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新年度は忙しい。それなりに顔が広い私は色んな先生から頼まれごとをされるし、この前の試験で全焼させた例のお屋敷の再建計画は全く進んでいないし、最終学年ともなれば新入生に色々教えてあげなければならないことがある。妹も無事編入してきたしね。
それに今年からはレインくんが神覚者になり、しかも彼は監督生にも任命された。レインくんはもう多忙中の多忙。神覚者としての仕事にもまだ慣れていないのに監督生の仕事もなんて、そんなの倒れてしまう。
さすがに監督生の役割は他の人に任せるべきではと先生方にも提言したが、他に適任がいないと言われればそれまでだった。その通りだからね。私は言わずと知れたスピード狂のいたずら爆弾だし、マックスくんもよく慕われているけどどちらかと言えば私と一緒に悪ふざけしたりいたずらしたりする側だし、先輩は言わずもがな。うちの学年のアドラ寮生は他も大体よく言えばノリが良く、悪く言えば無責任な奴が多い。つまり監督生には向いてない。
ならせめて代われる仕事は代わりにやろうと監督生の仕事に関しては色々と分担をして私たちで請け負ってはいるが、そうしたらレインくんはこれ幸いとばかりに神覚者としての仕事に掛かりっきりになってしまった。
簡単に言うと滅多に帰ってこないのだ。授業だけ受けて慌ただしく魔法局に向かい、消灯前に帰ってくるか来ないか。休み時間も忙しそうにしているし、神覚者の仕事は機密が多いことは昔から神覚者様と接する機会の多かった私にはよく分かっていることで、話しかけるタイミングさえ掴めない。
そんな状況に先に限界が来たのは私だった。
不規則な時間にウサちゃんルームに帰ればウサちゃんたちの生活のペースも狂い、体調を悪くさせるかもしれないから、消灯に間に合わないなら魔法局に泊まる。それはまあ確かに、ウサちゃんを思ってのことだろう。レインくんの優しさはよく分かる。きっと私がウサちゃんルームの住人でも同じ判断をした。ウサちゃんは可愛いし大切な家族。それも分かるよ。
でも、私は? ウサちゃんはマックスくんが責任をもってお世話をしているし、私もそのお手伝いをしている。だけど私のお世話は誰もしてくれない。私のことは誰も可愛がってくれない!
その想いが爆発した私は、まずレインくん本人に声を掛けてみることにした。
「レインくん、今日ちょっと時間作れる?」
「今日は無理だ。この後魔法局に行く」
「そっか……気を付けてね。無茶しちゃダメだよ」
撃沈。悩む素振りもなかった。
でもこんなことで諦める私ではない。次は勝手にウサちゃんルームに侵入してレインくんの帰りを待つことにした。マックスくんが「二人きりはさすがに……」と言ったので先輩も連れて行ったけど、先輩は酔ってずっと床で寝ていたので呼んだ意味があったのか分からない。結局この日レインくんは帰ってこなくて、私は一人でレインくんの枕を涙で濡らした。
その次。若干心が折れつつも、私はフィンくんへと接触することにした。中等部から内部進学したフィンくんは例の編入試験で大活躍した男の子──マッシュくんと同室になって、仲良くやっているらしい。それは良かった。でも良ければ、君たちの後ろで君たちをチラチラ見てる妹とレモンちゃんにも声を掛けてくれると姉としては嬉しいな。
「それで、レインくんと過ごす時間を取りたいから、フィンくんのこと人質にしてもいいかな?」
「僕もうずっと兄様とちゃんと話してないんですけど、人質としての価値ありますかね?」
「あるよ⁉︎ そんな悲しいこと言わないで! ほらマッシュくんも何か言って!」
「シュークリーム食べる?」
「今それどこから出したの⁉︎」
「先輩も食べます?」
「あ、いただきま」
「貴様ァ! 姉上に得体の知れないものを食べさせるなんて番死に値する!」
「マッシュくん! あのその良ければ私もシュークリーム食べたいです! 一緒に!」
フィンくん人質作戦はそんなこんなで失敗した。一年生と仲良くなれたぐらいしかいいことがなかったね。
元気に騒いでいる一年生たちを背に、シュークリームを食べながらとぼとぼと歩く。胸のあたりがズンと重い。つい一ヶ月ほど前にとある人物に襲撃を受けた後遺症……なわけもなく、単純に寂しくて悲しいだけだ。あの時の傷は肌に跡こそ残ったものの、内臓やらなんやらは完全回復している。父上とババ上の腕と私の治癒力とが存分に発揮されたおかげだね。
でもこの寂しさも悲しさも私にはどうしようもできないものだ。レインくんがいないとダメ。レインくんに抱き締めてもらえないと治らない。
ぐすんと鼻を啜り、シュークリームの最後の一口をもぐもぐ食べる。美味しい。マッシュくんはシュークリームを作る才能がある。今度また作って欲しい。……うう、レインくんに会いたいよお。
ぽろっとこぼれ落ちた涙を拭っていると、前方に誰かの気配を感じた。誰……あっ!
