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「すみませんすみませんすみません! あの子に悪気はないんです、本当なんです! ほら、あなたも頭下げて……!」
「どうして? 姉上、頭をお上げください。こんなクズに姉上のような素晴らしいお方が頭を下げる必要はありません。逆にこのクズが我々に頭を下げて許しを乞うべきでしょう」
「あああああ! 申し訳ございません! 申し訳ございません!」
 この子はなんてことを!
 その場に膝をつき、そのまま頭を下げて額を地に擦り付ける。土下座だ。
 そんな私を見て妹が依然としてきりりとした声で「そのようなことはおやめください!」と言ってきたが、顔を上げないまま杖だけ向けて黙らせた。これ以上余計なことを言わせるわけにはいかない。
 私が必死に謝罪をしたところで、妹が失言を重ねれば意味が無いのだ。この子はこうと決めたことは譲らない頑固なところがある。今回もそれが発揮されてしまった。私は妹を溺愛しているので普段ならば「そうだねえ」と全肯定するけど、今回ばかりはそれが少し難しい。何せ妹が問題を起こしたのが教頭先生だから!
 教頭先生は魔法局高官と癒着してるし、口うるさいし、人を小馬鹿にしたような態度ばかりとっている。でもこの人が我が校の権力者であることに変わりはなく、校長先生の次に偉いことにも変わりはない。そしてこの人がその気になれば生徒を退学させられることにもまた、変わりはない。だから怒らせるのは避けた……かったんだけど。
 授業と授業の合間時間に、前の教室に忘れ物したことに気付いた私は慌てて廊下を箒で爆走していた。その最中に教頭先生を烈火のごとく罵っている妹と、タジタジになっている教頭先生を見かけたってわけ。
 何かあったのかと慌てて飛び込んで話を聞いたら、教頭先生がレモンちゃんに難癖を付けて彼女が持っていた花瓶を割ったらしい。で、その時ちょうどレモンちゃんと一緒にいた妹がブチギレたと。
 話を聞いた感じだと、まあ普通に教頭先生が悪い。この前うちの寮の一年生の子と何かあったらしくて最近の教頭先生はずっとイライラしてたから、それもあってアドラの一年生ってだけでレモンちゃんに突っかかっていったっていうのがオチじゃないだろうか。うーん、やっぱり教頭先生が悪い。
 でもそんなこと言えないんだよなあ。これまで何人もの生徒を退学にしてきた最悪な実績のある教頭先生にそんなこと言ってみて? もうね、即退学。しかも今は前述の通りイライラしてるから余計に退学になる可能性が高い。
 私はまだいい。でもこの子を退学にさせるのはマズイ。色々事情もあって、この子にとって今この国で一番安全なのはウォールバーグ校長先生のお膝元であるこの学校になっているのだ。
 頭上で続く教頭先生の説教に心無い返事を繰り返しながら、土下座をしたまま必死で思考を巡らせる。妹は黙らせたからこれ以上余計なことをいうことはもうない。土下座ぐらい妹のためならいくらでもするから私的にも問題はない。強いて言えば私も妹も授業に遅れてしまっているが、それはもう仕方ないこと。
 このまま教頭先生の説教を聞き続けて溜飲を下げてもらうのが一番良い手な気がする。まぁ他にも、校長先生に泣き付くとか、ライオ様に泣き付くとか、オーター様に泣き付くとか手はあるけど……どれも火力が高すぎるのでいざって言う時までは取っておきたいよね。
 既に妹を飛び越えて私や母上や父上を馬鹿にするターンに突入している説教は右から左へ聞き流し、心の中でひとつ頷いた。説教延長成り行き許されコースで行こう。妹が怒り狂っている気配を感じはするが、私が大人しくしていることへの困惑の方が大きいようで直接教頭先生を攻撃したりはしていない。このままどうか最後まで大人しくしていてくれますように。
 そう願った瞬間、願いも虚しく妹が動いた。うわあ。まあそうだよね、大人しくしてられないよね。分かるよ。あなたはこんな姉上を大好きだと思ってくれる優しい子だものね……。
 でも頼むからもうちょっとだけ大人しくしててとお願いしようと少しだけあげようとしたのだが、上から頭を押さえられて身動きが取れなくなってしまった。うん⁉︎
「な」
「動かないで、姉上。轢かれます」
「グオオオオ」
「うわあああ」
「ほんとになに?」
 体の上をなにかが通り過ぎていくような風の音がしたかと思えば獣と教頭先生の叫び声が聞こえてきたんだから、もう意味が分からない。何が起きたの。
 わけも分からぬまま「もう体を起こして大丈夫ですよ」という妹の言葉に従い、差し出された手を借りて起き上がれば、なんと壁に大穴が開き、その大穴の隣に教頭先生がめり込んでいた。ピクリとも動かない教頭先生を見て絶望的な気持ちになる。ああ……あれはもう完全に気絶してるよ……。
 どうしてこうなったのかは分からないが、私たちが責任の一端を追わされる可能性は多々ある。もう終わりだ。せめて今私を抱き締めてくれているこの子だけでも卒業させてあげたかった……。
 そう思って妹の腕の中でぐすんと鼻を啜ると足元から「ぷぎゅ!」と聞き慣れた鳴き声が聞こえてきた。……うん?
