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「おーおー、活きのいいガキ共め。そうやって床に転がって跳ねてると随分可愛らしく見えるなあ」
「なにやってんの……?」
「あ? 見て分かんだろ、躾だよ、躾。あたしはこう見えてこの学校全体で最も在籍年数の長い年長者。生意気なガキには世の中ってモンを教えてやらなきゃなんねえ」
「ここまでやっちゃうと躾っていうかいじめじゃない?」
「あたしが躾っつったらそれは躾だ」
「強引だなあ」
とある日の放課後。すっかり恒例となったレアン寮生の襲撃を難なく躱し、なんなら意識を失ったレアン寮生の上に腰かけていつものように飲酒を開始している先輩に思わずため息が出た。そういうことをされると妹が真似しちゃうかもしれないからやめて欲しいんですけど。私の可愛い妹が先輩みたいに野蛮になったら責任取ってくれるのかな? 無理でしょ?
そう思ってジト目で先輩を見つめていたのだが、その視線が気に触ったらしくムッと顔を顰めた先輩が投げた酒瓶が頭スレスレを通過していった。怖ッ! やることが乱暴すぎる。当たったら頭割れるよ。
背後で壁にぶつかった酒瓶がガチャンと音を立てて割れたことに顔を引き攣らせつつ、ごほんと咳払いをした。話を変えよう。
「先輩これで今週何回目?」
「二……じゃねえな、三回目。お前よりは少ないよ」
「いや? 私も今ので三回目だよ。一緒一緒。私たちの中で一番襲撃された回数多いのはやっぱりマックスくんですねえ」
「あー、アイツが一番コイン持ってっからな。ついでに一番優しい対応をしてやってる」
「体小さくしてミニブタに追い掛けさせるのは優しいに入るの……?」
「一応無傷で返してやってるだろ。あたしたちは、なあ。あはは」
「先輩と一緒にしないでくれます?」
私はここまで酷いことしてないよ。先輩によってボコボコにされ、更には椅子にまでされてしまっている可哀想なレアン寮生を見下ろす。私はどれだけボコボコにしても必ず完治させるようにしてるし、なるべくすぐに終わるように最初に急所を狙う。その点、先輩は「二度とあたしに歯向かうなんて馬鹿なこと考えないように」とか何とか言ってとにかく時間をかけて相手の戦意を叩き折る。どこからどう考えても先輩のやってる事の方が怖いだろう。
もう一度ため息をついて、首から下げている絹の小袋に手を突っ込んでコインを取り出した。銀と銅がそれぞれ何枚かと、金が二枚。私にこれはもう必要ないし、レインくんにもあげなくていいし、先輩も必要としていない。だから今年は選抜試験に出るつもりで頑張っているマックスくんにあげようかなと思ってるんだけど、中々タイミングが掴めないんだよね。レアン寮生が元気すぎるせいだ。
どうにもレアンの監督生──アベルくんを筆頭としてなんかカッコイイ名前の組織が出来ていて、この野良のレアン寮生たちはそのカッコイイ名前の組織に入りたくて金のコインを乱獲しているらしい。いっぱいコインを取ってくると組織の末席に加えて貰えるシステムなんだって。先輩と、それから妹が教えてくれた。
つい先週まで私は二週間魔法局に詰めていて、学校に一切顔を出せなかったわけだけど、なんとその期間中に妹も何度かレアンの生徒に襲撃されていたそうなのだ。偶然床に落ちてたコインを拾って持っていて、それを奪われそうになったから「仕返しした」のだとか。何をどうしたのかはちょっと怖くて聞けていないが、マックスくんが「やっぱり姉妹だね」と言ってきたので、何となく予想はついている。相当派手にやったんだろう。
正直姉としてはあの子にはあまり……というか全く目立って欲しくないのだが、本人にそんなことを言えば「どうして?」と聞かれることは間違いない。「心配だから」と言えば良いだけだし、それもまた私の本心ではある。あるんだけど……。
三度目のため息をつき、絹の小袋にコインを戻しながら口を開いた。
「私、この後レインくんとライオ様とちょっとお話をしなきゃいけないから先に寮に戻ってるね」
「おー。ついでにレインに『そろそろレアンのガキ共がうるせえから監督生としてどうにかしろ』っつっといて」
「ええ……レインくん忙しそうだし……」
「仕方ねえだろ。これもレインの仕事なんだよ。ここはなあ、監督生同士ケリつけさせんのが一番よ」
「レインくん、すぐ手が出るからなあ。逆に面倒なことになりそう」
「言うねえ。ここの生徒はみんなそんなもんだ。レインが口を出さまいが手を出さまいが、絶対に面倒なことになるぜ。酒を賭けてもいい」
「それ賭けられても困るから。まあレインくんにはなんとなく言っておくよ。ミニブタと妹のことお願いね」
「任せな」
ひらっと手を上げた先輩に手を振り返し、踵を返して廊下を駆け足で進む。先ほどコインをしまうついでに時間を確認したが、約束の時間まで結構ギリギリだった。多忙な神覚者様たちを待たせるのは心苦しいので急がなくては。
階段を二弾飛ばしで駆け上っていると、見上げた先の踊り場を歩く見慣れた背中を見掛けた。「あ!」とこぼれた我ながら心底嬉しそうな声に反応して、その背中が足を止めて振り返る。
「走るな。転けるぞ」
「転けませーん。レインくん一緒に行こー!」
「ああ」
最後は三段飛ばしで階段を飛び越えて、立ち止まって待ってくれていたレインくんの腕に飛び込む。抱き締め返してはくれなかったが、突き返されることもなかった。うんうん。いつものレインくんだ。
普段ならばもう少しそうして抱きついていたいところだったが、今日はライオ様を待たせている。急がなければいけないため、名残惜しくもレインくんから離れてその手を握った。ただでは離れませんよ。ふふ。
繋いだ手をぶんぶん振りながら、階段を一段ずつ昇っていく。昨日ぶりのレインくん。ちらりと見上げた横顔には少し疲労の色が浮かんでいる気がした。そのままじっと見つめていると目が合い、「なんだ」とばかりに瞬きの数が増える。うふふ! 分かりやすくて可愛い!
