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「うああああ……!」
 腰が、背中が、肩が、とにかく全身が痛い……! それもこれも全部連日ランスくんの修行に付き合わされているせい! 治しても治しても私はもう疲労が消えないのに、あの子ったら「もう一回お願いします」がエンドレスなんだよ!
 机に突っ伏して唸る私に投げ掛けられたのは前の席に座った先輩からの「うるせえな」という心も容赦もない一言だけだった。あんまりだ。
 反論しようと顔を上げたら、背中を中心に電流が走ったような痛みが脳天にぶち込まれて「ぐああああ」と悲鳴が出た。先輩は心底迷惑そうに振り向いて舌打ちをしてきたが、他のクラスメイトはみんな無視。相対的に先輩の対応が優しく見えてるくるから不思議だ。
「えーん痛いよお」
「レインならさっき魔法局に向かったからお前の隣に居ねえぞ」
「いやそんなこと分かってんだわ。さっき頑張ってねのキス付きで見送ったからね? 先輩もそれ見てたよね?」
「ああ、お前は馬鹿だから回りくどい言い方じゃ伝わらねえんだったな。今のはうるせえから黙れって意味だよ」
「な、なぜそんな酷いことを言うんですか……?」
「そのキンキンした泣き声は頭に響く……」
「つまり二日酔いね」
 先程までの私のようにばたりと机に突っ伏した先輩は、頭を抱えて低く唸り出した。何かの呪いにかかった人みたいだ。ただの二日酔いだけどね。
 この人、昨晩どれだけ飲んだんだろう。いつもの謎の休暇が昨日までで今朝には部屋に戻ってきていたから分からないけど、この様子を見る限り相当飲んだことは確かだ。滅多に二日酔いになってるところなんてみないもの。
 痛む背中を擦りながら先輩の唸り声を聞く。これもこれでうるさいと思うんだが、自分の声は頭には響かないんだろうか。気になる。
「先輩」
「なに……」
「二日酔いに効くであろう薬があります。去年採取したゲッカ草から抽出した蜜を使って作った万病に効くやつ」
「お前あのゲッカ草を二日酔い治すのに使う気か? 贅沢な奴だな……まあいい、何が望みだ?」
「背中と腰に湿布貼って……」
「本当に贅沢な奴……部屋戻るぞ」
「うす」
 二人してよろよろと立ち上がり、既に人もまばらになっている放課後の教室を出る。放課後ということもあってか廊下はそれなりに人通りがあったが、揃って死人のような顔をしているであろう私たちには誰も近付いて来なかった。勝手に道が開くから歩きやすい。
 そのまましばらく会話もなく思い足取りで進んでいたのだが、ふと背中が電流でも走ったようにピリリとした。しかし、先程までの痛みに基づくそれとは違う。これは。
 咄嗟に懐から引き抜いた杖を大鎌へと変化させ、先輩の襟首を引っ掴んで引き倒しながらも頭上へと一凪ぎする。先輩が吐く寸前の声を出したのと同じようなタイミングで大鎌の柄と鋭い刃のような何かがぶつかる高い音が鳴った。スッと頭が切り替わり、体の痛みが気にならなくなる。──襲撃されている。
 地面に突っ伏した先輩は動けるような状態ではない。だが「放っとけ」と言わんばかりに片手は上げているから、自衛はできるはず。ひとまず余波が及ばぬように距離をとるだけでいい。
 振り向き様に先輩を跨ぐように飛び退いて、斬撃を飛ばす。その全てが上手く避けられ、逆に鋭い剣が振り下ろされた。先程よりも大きく大鎌を凪ぐことで剣先ごと相手を吹き飛ばしながら、立て続けに相手に斬り掛かる。壁が大破するのが見えたがそんなの知ったことか。勝手に口角が上がり、胸の辺りがゾワゾワした。ああ、楽しい!
 躱し躱されを繰り返し、時折肌に傷がつくたびに胸が踊る。なんて楽しいんだろう。血が沸き肉が踊り、一凪ぎ一凪ぎで技が磨かれていく感覚。レインくんは最近忙しくてまともに相手をしてくれないし、一ヶ月ほど前にオーター様に相手をしていただいた時以来だ。こんなに楽しいの、久々!
 数ヶ月前に襲撃を受けて生死の境をさ迷ってからというものの、どうにも魔力と一緒に戦闘意欲まで増してしまったようで困る。まあ戦闘にもつれこまない限りはなんの問題もないんだけど……。
 それはひとまず置いておいて、昂っているわりには妙なところで冷静な頭で相手を観察する。相当な手練であることは間違いない。ローブからしてレアンの生徒で、謎に仮面をしていて……あっ。
「仮面の人じゃん! もー、こんなに強いんなら早く言ってよ!」
「……」
「また無視!」
 さすがの私でも無視され続けたら傷付くんだからね?
 そう言っても依然として何も答えずに攻撃してくるあたり、去年の寮合同授業でひょんなことからペアを組みかけた仮面の人で間違いなさそうだ。そう言えばこの人レインくんと授業そっちのけで戦ってたっぽいし、あの時から好戦的である兆候はあったのかも。
 そんなことを考えていたせいか、勢い余って廊下にビビを入れてしまった。あちゃー。先輩が「派手にやるなあ」と笑っているのが聞こえる。自分は戦闘に参加してないからって完全に他人事で……あれ。
「うん? なんだこれ」
「あー、言い忘れてた。ソイツ、悪魔の目持ってるんだよ。気を付けろー」
「それ早く言って⁉︎」
 突然魔法が使えなくなってびっくりしてる私に先輩は呑気にそう言って、すれ違いざまにホイと鞘ごと剣を投げてきた。私がいつも首から下げている絹の小袋に入れている剣だ。いつの間にか小袋を盗られていたらしい。手癖悪ッ!