「オーター様あ」
「……なぜ泣いている」
「うええん」
「また嫌がらせでもされたのか」
革靴をカツカツ言わせて歩み寄ってきたオーター様が変なことを言ってくるので泣きながら首を横に振った。オーター様、私のことをなんだと思っているんだ。嫌がらせされて泣くように見え……いや、そういえばオーター様に泣き付いたことがあったな。それも嫌がらせをされたって言う理由だったはず。
確か五年か六年ぐらい前だろうか。家の近くに住んでいる男の子に泥を投げられてお気に入りのワンピースが汚れてしまって、たまたま実家の病院に怪我の治療に来ていたオーター様に泣き付いたことがあった。いや、別にオーター様を狙って泣いたわけじゃない。たまたまそこにいたのがオーター様と、確か優しそうな女の人で、女の人の方が魔法で泥をとってワンピースを綺麗にしてくれた。その間オーター様が「やられっぱなしで終わるな」と勇気づけてくれたのだったっけ。
「いじめられてません……レインくんに会えないのが寂しいんです……」
「馬鹿かお前は。良い歳して何を言ってるんだ」
「えーん、オーター様が正論で私を傷付けるよお」
「泣く暇があるなら自分に出来ることを探せ。泣いてばかりで自分の思うようにことが進められると思っているのか」
「思ってません……じゃあ言わせてもらいますけどね、オーター様からレインくんや魔法局の皆様に進言してくださいよ! レインくんは学生です! 学生の本分は勉強! 神覚者になったとしてもそれは変わりません! ましてや彼は監督生にも任命され、学校の顔としても期待されているんです! 今レインくんに振られている仕事の量は本当に適量ですか? 仕事を部下に適切に割り振るのも上司の仕事と思ってるのかもしれませんけど、レインくんはまだ神覚者になったばかりで部下の方たちとも信頼関係を築いている真っ最中なんですよ。皆様は卒業してから神覚者になったけれど、彼は学生の身ながら神覚者になっているんです。あなた方と同じやり方でスタートさせて良いわけがないでしょ!」
正論パンチでボコボコに殴られてもっと悲しくなったので思っていることをワッと叫べば、オーター様は少し驚いたような顔で何度か瞬きをしたあと、メガネをかちゃりと押し上げて「確かに」と言った。
「現状の制度では適切に業務が遂行できない可能性がある。私から各所に話はしておこう」
「やったー! ありがとうございます! オーター様なら分かってくれると思ってました! お礼にこのクッキーをあげましょう!」
「いい。自分で食べなさい」
「はーい」
今日も今日とておやつとして持ち歩いていたが食べるタイミングを逃したクッキーを進呈しようとしたのだが、取り付く島もなく断られてしまった。ですよね。クッキー食べてるオーター様とか想像できないし。
途中でどこかにぶつけてしまったのか二つに割れてしまっているクッキーをローブのポケットに戻し、ちぇっと唇を尖らせる。ライオ様とカルド様は貰ってくれたのにな……。
さっきまで泣いていたのが嘘のように調子を取り戻した私を見て呆れたようにため息をついたオーター様に、今更ながらに焦ってくる。失礼な口を聞いてしまった気がする。オーター様は怒ると怖いし、ヤバい拷問を普通にしてくるって聞いた。
怒ってないよね……? と恐る恐るオーター様を見上げたが、いつもの何を考えているか分からない真顔を浮かべていて、やっぱり何を考えているか分からなかった。うーん。これがレインくんだったら何考えてるか分かったと思うんだけど……。よし、話を変えて有耶無耶にしよう。
「そういえば、昔実家でお会いした時に一緒にいた女性とは今も仲良しなんですか? ほら、私、あの方にワンピースを綺麗にしてもらったのにお礼を言えてなかった気がして」
「……アレがどうしているかなんて知るか」
「え? なんで怒るの⁉︎」
「怒っていない。大体お前は十八歳になってまで寂しいだの悲しいだの自分の感情の制御もできずに人前で泣き喚いて」
「怒ってるじゃんか!」
「……口の利き方もなっていないな。来なさい、その腐りきった性根を叩き直してやる」
「ああああレインくん助けて怒られるう」
めちゃくちゃ怒られたしボコボコにされた。でもちゃんと偉い人たちと話してくれたみたいでレインくんが帰ってくる日が増えたし、優しいレインくんは私と二人の時間も作ってくれたからヨシ!