「レインくん、明日も魔法局行く?」
「いや、明日は一日こっちにいられる。面倒な書類があったがオーターさんが引き受けてくれた」
「へえ。オーター様、後輩思いだねえ」
明日は一緒に授業受けられるんだって! やった!
視線を前に戻してご機嫌に笑っていると「どの口が……」と言わんばかりの視線を向けられたのが分かったが、それは敢えて無視した。私はオーター様に「レインくんを働かせすぎ!」とは言ったけど、実際にレインくんの仕事を減らしてくれてるのはオーター様だから、私はなーんにも知らないもん。
えへへと笑いながら、レインくんと繋いだ手を大きく振る。ライオ様の待つ階に到着したので、もう階段は昇らずに廊下を右に曲がった。
ライオ様には申し訳ないけど、ちょっとだけゆっくり歩いちゃおう。私よりも足が長くて一歩一歩の歩幅も広いレインくんが私に合わせてゆっくり歩いてくれるのは嬉しくて幸せなことだから、少しでも長くその時間を一緒に過ごしていたいの。
もう一度えへへと声を出して笑って、「レインくん」と名前を呼ぶ。レインくんは「なんだ」と言ってくれた。たったこれだけのお話が出来るのもすごく嬉しいんだから、恋って本当に不思議。
「先輩からの伝言なんだけど、レアン寮生がちょーっと騒がしいから、レインくんからも何か言ってくれない? とのことです」
「……その件はこの後ライオさんからも話があるが、オレの方でも監督生として出来ることはする」
「うん。よろしくお願いします。……ライオ様からお話がある感じのアレなのね」
問い掛けというよりかは呟きに近いその一言に、レインくんは敢えて返事をしないことを選んだようだった。
「お前もあまりレアンの生徒には近付くなよ。この前の最終選抜試験まで残ったお前を討てば箔が付くと思っている馬鹿は少なくないからな」
「私はそんな簡単にやられるほど弱くないもーん」
実際、ここまで何度か襲撃にあってはいるけど傷一つつけられていない。まあ、アベルくんやアベルくんの作ったナントカって組織の上の方の人が来たら、流石にキツイだろうけど。
私を心配してくれているのか弱く見積っているのか分からない発言をしてきたレインくんに軽く肩をぶつけて、その勢いのままに腕を組んだ。それだけ距離を詰めてようやく聞こえるであろう小さな声で「ごめんね」と囁く。
「なんとなく予想はついてるかもしれないけど、この後ライオ様と私から話すことは極秘も極秘で、結構……ううん、すごく面倒なことだと思う。でも、レインくんが神覚者になった以上、話さないわけにはいかないの」
私は最初からレインくんにもこの秘密を背負ってもらうつもりで、レインくんが神覚者になる道を助け、そして応援して支えてきた。レインくんのやりたいことを心の底から応援すると同時に、私がやらなければならないことをやるためにレインくんを利用しようとも思っていたのだ。
罪悪感はもちろんある。申し訳ないとも思う。それだけの秘密を一緒に背負ってもらう。私の、私たち家族の秘密。──あの子の秘密を。
何も言わないレインくんの肩に頭を預け、「でもね」と呟いた。
「レインくんが私に『ずっとそばにいろ』って言ったんだよ。私をそばに置くなら、これぐらいは知ってもらわなきゃ。今更嫌だって言っても遅いんだからね」
「今更そんなこと言わねえよ。それにオレはお前を突き放すことなんざ二年前とっくに諦めてる」
「……て、照れるんですけど……あの、私、プロポーズの時はお花とか指輪とかいらないから、ぎゅって抱き締めて愛してるって言って欲しい派でえ……」
「あ? 何浮かれたこと言ってんだ馬鹿が」
「今のはそういう流れだったじゃん! えーん、レインくんが意地悪言うよお」
すごく嬉しいことを言ってくれた直後にこれだからね。えーんえーんと泣き真似をしながらレインくんの腕に抱き着く腕の力を強めてその場で立ち止まる。しかしそんな抵抗はものともせずに、レインくんは私を引き摺りながら歩き出した。レインくん、神覚者になってからの一ヶ月二ヶ月でまた力が強くなってる……⁉︎
驚きと同時に対抗心を燃やしつつ顔を上げると、廊下の端に立ってニヤニヤ笑いながらこちらを見ているライオ様と目が合った。「若いなあ」という笑い混じりの声も聞こえてくる。見せもんじゃねえぞ!