさちゃんルームを脱出してしまう原因を作った寮生も悪い。帰ったら何発か叩きたいぐらいだ。
 今日は一日授業もないからレインくんと買い物に行ったり遊んだりしようと思っていたのに、レインくんは校長先生からなにかおつかいを頼まれたらしくてウサちゃんルームを留守にしていた。だからマックスくんと二人でウサちゃんの観察をしていたんだけど、突然隣の隣の部屋でドカンと爆発が起きて、びっくりしてしまったらしいウサちゃん四号が逃げ出してしまったのだ。私たちは慌ててウサちゃん四号を追い掛けたものの、森の真ん中ぐらいでようやく追い付いた時にはウサちゃん四号はめちゃくちゃデカいクマに襲われそうになっていて──。
 可愛い可愛いウサちゃんのピンチに焦った私が咄嗟にクマをシバいてしまった。そういうわけだ。
 シバかれたクマは白目を向いて気絶しているし、その頭は心做しか凹んでいる気がする。多分アレだろうな。私がトンカチでぶん殴ったのがその辺りだったから、ちょっとこう、頭蓋がね。悲しいことに凹んじゃったんだね。でも自業自得だよ、うん。
 ウサちゃん四号と私がにらめっこをしている間にも、マックスくんはこの場をどう切り抜けるかを考えてくれているようだった。
「……これ、今度の選抜試験で出てくる予定だった『刺客』じゃないか?」
「えー、そうなの?」
「この前、校長が『森で危険な生き物を飼育しているからなるべく入らないように』って言ってただろ。聞いてなかった?」
「聞いてたよ?」
「聞いてなかったんだな」
「聞いてましたよ?」
 そもそもマックスくんの言う『この前』がいつなのかイマイチ分からないけど、聞いていたはずだ。私はね、魔法史のテスト以外ではとにかく優秀なんだよ。来年は監督生になる可能性もあるかもって言われてるんだからね。魔法史のテストだけが落第レベルの劣等生なんだからね?
 そう主張する私を「そっか」といなすマックスくんは、さすが私との付き合いが長いだけあって私への対応の全てが大体適当だ。レインくんの方がまだ優しい。レインくんはね、一応こっちを見て「は?」って言ってくれるから。マックスくんはこっちを見もしない。
 こちらを見ようともしないため私がムスッとしているのにも気付いていないのであろうマックスくんは、数十秒ほど考え込んでから「よし」と声を上げた。
「逃げよう」
「承知ー!」
 そうと決まれば話は早い。魔法で呼び寄せた箒に二人乗りして現場を離れる。マックスくんはウサちゃん四号を抱えているから、運転は私だ。安全運転安全運転。
 ぴゅーんっと飛んで寮に戻り、箒を片付けて何食わぬ顔でウサちゃんルームに戻った。レインくんはまだ帰ってきていなかったので全然セーフだろう。アドラのいたずら爆弾と名高い私と、そんな私をよく知ってくれているマックスくんとにかかれば、これぐらいの逃亡はおちゃのこさいさいだ。
 次の日、廊下で校長先生に呼び止められて「何か言うことはないかの?」とか聞かれたから、「あのレベルだと話にならないのでもっと強い敵をお願いします!」と頭を下げておいた。私は、敵は強ければ強いほど、壁は高ければ高いほど燃えるタイプ。

ふたつおりのひとひら