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カーテンが半端に開かれた窓の外から柔らかく暖かな春の日差しが射し込んでいる。その光の中でぱちぱちと瞬きをしながら目を擦り、壁にかけられた時計を見た。時刻は午前十一時。うーん、完全に寝坊。言い訳のしようがないレベルで遅刻。
ゆっくり起き上がりながらベッドの上で伸びをして、裸足のまま床に降りる。スリッパはどこかに行ってしまったみたいで見当たらなかった。探すのはもうちょっと後でいいや。
そのまま洗面所まで歩いていって壁のフックに掛かっていたヘアバンドを付けて、顔を洗う。このヘアバンドは先輩のものなんだけど、私たちは基本的に朝の支度をする時間が被らないためいつも勝手に使っている。ああ見えて口うるさい先輩は「自分の分を用意しろ」などと度々言ってくるが、今日に限ってはなにか小言を言われる心配はゼロだった。何せ先輩は昨日から留守にしている。いつもの理由も行き先も分からないけど不思議と先生方からは咎められないアレだ。
冷たい水を顔にばしゃばしゃ掛けているうちに自然と目が覚め、口からはふわりと欠伸が漏れた。これは先ほどまでの眠りの残滓みたいなものでもう眠くはない。
それでも、鏡に映った自分はどことなくぼんやりとした顔をしている。まだ眠そう。昨日ちょっと寝るのが遅くなっちゃったからなあ。
先輩がいなくて寂しいからってウサちゃんルームに突撃して、レインくんとマックスくんと一緒に魔法禁止ジェンガをやって遊んで、日付が変わるぐらいにマックスくんが「明日の朝、色々とやることがあるからもう寝る」と言い出したので、抵抗するレインくんを無理矢理この部屋に連れてきて私が眠れるまでおしゃべりに付き合ってもらった。
文字通り寝落ちしたみたいでその時の記憶は無いけど、今こうして起きた時にレインくんがいなかったってことは私が寝た後にウサちゃんルームに戻ったのだろう。「眠れるまで手繋いでね」と言ったら、ため息をひとつついてすぐに手を握ってくれた優しいレインくん。でもこの部屋を出てウサちゃんルームに戻る時は、万が一にも誰の目にも触れないようにとこっそり帰っていたであろうレインくん。可愛いよね、そういうとこ。
まあ監督生として、そして神覚者として、不純異性交友を疑われるようなことは避けなければならないのは私も分かる。今度からは部屋に連れ込むのは昼間だけにしよう。私たちが二人でどこを一緒に歩いていても、もうアドラ寮生ならば誰も何も言わないけど、体裁ってものもあるものね。
ふむとひとつ頷いてから、毛先についた寝癖を一撫でする。二つ結びにして誤魔化そう。
数ヶ月前に襲撃を受けた際に一緒に切られてしまった髪は中々元の長さまでは伸びてくれず、結ぶには結構苦労することになった。数分格闘し、最後には魔法まで使って結わえたウサちゃんのしっぽ程度の長さしかないツインテールを引っ張ってから洗面所を出る。他にもやらなければならないことが山積みなのだ。とろとろしている暇はない。朝って忙しいなあ。いや、時間的にはもうお昼だけどね?