「なんでミニブタがここに……部屋に置いてきたと思うんだけど」
「この家畜、よく部屋から抜け出してますよ」
「鍵閉めてるのに⁉︎」
「私が鍵開けの魔法を教えました。おい家畜、お前案外役に立つな。我が家の家畜として、まあ認めてやっても? いいけど?」
「鍵開けの魔法を教えた⁉︎ ミニブタに⁉︎ どうやって⁉︎」
「根性です」
 根性論やめて……。
 衝撃の事実に震える私を他所に、妹とミニブタは謎にお互いを認めあっているようだった。状況証拠的にもうあの穴はミニブタが空けたとしか思えないし、教頭先生を吹き飛ばしたのもミニブタだとしか思えないんだけど。そんなのってある? 確かに出会った時のミニブタは鋭い角が生えたイノシシみたいな見た目してたけど、でもさあ。魔法生物ならなんでもありなの? そう? そうなんだ。ついていけないよ私は。
 私が困っている間に妹はそそくさと私のポケットにミニブタを押し込むと、「不幸な事故が起きましたね」と呟いた。
「突如現れたイノシシに突き飛ばされたクズは壁にぶつかって怪我をしてしまったようです。まあ姉上だけではなく父上と母上のことまで馬鹿にしていたから因果応報、天罰が下ったというやつでしょう。可哀想な姉上。あんなクズに土下座なんてして……髪が乱れてしまっています。お部屋に戻りましょう」
「いやいやいや、それじゃダメでしょうよ。どうするのこれ」
「不幸な事故ですよ? どうしようもありません。イノシシがどこに行ったかも分からなくて危険ですから、早くここを去りましょうね、姉上」
「ええ……」
「もしこのクズが姉上が悪いなどと言うようでしたら、私、やることはやりますのでご安心ください」
 腰から下げた剣の柄を握って微笑みながらそう言った妹の目は完全に殺る気に満ちていた。殺ることは殺るって? 怖すぎ。
「……というか、私さっきあなたに魔法かけちゃったけどそれはどうしたの?」
「解きましたよ? 姉上程度の魔法ならば簡単に解けますから!」
「そう……」
 もうそこまで魔力が成長してるんだ。私程度って、これでも校内では指折りの実力者で、運さえ味方に付ければ神覚者様相手にも一本取れる程度の実力はあると自負してるんだけどな。それを「姉上程度」か。
 これはなるべく急いで父上とライオ様に連絡を取る必要があるやつかなあ。
 嬉しそうに胸を張る妹に微笑みかけながらもそんなことを思っていると、廊下の奥から妹を呼ぶ声が聞こえてきた。レモンちゃん……とマッシュくんだ。代わりに教頭先生に立ち向かった妹のために応援を呼んできてくれたみたいだけど、なんでマッシュくん? ……あ、レモンちゃんはマッシュくんが好きなのね。うんうん。好きな人と少しでも一緒にいたい気持ち、分かる。

ふたつおりのひとひら