 しかし剣を渡してくれたのは助かった。固有魔法が使えない以上、大鎌は重くて振るえたもんじゃない。固有魔法で軽量化することを前提としてすごく重く作り出してるからね。それなら剣の方がだいぶやりやすいだろう。
 手頃な壁に突き刺すようにして大鎌を手放し、剣を鞘から抜く。おー、これこれ。手に馴染む!
 刃と刃がぶつかる瞬間に「剣も」と驚いたような呟きが仮面の人から聞こえてきた。うんうん、驚くよね。打ち合うたびに散る火花の中で頷く。でもねえ。
「母上の娘である私がっ! 剣を修めてないわけ、ないッ、でしょ!」
 剣を握るのだって久々だというのに、恐ろしい程に手に馴染み、そして一撃一撃打ち合うたびに更に感覚が研ぎ澄まれていく。有り得ないほどに調子がいい。最近よく体を動かしてるからだろうか。それとも相手が相応の実力者だから? ……まあどっちでもいいか!
 やっぱり剣には剣だな。大鎌の時は押され気味だったけど形勢逆転した感じがある。このまま押せば勝てるわコレ。
 仮面の人も仮面の人で相当乗ってきているようで、もう魔法抜きに単純に剣術勝負になってきている。た、たのしー!
「ねえねえ今度また会わない⁉︎ こんなに腕が良い人と学校で出会えるなんて思わなかった! また会いたいです!」
「……」
「無視! もー、なんなの! 返事しないなら勝手に『オッケーです』って言われたってことにするからね! いいね! はい、また声掛けます!」
「…………」
「……なんか嫌がられてるのは分かったぞ!」
 相変わらず無言だけど、今のは絶対に嫌がってる沈黙だった!
 大鎌を振るう時と同じ要領で思いっきり剣を振り払い、仮面の人を強引に後退させる。そのまま私も何歩か退いて、息を整え剣を構え直しながら「あのねえ」と声を発した。
「なんでもいいから何か言って! レアンの人ってみんなそうだよね、なんか私のこと馬鹿にしてくるし、見下してくるし、無視するし!」
「……」
「だから何か言ってってば!」
 何を思ったのか露骨に左右を見てオロオロし始めた仮面の人にイラッとして、腰に手を当てて叫ぶ。そうしたらこれまで静かにしていた先輩が突然ひっくり返って笑い始めた。は?
「なに……?」
「あは、あはは……ヤベー腹痛てぇ死ぬ……あはははは……あのな、ソイツ、女が苦手なんだわ」
「……そうなの?」
 わざと近付いて顔を覗き込むようにしてそう聞けば、仮面の人はサッと目を逸らして俯くと小刻みに震え始めた。うーん、この反応はマジっぽい。
「無視してんじゃなくて緊張して話せねーんだよ。ウケる……あはは!」
「もう、それなら早く言ってよ……先輩、袋返して」
「おー。……あはははは!」
「そんなに笑ったら可哀想でしょ! ……はい、あげる。これが欲しかったんだよね?」
 先輩が投げて寄越した絹の小袋から取り出したコインを一枚仮面の人の手に握り込ませる。仮面の人は手に触れた瞬間から、地震かな? と思うほどに震えて何も言わなかった。震源地が近いとよく揺れるな……。
 元々持っていた二枚の金のコインは、連日のランスくんとの修行を「コインを巡っての決闘」と周囲に説明するために、一枚を銀のコイン五枚にバラしてしまっているから、そちらは渡せない。でも金のコインはいらないからあげよう。わざわざ苦手な女の子に勝負を挑むぐらいには欲しいみたいだし、私には必要ないからね。
 相変わらず爆笑している先輩が投げてきた二枚のコインも仮面の人の手の上に乗せた。仮面の人は依然として震え続けているが、困惑しているのがなんとなく分かる。でも説明するのは面倒だからいいや。緊張感が霧散した途端に体の痛みも復活してきたので帰ろう。
「今度からは『コインください』ってちゃんと言ってね。じゃあ私たち帰るから、ここの後処理お願い! またねー!」
「あー、ふふ……あたし一生分笑ったわ」
「絶対うそだよそれ。昨日も魔法薬学の授業で鍋爆発させたレインくん見て同じこと言ってた」
「おい思い出させんな……アイツの間抜け面……あーはは!」
「あれは私が間違えてマンドラゴラじゃなくてどんぐり入れちゃったせいなの! レインくんのこと笑わないで!」
「なんでお前はどんぐり持ち歩いてんだよ! なあほんと笑わせないで」
「先輩が勝手に笑ってるんじゃん」
 壁に突き刺さっていた大鎌を引き抜いて箒に変え、そのままぷかぷかと浮かんで進む。先輩は歩いていきたい気分らしくケラケラ笑いながら着いてきた。廊下はかなりボロボロだけど、私たちは襲撃を受けてコインを奪われた被害者ということでよろしく!

ふたつおりのひとひら