ばたばたと慌ただしく化粧台の前に辿り着いて化粧水に手を伸ばした時に、ふとあることに気が付いた。手を止めて寮室をぐるりと見渡す。……ミニブタがいないな。
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「おあー、ミニブタいた!」
「おはよう。朝からずっと代わりに授業受けてたよ」
「おはよー。え、ほんと? 優秀だなー、さすが私のペット!」
「午前の授業は全部欠席扱いだってさ」
「知ってた」
ですよね。そりゃペットが代わりに席に座ってても当然欠席になりますよね。
きりりとした顔で机に座って黒板を見ていたミニブタは、昼休みに入ると同時に先生と入れ替わりで教室に駆け込んできた私を見て「ぷぎゅっ」と無駄にかっこつけた声で鳴いた。一丁前にネクタイまでつけたその小さな体を撫で回しながら席に座りひと息つく。うんうん、お疲れ様。ノート取っててくれた? 取ってない? そりゃそうだよね。そのひづめじゃ文字も書けないもんね。
見つめあって意思疎通している私とミニブタを見て笑ったマックスくんが、何も言わずに数冊のノートを渡してくれた。
「ありがとー! やっぱり持つべきものは友だねえ。はいこれお礼のコイン」
「どういたしまして。でもコインはいらないかな。友達として当然のことをしたまでだし、レインと先輩にも見せてあげるつもりだったから」
「うーん、謙虚! そんなマックスくんにはこれをあげましょうねえ。私特製のおばけマフィンです!」
「おばけマフィン」
「うん。魔法史の補講前にこれを食べて恐怖に打ち勝とうと思ってね」
「ああ、第二資料庫の幽霊騒動」
「それです」
昨年の文化祭でマーガレット・マカロンが「魔法史の第二資料庫には幽霊がいる」などと言い出したため、おばけと幽霊が大の苦手な私はそれはもう怯えた。なにせ第二資料庫と言えば、私が魔法史の補講の度に呼び出されている教室だったのである。
呪われてるのかと思うぐらい私の魔法史の成績は低迷しているため、毎週毎週補講に呼び出されるわけだが、補講はサボれないし怖いものは怖いしで、補講前に号泣し、補講後にも号泣している。一時期はそれに加えて補講があった日の夜中に先輩のベッドに入り込んだりウサちゃんルームに突撃したりしていたのだが、流石に堪忍袋の緒が切れたレインくんと先輩が第二資料庫をひっくり返したのが「第二資料庫の幽霊騒動」の始まりだ。
二人の突然の凶行によって校長先生が出てくるほどの騒ぎになり、私は校長先生直々に「この部屋に幽霊はいないから大丈夫じゃ」というお墨付きといちごミルク味の飴を貰った。しかし、校長先生の言葉とは裏腹に、レインくんと先輩の二人がかりで物理的にぐちゃぐちゃにひっくり返された第二資料庫の壁には人型の染みのようなものがあり……。それを見て驚いて飴を喉に詰まらせ、完全にパニックになった私が魔力を暴走させた結果、第二資料庫と第一資料庫の壁が消えてひとつの部屋になった。それが「第二資料庫の幽霊騒動」の全貌だ。つまりは不幸な事故だね、うん。
そんなこんなで第一資料庫も第二資料庫もなくなって、「資料庫」になったがそれでも一度体に染み付いた恐ろしさは抜けてはいかないもので、私は未だにおばけに怯え続けている。でも今年は妹も入学してきたし、そんなかっこ悪いこと言ってられないよねと作ったのがこのおばけマフィン!
適当にタッパーに詰めただけだから売り物のようには見えないかもしれないけど、結構上手く作れた自信がある。昨日の夜、ウサちゃんルームに向かう前に作ってたんだよね。味に関しても、無駄にグルメなミニブタに味見をさせたから問題ないだろう。今も机の上でバクバク食べてるし……いや食べ方汚いな。
「見ての通り魔法生物が食べても安心安全! 体に悪いものは一切使っておりません! あの史上最年少神覚者、レインくんもイチオシ! してくれるはず……あれ、レインくんは?」
「朝から魔法局。そっちの部屋から帰ってきてそのまま向かってったよ。このマフィンかなり美味いな……」
「朝から……? そのまま……? ……エッ! レインくん朝まで私の部屋にいたのお⁉︎」
「そうだと思うけど。マフィンもう一個もらっていい?」
「い、いいよお……」
えーっ、朝まで、朝まで……⁉︎
そんなのって……えへへ! 嬉しい!
照れる私を他所にマックスくんとミニブタはぺろりとおばけマフィンを平らげてくれた。よーし、次はもっといっぱい作ってレインくんと、ついでに先輩にも食べてもらうぞー!